第36話 核の異常
現場では、静かな問題が一番怖い。
音がしない。煙も出ない。
気づいたときには、手遅れになっている。
――気づいた瞬間に、動く。
施設の第三層に再び入ったのは、情報を送った翌日だった。
サヤと二人で下りた。
第一層、第二層を抜けた。
第三層の広間に入った。
ヴェルグが、奥で静かに立っていた。
青い光が、こちらを見た。
サヤが施設の言語で挨拶した。
ヴェルグは動かなかった。
ただ、青い光が、わずかに揺れた。
「……いつもと違いますか」
「はい。ヴェルグが、落ち着かない」
「何かを、感じている」
「奥の方です」
──────────────────────────────────────
柱の文字の続きを読んだ。
前回は途中で切り上げていた。
サヤが柱を進みながら、声に出して読んだ。
「『管理者は、定期的に核の状態を確認すること。
核の色が変わり始めた場合、外部からの干渉が始まっている証拠である』」
「色が変わる」
「《可視化》で確認できますか」
「試してみます」
俺は《可視化》を奥の方向に向けた。
深い。
第三層の最奥、さらに下の方に色が見えた。
前回見たときより、色が違った。
安定した暗い色だったものが、わずかに揺らいでいた。
揺らぎの中に、別の色が混ざっていた。
外から来たような色だ。
「……変わっています。
前回と比べて、揺らいでいます。
別の色が、混ざり始めています」
サヤが立ち止まった。
「外部からの干渉が、始まっています。
放置すれば、領地ごと崩壊する可能性があります」
──────────────────────────────────────
柱の続きを読んだ。
「『干渉が進むと、核は三つの段階を経て不安定化する。
第一段階:色の変化と揺らぎ。
第二段階:守護者の行動が乱れる。
第三段階:制御不能。地脈の暴走』」
「今は、第一段階ですか」
「はい。ただし」
サヤが次の柱を読んだ。
「『第一段階から第二段階への移行は、干渉の強度による。
弱い干渉なら、数ヶ月かかる。
強い干渉なら、数日で移行する』」
「今の干渉の強度は、分かりますか」
「《可視化》で見た揺らぎの大きさからは、弱い干渉だと思います。
ただし、正確には分かりません」
「どこから干渉しているか、分かりますか」
サヤは少し考えた。
「方向は分かります。
北東です」
「北東」
「地上で言えば、施設の入口より外側。
外堀の外、かなり遠い場所から来ています」
──────────────────────────────────────
地上に戻った。
全員を集めた。
「施設の核に、外部からの干渉が始まっています」
リアが少し色を変えた。
「どこからですか」
「北東の方向、外堀の外の遠い場所からです。
今は第一段階で、色が変わり始めている状態です」
「対処は。
時間はどれくらい残っていますか」
「二つあります。
一つ目、干渉している発生源を特定して、止める」
「二つ目は」
「核の防護を強化して、干渉に耐える」
「両方、やれますか」
「やります。ただし、発生源の特定が先です。
発生源が分からなければ、止めようがない」
ミルヴァが腕を組んだ。
「北東の方向、外堀の外。
東の森と重なる」
「そうです」
「ベルン商会の目印があった方向と同じだ」
「一致しています」
「向こうが、施設に干渉している」
「その可能性が高いです。
ただし、商会の人間に、施設への干渉ができる魔法技術があるかどうかは分からない」
「誰かに依頼している可能性がある」
「魔族、または魔族と繋がった人間です。
つまり、これは攻撃です。事故ではない」
──────────────────────────────────────
アーヴィンが立ち上がった。
「東の森に入る」
「待ってください」
「発生源を探すのではないのか」
「探します。ただし、今夜は無理です。
東の森は、夜は危険です。
明朝、準備を整えてから入ります」
アーヴィンは少し間を置いた。
「……分かった」
「明朝、俺とアーヴィンさん、マユミさん、サヤさんで入ります。
リアさんとコリンさんは、施設の核の監視と防護を」
「了解です」
コリンが手を挙げた。
「核の防護結界を今夜から張ります。
干渉が外側から来ているなら、外向きの防護壁を加えられます」
「お願いします。ただし、無理はしないでください」
「九割以上は、大丈夫だと思います」
「残りの一割を、気をつけてください」
──────────────────────────────────────
サヤが俺の隣に来た。
「一つ、確認させてください」
「何ですか」
