第31話 使者が来た
上からの話には、二種類ある。
こちらのためになる話と、
向こうのためになる話だ。
どちらかは、聞いてみなければ分からない。
――まず、聞く。判断はその後だ。
王都からの使者が来たのは、昼前だった。
馬二頭。
随行が一人。
使者本人は、三十代の男だった。
王国の紋章入りの外套を着ていた。
門でリクが記録した。
俺に知らせが来た。
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広場で使者と向き合った。
使者は一礼した。
「フォルテス卿、王都よりご連絡を申し上げます」
「ご苦労様です。遠いところを」
「二点、ご連絡があります」
使者が書状を二通出した。
「一通目は、勲爵士給与および討伐報奨金の件です。
手続きが完了しました。
ランデルのギルドを通じて、随時受け取りが可能です」
「ありがとうございます」
勲爵士給与、月金貨十二枚。
報奨金、金貨百枚。
合計百十二枚が、受け取れるようになった。
「二通目は」
使者が少し間を置いた。
「王都より、査察の通達です」
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査察。
その言葉が、広場に落ちた。
バルドが、わずかに眉を動かした。
「査察、とは」
「新たに領地を授与された勲爵士に対し、王国は定期的に統治状況の確認を行います。
フォルテス卿の領地は、授与から約二ヶ月が経過しました。
規定に従い、王都から査察官が派遣されます」
「いつですか」
「二週間後を予定しております」
「査察官は、何を確認しますか」
「領地の統治状況全般です。
住民の生活状況、防衛体制、税の徴収状況、領主としての職務遂行状況。
以上が主な確認事項です」
俺は少し考えた。
「査察は、毎回行われるものですか」
「通常は授与から半年後が最初の査察です。
ただし、今回は前倒しになっています。
通常の査察ではありません。理由がある動きです」
「理由は」
使者は少し間を置いた。
「辺境の領地は、早期の確認が推奨されております」
答えになっていなかった。
王都が動くときは、理由がある。
理由がある査察は、査察で終わらない。
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使者を宿に案内した後、全員を集めた。
「二週間後に、王都から査察官が来ます」
「前倒しの理由は分かりますか」
ミルヴァが聞いた。
「使者は答えませんでした。
ただし、タイミングが引っかかります」
「ベルン商会が動き始めた時期と、重なる」
「そうです。使者が来る前に、ベルン商会の偵察員が来た。
査察の前倒しは、偶然かもしれない。
ただし、繋がっている可能性がある」
「王都方面の貴族が、ベルン商会から情報を受け取って、査察を動かした」
「確証はないです。ただし、備える必要があります」
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アーヴィンが腕を組んだ。
「査察で、何を見せる。何を隠す」
「隠しません」
全員が俺を見た。
「全部、見せます」
「隠せば疑われる。
疑われれば、次は調べられる。
だから最初から、見せる」
「施設も、ですか」
「施設は、この領地の重要な管理対象です。
隠せば、後で問題になります。
ただし、説明の仕方を整える必要があります」
「どう説明するんですか」
「この地の地脈を管理する古い施設が地下に存在する。
現在、専門の管理者とともに安全を確保している。
領地の安定に寄与している。
事実だけを、順番に話します」
「サヤさんのことは」
「林の管理者として、この地に十年以上いる人物です。
今は領地と協力関係にあります。
それだけです」
ミルヴァが少し考えた。
「査察官の素性を、先に調べた方がいい」
「お願いできますか」
「ランデルで聞いてみる。
王都からの使者は、必ず町を通る。
泊まった宿が分かれば、話した相手が分かる」
「助かります」
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バルドが俺のところに来た。
「査察官が来たとき、村人への影響は」
「生活の確認が主なので、普通にしていてもらえば大丈夫です。
ただし、一つお願いがあります」
「何だ」
「村人の中で、不満を持っている人間がいれば、事前に聞かせてほしいです。
査察官に言いたいことがあれば、俺に先に言ってもらいたい」
「不満を、隠せと言うのか」
「隠せとは言いません。
ただし、俺が知らない不満を、査察官に言われると対応できません。
先に知れば、改善できます」
バルドは少し考えた。
「……今の村に、大きな不満はない。
生活が少し良くなってきている。
それは、村人も感じている」
「そうですか」
「ただし、一人いる」
「誰ですか」
「ゾルドだ」
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ゾルドを探した。
建設班の作業場にいた。
石を切っていた。
「少し話せますか」
「何だ」
「査察官が来ます。バルドさんから、ゾルドさんに不満があるかもしれないと聞きました」
ゾルドは石を置いた。
「不満じゃない」
「では、何ですか」
「……確認したいことがある」
「どうぞ」
ゾルドは少し間を置いた。
