第34話 話があります
現場では、自分から来る人間を大切にする。
呼ばれて来る人間より、自分で来る人間の方が、
覚悟を持っている。
――自分で来たなら、聞く。
ただし、その言葉が罠である可能性も、捨てない。
査察から五日後だった。
ハンスが、俺のところに来た。
朝の早い時間だった。
村人がまだ動き始める前の、静かな時間だった。
「話があります」
「どうぞ」
「……二人きりで、話せますか」
「広場の端で、いいですか」
「はい」
──────────────────────────────────────
二人で広場の端に座った。
ハンスは少し間を置いた。
《可視化》で色を見た。
揺れていた。
ただし、昨日より揺れ方が違った。
決めた後の、揺れだった。
「……正直に話します」
「聞きます」
「私は、ベルン商会から送られてきた人間です」
俺は何も言わなかった。
「難民の流れに紛れて、この村に入りました。
目的は、この領地の内部情報を、外に流すことです」
「想定していました。
確証は、今取れました」
ハンスが少し止まった。
「……いつから」
「来てから、しばらくしてからです」
「なぜ、追い出さなかったんですか」
「泳がせていました。
あなたが外に送る情報を、こちらがコントロールしていました」
ハンスはしばらく黙った。
「……掲示板は、私に見せるためのものでしたか」
「そうです」
「全部、知っていたんですか」
「全部ではないです。
ただし、ある程度は把握していました」
──────────────────────────────────────
ハンスが深く息を吐いた。
「住民登録をされたとき、迷いました」
「そうでしたね」
「ベルン商会の人間として来た俺が、この村の住民として登録された。
それが、どういう意味を持つか。
ずっと、考えていました」
「どういう結論が出ましたか」
ハンスは少し間を置いた。
「……もう、向こうには戻れないと思いました」
「なぜですか」
「ベルン商会は、用が済んだ人間を、そのままにしておく組織ではないです。
私が何かを漏らしたと疑えば、消します」
「だから、こちらに話しに来た」
「はい。ただし、それだけではないです」
ハンスが俺を見た。
「査察の日、領主様が全部を見せていた。
隠さなかった。
農地も、水路も、施設も、民兵も。
全部を、正直に見せた」
「そうです」
「私はずっと、隠すことを仕事にしてきました。
情報を隠す。人を欺く。
それが当たり前だと思っていました」
「今は、違いますか」
「……分かりません。ただ」
ハンスは少し間を置いた。
「あなたのやり方を、見ていたかった。
……ああいう現場に、いたことがなかった。
もう少し、見ていたいです」
──────────────────────────────────────
俺は少し考えた。
ハンスの色を見た。
揺れていたが、濁っていなかった。
嘘をついている色ではなかった。
「一つ、聞かせてください」
「何ですか」
「ベルン商会について、知っていることを全部話してもらえますか。
カインさんから聞いた話と、合わせて確認したいです」
「……カインも、知っていたんですか」
「カインさんも、正直に話してくれました」
ハンスは少し間を置いた。
「……分かりました。全部、話します」
──────────────────────────────────────
ミルヴァを呼んだ。
三人で話した。
ハンスが話し始めた。
「ベルン商会は、表向きは物資の仲介業です。
ただし、本業は情報の売買です。
特定の貴族に情報を独占的に提供しています」
「貴族の名前は」
「ヴァルク・レオンハルトです」
ミルヴァが少し頷いた。
「確証が、出た」
「ヴァルクは、この地方の辺境領地を複数、手に入れようとしています。
合法的に。制度を使って。
そのための情報を、ベルン商会が集めています」
「この領地も、その対象ですか」
「そうです。ただし、当初の評価は低かった」
「なぜですか」
「星見の地は、魔物が多くて統治が難しい。
前の領主も、すぐ逃げた。
ヴァルクは、どうせ同じだろうと思っていたようです」
「ところが、違った」
「農地が動き始めて、水路が復活して、防衛が整ってきた。
評価が、変わりました」
──────────────────────────────────────
「ヴァルクは、具体的に何をするつもりですか」
ミルヴァが聞いた。
「中央に働きかけます。
統治に問題があると認定させて、合法的に領地を接収する。
あるいは、経済的に締め付けて、自ら手放させる」
「武力は使わない」
「ヴァルクは、武力を好まないです。
制度と情報で動く人間です」
「今、どの段階ですか」
「査察を使って、情報を取ろうとしていました。
ただし、査察官のエルヴィンは、ヴァルクの意のままには動かない人間です。
査察で大きな問題が出なければ、次の手を考えるはずです」
「次の手とは」
「分かりません。ただし、急ぐ理由が出れば、動きが早くなります」
「急ぐ理由」
「この領地の価値が、外に知れること。
