第35話 送る情報
情報は、送る側が強い。
何を送るかを決められれば、
受け取る側の判断を、こちらがコントロールできる。
――送る情報を、設計する。
ハンスがベルン商会からの連絡を受けたのは、話をしてから三日後だった。
朝、ハンスが俺のところに来た。
「連絡が来ました」
「どういう形で」
「東の森の手前に、石の目印が置いてありました。
返答を求めています」
「どんな内容を求めていますか」
「査察の結果と、領地の現状の詳細です。
特に、施設について聞いてきています」
俺は少し止まった。
施設の情報を、すでに求めてきた。
査察官の報告が、まだ王都に届いていない段階だ。
「ミルヴァさんを呼びます」
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三人で話した。
ミルヴァが地図を広げた。
「向こうが施設の情報を求めてきた。
つまり、ベルン商会はすでに施設の存在を知っている」
「査察官の報告を待たずに、別の情報源から知った」
「エルヴィンが王都に向かう途中で、情報が漏れた可能性がある。
あるいは、査察の前から、別のルートで嗅ぎつけていた」
「どちらにしても、施設の情報は既知として扱う」
「そうなる」
俺は少し考えた。
「送る情報を決めましょう。
三つの方針があります。
今回の目的は“情報を渡すこと”ではなく、“相手の意思決定を縛ること”です」
「聞く」
「一つ目。施設の情報を送らない。
存在を知らないふりをする」
「向こうはすでに知っている。
知っていて送らなければ、不信を持たれる」
「そうです。二つ目。施設の情報を全部送る」
「それは論外だ」
「三つ目。施設の情報を、こちらが都合よく加工して送る」
ミルヴァが少し考えた。
「加工、とは」
「事実だが、向こうが誤った判断をするように整える。
施設は存在する。ただし、非常に不安定で、扱いが難しい。
近づけば、地脈が乱れて魔物が増える可能性がある。
そういう情報を送る」
「……施設を、触れにくい危険物として印象付ける」
「そうです。価値があると思って動くより、リスクが高いと思わせた方が、向こうの動きを遅らせられます」
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ハンスが口を開いた。
「一つ、確認させてください」
「どうぞ」
「送る情報に、嘘を含めますか」
「含めません」
ハンスが少し止まった。
「施設が不安定だというのは、事実ではないですよね」
「今は安定しています。ただし、管理者なしでは不安定になります。
これは事実です。
管理者なしで近づけば、地脈が乱れる可能性がある。
これも事実です」
「……なるほど」
「事実を、どの角度から切り取るかです。
嘘は送りません。ただし、全部は送らない」
ハンスは少し間を置いた。
「……あなたは、嘘をつかないんですね」
「現場では、嘘は後で必ず崩れます。
崩れると、全部が崩れる」
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送る情報を設計した。
ミルヴァが文案を作った。
ハンスが確認した。
「査察は無事に終わった。
領地は農地と水路が整備され、住民の生活は安定している。
防衛体制は土塁と外堀を中心に構築されており、魔物への対応は十分」
「ここまでは、全部本当だ」
「施設については。
地下に古い構造物が存在する。
地脈管理の機能を持つと思われるが、専任の管理者が常時対応しなければ不安定になる。
外部からの干渉には非常に敏感で、魔力を持つ者が近づくと地脈が乱れ、周辺の魔物が活性化する可能性がある。
現在は管理者が制御しているが、管理者なしでは扱いが難しい」
「全部、事実です」
ミルヴァが頷いた。
「これを送れば、向こうは施設を簡単には動かせないと判断する。
動けば損をする、と思わせれば勝ちです。
少なくとも、管理者ごと確保しなければ価値が出ないと思う」
「それが目的です。
施設を奪おうとすれば、サヤさんも一緒に確保しなければならない。
サヤさんは、簡単には捕まらない」
「向こうの計算を、複雑にする」
「そうです」
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ハンスが目印の返答を置きに行くことになった。
ミルヴァが後ろから監視した。
俺は村で待った。
一時間ほどして、二人が戻ってきた。
「送った」
「反応はありましたか」
「なかった。目印を置いて、戻るだけだ。
返事は、また目印で来る」
「次の連絡はいつ頃ですか」
ハンスが答えた。
「五日から一週間です。
向こうで情報を整理して、次の指示が来ます」
「分かりました。次の連絡が来たら、すぐ教えてください」
「はい」
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その日の午後、サヤが来た。
「施設の情報を、外に送ったと聞きました」
「ミルヴァさんから聞きましたか」
「はい。私の情報が、送られました」
「加工してあります。ただし、事実の範囲内です」
「管理者なしでは扱いが難しい、という部分ですか」