「俺は、難民でも村人でもない。
この領地に、正式に籍を置けるのか」
俺は少し止まった。
「籍、とは」
「村人として、ここに住む権利だ。
今は、曖昧なままだ。
それが、引っかかっている」
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俺は少し考えた。
ゾルドの言う通りだった。
難民として来た人間の、正式な住民登録。
それを、まだ整理していなかった。
「査察官に確認します。
王国の規定上、どういう手続きが必要か。
この機会に、全員の籍を整理します。
この領地で動いている人間は、全員、この領地の領民にします。
現場で働いているのに、外の人間のままなのは、おかしい」
「俺だけじゃなく、全員か」
「カインさんも、ドレンさんも、ルナも。
全員、正式にここに住む権利を持つべきです」
ゾルドは少し間を置いた。
「……査察官に頼むのか、領主として決めるのか」
「規定の範囲で、領主として決めます。
査察官には、事後に報告します」
「規定を外れる可能性は」
「外れません。辺境領主には、住民登録の裁量があります。
ただし、今まで使ったことがなかっただけです」
ゾルドは石を見た。
「……分かった」
「ゾルドさんは、この領地に必要な人間です。
籍がないまま動いてもらっていたことは、俺の確認不足でした」
「謝らなくていい」
「現場仕込みの習慣なので」
ゾルドは短く、鼻を鳴らした。
初めて見る表情だった。
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翌日、難民全員の住民登録を行った。
カイン、ドレン、ルナ、ハンスを含む難民十一人。
全員の名前と出身を記録した。
領主の署名を入れた。
バルドが立ち会った。
ルナが、自分の名前が書かれた紙を見た。
「これ、なに?」
「ルナが、この村の住民だという証明です」
「ここに住んでいいってこと?」
「そうです」
ルナは少し考えた。
「……ずっと、いていいの?」
「いていいです」
ルナは紙を両手で持った。
それから、胸に抱えた。
何も言わなかった。
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ハンスの登録もした。
名前を呼んだとき、ハンスは少し固まった。
一瞬だけ。
「ハンスさん、住民登録をします。
名前と、出身地を教えてください」
「……はい」
ハンスが答えた。
《可視化》で色を見た。
迷っている色だった。
迷いの色に、わずかに混ざっていた。
罪悪感に近い色だった。
それまでと、少し違う色だった。
何かが、揺れていた。
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夜、ミルヴァが来た。
「ハンスの様子が変わった」
「気づきました」
「住民登録が、効いた」
「どういう意味ですか」
「ベルン商会の潜入者として来た人間が、住民として扱われた。
それが、どういう意味を持つか。
ハンスは今、迷っている」
「向こうに戻るか、こちらに残るか」
「そういうことだ」
俺は少し考えた。
「泳がせる方針は、変えません。
ただし、ハンスが自分で判断するまで、待ちます」
「危なくないか」
「危ない。ただし、追い詰めても、いい結果にならないです」
ミルヴァは少し間を置いた。
「……あんた、甘いな。
現場でそれをやると、死人が出る」
「現場では、人を信じた方が、仕組みが強くなります」
「負けたときは、信じた分だけ痛い」
「それでも、信じます。
出さないように段取りを組みます」
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――査察まで、二週間ある。
その間に、やることがある。
住民登録の整備。
施設の説明資料の作成。
領地の収支記録の整理。
ミルヴァによる査察官の素性調査。
民兵訓練の継続。
全部、同時に動かす。
現場は、外からの目が入るとき、一番その実力が試される。
――見られても、揺れない現場が、本物の現場だ。
段取りが正しければ、見せられる。
見せられるものしか、作っていないからだ。
次の段取りを組んだ。
査察対応の準備全般。ハンスを静かに見守る。ランデルで査察官の素性確認。勲爵士給与・報奨金の受取(ミルヴァ経由)。
現場に、外側からの目が入ってくる。
それでいい。
見せられるものしか、作っていない。
第31話 使者が来た 了
【次回】
査察まで一週間になった日、ミルヴァが戻ってきた。
「査察官の名前が分かった。
ただし、もう一つ分かったことがある」
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【領地収支】
・所持金 :金貨70枚(変化なし・受取手続き完了、ランデルで受取予定)
・収入 :勲爵士給与 金貨24枚(2ヶ月分)・報奨金 金貨100枚(受取手続き完了・近日入金)
・支出 :なし
【発展進捗】
・防衛 :95%(変化なし)
・食料 :54%(農地順調)
・水 :83%(変化なし)
・住居 :40%(変化なし)
・インフラ:32%(変化なし)
今日の進捗:王都から使者が来訪。勲爵士給与・報奨金の受取手続き完了。二週間後に査察官が来ることが判明。難民十一人の住民登録を完了。ゾルドの懸念が解消。ハンスの色が変化・揺れ始めている。査察対応の準備開始。