鉱物とか、施設とか。
大きな価値が露見すれば、ヴァルクより上の貴族も動きます。
そうなれば、ヴァルクは先手を取らなければならない」
俺は少し考えた。
施設の存在は、査察官に伝わった。
エルヴィンが王都に報告する。
その報告が、どこまで広がるか。
「施設の情報は、ヴァルクに届いていますか」
「おそらく、まだです。
査察の報告が王都に届いた後、ヴァルクが情報を得る形になります。
時間は、少しあります」
──────────────────────────────────────
話が一段落した。
ミルヴァがハンスを見た。
「なぜ、このタイミングで話した」
「住民登録の後から、決めようとしていました。
査察の日に、踏ん切りがつきました」
「後悔はないか」
「……あります。ただし、このままベルン商会の仕事を続ける後悔より、小さいと思いました」
「向こうから連絡が来た場合は」
「来ると思います。
ただし、これ以上、情報を送るつもりはないです」
「来たとき、どう対応するかは、俺たちと一緒に決めます」
ミルヴァが言った。
「逆用できるかもしれない」
「はい。あなたが向こうに送る情報を、こちらがコントロールする。
これまでと同じです。ただし、今度はハンスさんに協力してもらう形で」
ハンスは少し間を置いた。
「……私を、信用するんですか」
「今すぐは、完全には信用しません。
ただし、動いてもらいながら、確認します」
「それで、いいです」
──────────────────────────────────────
俺はハンスを見た。
「一つだけ、確認させてください」
「何ですか」
「この村に、住みたいですか」
ハンスは少し止まった。
「……住んでいいんですか」
「住民登録は、すでにしています。
あとは、あなたが決めるだけです」
ハンスはしばらく黙っていた。
「……住みたいです」
「分かりました。
ただし、ベルン商会への対応は、ミルヴァさんと一緒に動いてください。
単独では動かないように」
「はい」
「それだけです。
裏切る可能性も含めて、使います」
ハンスは少し間を置いた。
「……なぜ、こんなに」
「こんなに?」
「簡単に、信じるんですか」
俺は少し考えた。
「信じているわけではないです。
ただし、自分で来た人間を、追い返す理由もないです」
「それだけですか」
「あと一つあります」
「何ですか」
「現場には、人が必要です。
人が増えれば、現場が強くなります。
それだけです」
──────────────────────────────────────
ミルヴァが後で俺のところに来た。
「ハンスの話、どこまで信用する」
「七割です」
「残りの三割は」
「まだ確認中です。
ただし、七割あれば、動けます」
「甘い判断だと思うか」
「甘くはないです。
七割で動いて、残りを確認しながら進む。
それが現場のやり方です」
ミルヴァは少し間を置いた。
「……私は、五割だ」
「ミルヴァさんの五割と、俺の七割を合わせれば、十分です」
「なんでそういう計算になる」
「現場では、誤差を重ねて精度を上げます。
そのために、判断の軸を分けています」
ミルヴァは短く鼻を鳴らした。
「……まあ、いい」
──────────────────────────────────────
夜、《可視化》でハンスの方向を見た。
色が、変わっていた。
揺れが、小さくなっていた。
決めた後の色だった。
迷いが、減っていた。
完全に消えてはいない。
ただし、向いている方向が、定まってきていた。
――自分で来る人間は、覚悟を持っている。
覚悟のある人間は、現場で動ける。
動ける人間が増えれば、現場は強くなる。
カインが来たとき、同じことを思った。
ゾルドが来たとき、同じことを思った。
人は、自分で動くとき、一番強い。
次の段取りを組んだ。
ハンスをミルヴァの監視下に置きながら、ベルン商会への逆用を設計する。ヴァルクが施設の情報を得るまでの時間を把握する。施設の第三層の調査を再開する。農地の収穫まで、秋を待つ。民兵訓練の最終段階へ。
現場に、また一人、加わった。
戦力ではない。
“情報の流れ”を持つ人間だ。
第34話 話があります 了
【次回】
ハンスがベルン商会からの連絡を受けた。
ミルヴァと三人で、送る情報を決めた。
「これで、向こうが動くタイミングが分かります」
──────────────────────────────────────
【領地収支】
・所持金 :金貨254枚(変化なし)
・収入 :なし
・支出 :なし
【発展進捗】
・防衛 :96%(変化なし)
・食料 :60%(農地順調・収穫まで秋を待つ)
・水 :83%(変化なし)
・住居 :40%(変化なし)
・インフラ:32%(変化なし)
今日の進捗:ハンスが自ら話しに来る。ベルン商会の潜入者であることを認め、ヴァルク・レオンハルトとの繋がりを証言。ヴァルクの手法(制度と情報で動く)が判明。ハンスをミルヴァ監視下で逆用する方針を決定。ハンスの色が定まってきた。ミルヴァとの「七割・五割」のやり取り。