「はい。そのことを、サヤさんに伝えていませんでした。
確認が遅れて、申し訳ありません」
サヤは少し間を置いた。
「……謝られると、対応に困ります」
「習慣なので」
「分かりました。内容については、異議はありません。
事実です」
「ありがとうございます」
「ただし、一つだけ」
「何ですか」
「私が、管理者として価値があるから狙われる、ということですね」
「そうなります」
サヤは少し間を置いた。
「十年間、一人でいました。
誰かに狙われる、という経験がなかった。
少し、慣れない感覚です」
「守ります」
「……あなたが言うと、信じてしまいます」
「信じてください。それが段取りの出発点なので」
サヤはまた、目を細めた。
笑ったのかもしれなかった。
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夕方、コリンが俺のところに来た。
「施設の結界を、少し変えました」
「どのように」
「外部から施設の魔力を感知しようとすると、ノイズが出るようにしました。
施設の内部を外から読もうとした場合、正確な情報が取れない」
「魔力で施設を調べようとすれば、乱れて見える」
「はい。送った情報と、実際に感知できる情報が一致します。
施設が扱いにくい、という印象を魔力でも裏付けられます」
「コリンさん、いい仕事です」
「施設が認識してくれました。
施設自体が、外部の干渉を嫌うので、こちらの意図と合っていたようです」
「施設が、守りに協力してくれた」
「そうなります」
俺は少し笑った。
「三百年前の設計者に、感謝しないといけないですね」
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民兵の訓練が、最終段階に入っていた。
アーヴィンが俺を呼んだ。
「見ていけ」
訓練場に行った。
十人が、二手に分かれていた。
片方が攻撃側、片方が防御側だ。
模擬戦をやっていた。
リクが攻撃側の先頭に立っていた。
槍を持って、前に出た。
防御側が、外堀を模した線の後ろから応戦した。
石を投げる。
槍で突く。
後ろに下がって、また突く。
十分ほど続いた。
アーヴィンが止めた。
「どう見た」
「形になっています」
「一ヶ月半で、ここまで来た」
「リクが引っ張りましたね」
「そうだ。あいつは、仲間を見ながら動ける。
自分だけ前に出ない。全体を見て、動く」
「それは、才能ですか」
「性格だ。才能より、使える」
アーヴィンは民兵を見た。
「次の大規模な群れが来たとき、俺とマユミが前に出なくても、外堀を守れる」
「そこまで来ましたか」
「来た。二週間前に言った通りだ」
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エピローグ。
夜、カインは、井戸の水を汲んでいた。
日課になっていた。
最初に来たとき、この村に長くいるつもりはなかった。
難民として、次の場所に移るまでの仮の場所だと思っていた。
それが、二ヶ月になっていた。
住民登録をした。
名前が、紙に書かれた。
ここに住んでいい、と言われた。
それだけで、何かが変わった気がした。
水を汲んで、桶を持ち上げた。
重かった。
ただ、その重さが、悪くなかった。
ここの水だ、と思った。
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――情報戦が、一段進んだ。
今回の情報で、向こうの次の手は二つに絞られる
送る情報を設計した。
コリンが結界でそれを裏付けた。
施設を、簡単には動かせない印象に整えた。
向こうの計算が、少し複雑になったはずだ。
ただし、これは時間稼ぎだ。
ヴァルクは、いつか動く。
その前に、こちらも動く。
――情報は、時間を作るために使う。
作った時間で、現場を整える。
現場が整えば、何が来ても対応できる。
次の段取りを組んだ。
ベルン商会からの次の連絡を待つ。施設の第三層の本格調査を再開する(サヤと協議)。民兵訓練を実戦想定に移行。農地の収穫まで、秋を待つ。石材の調達を本格化する(ガッツ)。
現場は、着実に前に進んでいた。
第35話 送る情報 了
【次回】
施設の第三層に、再び入った。
柱の文字の続きを、サヤが読んだ。
「……核に、異常が出始めています」
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【領地収支】
・所持金 :金貨254枚(変化なし)
・収入 :なし
・支出 :なし
【発展進捗】
・防衛 :97%(民兵が外堀防衛を独立して担える水準に到達。施設の外部結界をコリンが改修)
・食料 :62%(農地順調・収穫まで秋を待つ)
・水 :83%(変化なし)
・住居 :40%(変化なし)
・インフラ:33%(石材調達の本格化を準備中)
今日の進捗:ベルン商会からの連絡が来る。施設の情報を事実の範囲で加工して送付。コリンが施設の結界を外部感知妨害型に改修・送った情報と感知情報を一致させる。民兵が外堀防衛を独立して担える水準に到達(アーヴィン確認)。カインのエピローグ。サヤに情報操作の事後報告を行い了解を得る。