「干渉の発生源は、魔道具の可能性があります。
人間が常時そこにいる必要がない装置です」
「装置が、東の森に置いてある」
「そういう可能性があります。
この施設への干渉方法を、誰かが知っている。
三百年前の技術です。
それを知っている者は、限られます」
「魔族ですか」
「あるいは、三百年前の施設に関係した者の子孫か、記録を持つ者です」
俺は少し考えた。
「四十年前に来た調査者がいました。
バルドさんの子供の頃の話です。
その調査者が、施設の情報を持ち帰った可能性がある」
「繋がります」
「四十年前の調査→記録が残る→今の干渉に繋がる」
「可能性の話ですが、否定できません」
──────────────────────────────────────
夜、コリンが施設の入口の前で結界を張り始めた。
リアが索敵魔法で周囲を監視した。
俺は《可視化》で施設の奥を見た。
核の揺らぎは、変化していなかった。
大きくもなく、小さくもなかった。
今は、安定している。
ただし、続いている。
止まっていない。
ヴェルグが、広間の中で低い音を出していた。
言語ではなかった。
ただ、何かを伝えようとしている音だった。
「ヴェルグが、何かを言っています」
サヤが地上から施設の言語で返した。
しばらくして、サヤが俺を見た。
「ヴェルグが言っています。
『管理者が来た。待っていた』と」
「待っていた」
「ヴェルグは、三百年、ここで守り続けました。
管理者が来なくなっても、守り続けた。
そして今、また管理者が来た」
俺は施設の入口を見た。
「ヴェルグには、早く安定させてあげたいですね」
「はい」
「明日、発生源を見つけます」
──────────────────────────────────────
深夜、バルドが俺のところに来た。
珍しかった。
「眠れないのか」
「施設のことが、気になっています」
「核の異常か」
「バルドさんにも伝えていましたか」
「アーヴィンから聞いた。
施設が危ない、ということだけ」
「そうです」
バルドは空を見た。
「四十年前の調査者の話、もう少し思い出した」
「何ですか」
「あの男、北東の方向に何度も目をやっていた。
子供だった俺には、何を見ているか分からなかった。
今になって思えば、施設の方向だった」
「その男は、施設を知っていた」
「そう思う。
三日か四日いて、北東の森に一度入った。
それから、急に去った」
「森に、何かを置いていったかもしれない」
「……四十年前に置いたものが、今も動いているのか。
止めなければ、四十年前より被害は大きくなる」
「可能性があります」
バルドは少し黙った。
「……俺が子供の頃に来た男が、今のこの状況に繋がっているのか」
「まだ確証はないです。ただし、明日、確認します」
「分かった」
バルドは立ち上がった。
「気をつけろ」
「はい」
「お前たちが無事で戻ってこなければ、現場が動かない」
「現場仕込みの段取りで、対応します」
バルドは短く鼻を鳴らした。
「行ってこい」
──────────────────────────────────────
――核の異常が、始まった。
ただし、これは弱点ではない。使い方次第で、武器になる。
この情報を出せば、ヴァルクは動きを早める。隠せば、こちらが主導権を握れる。
外部からの干渉。
北東の森。
四十年前の調査者。
点が、また繋がった。
ただし、繋がった点は、今夜には動かせない。
明朝、動く。
現場では、準備が整ったときに動く。
焦って動けば、現場が崩れる。
――動く前の夜は、一番長い。
それでも、朝は来る。
朝が来たら、動く。
次の段取りは、明朝決める。
今夜は、準備だけだ。
第36話 核の異常 了
【次回】
東の森に入って、二時間が経った。
サヤが立ち止まった。
「ここです」
地面に、石が埋め込まれていた。
──────────────────────────────────────
【領地収支】
・所持金 :金貨254枚(変化なし)
・収入 :なし
・支出 :なし
【発展進捗】
・防衛 :97%(施設の核に外部干渉を確認・コリンが防護結界を追加)
・食料 :62%(変化なし)
・水 :83%(変化なし)
・住居 :40%(変化なし)
・インフラ:33%(変化なし)
今日の進捗:施設の核に外部からの干渉が開始していることを確認。第一段階(色の変化と揺らぎ)。干渉の方向が北東の森と一致。コリンが防護結界を追加。四十年前の調査者が北東の森に入っていたことをバルドが証言。翌朝、発生源の探索へ。ヴェルグが「管理者が来た。待っていた」と伝える。




