第30話 やはり、そうだった
現場では、疑いが確証に変わる瞬間がある。
その瞬間に、慌てない人間が現場を動かす。
確証が出たなら、次の手を考えるだけだ。
――分かったなら、動く。
三日後の朝だった。
ハンスが村の外に出た。
用件は薪拾いだった。
村の外れで薪を拾う人間は、珍しくない。
ただし、ハンスはいつも村の中にいた。
外に出るのは、初めてだった。
ミルヴァが後を追った。
音もなく。
気配もなく。
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一時間後、ミルヴァが戻ってきた。
俺を見つけて、一言だけ言った。
「やはり、そうだった。間違いない」
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全員を集めた。
ミルヴァが話した。
「ハンスは、東の森の手前で立ち止まった。
薪は拾わなかった。
木の根元に、石を三つ並べた。
石は三つ。
間隔も、向きも、偶然ではなかった。
それだけで、戻ってきた」
「合図か」
「そうだ。石の並べ方が、ベルン商会の目印のパターンと一致している」
「ハンスは、ベルン商会の人間だ」
「ベルン商会の人間だ。
少なくとも、連絡役は確定だ」
バルドが腕を組んだ。
「いつから、この村にいた」
「一ヶ月と少しだ。難民として来た」
「最初から、潜り込んでいたのか」
「難民の流れに紛れた可能性が高い。
カインたちが来る前に、別のルートで入ったかもしれない」
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「どう対処しますか」
アーヴィンが言った。
「今すぐ、追い出しますか」
「追い出しません」
全員が俺を見た。
「追い出せば、ベルン商会に伝わります。
内部に潜入者がいたことが発覚した、という情報が向こうに渡る。
次は、もっと見えにくい手を使ってくる」
「では、放置するのか」
「放置ではないです。
泳がせます。
泳がせれば、情報が取れる」
ミルヴァが少し頷いた。
「向こうが送ってくる情報を、こちらがコントロールする」
「そうです。ハンスが見ていいものと、見せてはいけないものを分ける。
見ていいものだけを、向こうに送らせる」
「偽の情報を流す、ということか」
マユミが言った。
「偽の情報ではないです。
本当の情報だが、都合のいい部分だけを見せる。
農地が育っている。水路が通った。村人が増えた。
それは全部、本当のことです」
「施設のことは」
「見せない。訓練の規模も、正確には見せない。
土塁の構造も、詳細は隠す」
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ミルヴァが口を開いた。
「一つ、問題がある」
「何ですか」
「ハンスが、次にいつ合図を出すか分からない。
頻度が上がれば、こちらの管理が追いつかなくなる可能性がある」
「ハンスの行動パターンを把握できますか」
「今日で、初めての合図を確認した。
もう少し観察が必要だ」
「引き続き、お願いします。
ハンスには、今まで通り普通に接してください。
怪しまれてはいけない」
「分かった」
コリンが手を挙げた。
「一つ、提案があります」
「どうぞ」
「ハンスが見える位置に、わざと目立つものを置くことはできますか。
農地の収穫量の看板とか、村人の数の掲示とか。
こちらが伝えたい情報を、ハンスの目に自然に入れる形で」
俺は少し考えた。
「それは、いいかもしれません。
エルナさんに相談して、農地の状況を見えやすい場所に掲示してもらいます。
情報は隠すものじゃない。
見せ方を決めるものです」
「私が文字を書きます」
「お願いします」
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その夜、ハンスと初めてまともに話した。
広場で、何でもない会話のように近づいた。
「今日、外に出ていましたね」
ハンスは少し固まった。
一瞬だけ。
すぐに、柔らかい顔に戻った。
「薪を取りに行こうと思ったんですが、いい木が見つからなくて」
一瞬だけ、言葉が遅れた。
「そうでしたか。外は魔物の気配が落ち着いていますが、一人では危ないです。
次は誰かと一緒に出てください」
「……はい。気をつけます」
「ハンスさん、こちらの生活には慣れましたか」
「はい。皆さんが良くしてくださるので」
「何か不便なことがあれば、バルドさんに言ってください」
「ありがとうございます」
《可視化》で色を見た。
会話の間、ずっと緊張していた。
ただ、表には出なかった。
色は、整っていた。
――整いすぎていた。
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翌日、コリンが掲示板を作った。
農地の前に立てた。
「収穫予定:小麦・大麦・芋 秋まで」
「現在の村人数:百九十三人」
「水路:東の小川から農地まで開通済み」
エルナが内容を確認した。
「これを、誰かに見せるためですか」
「見せてもいい人間に、見せます」
エルナは少し間を置いた。
「……農地が守るための道具になっているんですね」
「農地は食料を作る場所です。
ただし、情報にもなります」
エルナは掲示板を見た。
「内容は、全部本当のことです」
「はい。嘘は書いていないです」
「それでいいと思います」
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三日後、ハンスが再び外に出た。
ミルヴァが後を追った。
今度は、石の並べ方が前回と違った。
ミルヴァが戻ってきて言った。
「情報を送った。
農地が育っている。水路が通った。村人が増えた。
掲示板の内容と、一致している」
「見えていいものを、送った」
「そうだ。こちらが見せた通りに、送っている」
「ベルン商会は、この情報をどう使いますか」
「この領地が豊かになっていると判断する。
豊かになれば、価値が上がる。
価値が上がれば、動く理由が増える。
向こうは、この領地を“狩れる対象”として見始めている」
「向こうが動く理由を、こちらが作っている」
「そうなる」
俺は少し考えた。
「それは、危なくないですか」
「危ない。ただし、動かなければもっと危ない。
向こうが動くなら、こちらが準備できている状態で動かせた方がいい」
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アーヴィンが俺のところに来た。
「民兵の訓練、一ヶ月が経った」
「どうですか」
「形になってきた。リクは、本物だ。
ゾルドは遅かったが、体が出来上がってきた。
カインは、動きが読みにくい。いい意味でだ」
「全体では」
「十人で、外堀の防衛なら任せられる。
大規模な群れには、まだ対応できない」
「あと、どのくらいですか」
「二週間あれば、対応できるようになる」
「分かりました。引き続き、お願いします」
アーヴィンは少し間を置いた。
「ヒコ」
「はい」
「ベルン商会の件、いつ表に出ますか」
「分かりません。ただし、向こうが動けば、こちらも動きます」
「その時は」
「アーヴィンさんに、任せます」
アーヴィンは短く頷いた。
「準備しておく」
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エピローグ
その夜、バルドは一人で水路の傍に座っていた。
水の音を聞きながら、空を見ていた。
村に来て三十年以上になる。
水路が埋まった日のことを、今でも覚えている。
あの日、自分には何もできなかった。
今日、来た男から施設の方向が見えないよう、ガッツに木を置いてもらった。
大したことではない。
ただ、何かができた。
それだけで、少し違った。
水の音が、続いていた。
バルドは立ち上がった。
明日も、やることがある。
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――現場では、敵が見えたとき、初めて守り方が決まる。
ハンスが確認できた。
ベルン商会の偵察が一段進んだ。
向こうは、この領地を豊かだと判断し始めた。
豊かだから、狙われる。
それでも、豊かにするしかない。
豊かでなければ、守る理由がなくなる。
――そして、狙われる価値すらなくなる。
――守るものがあるから、守れる。
守るものを作ることが、守ることの始まりだ。
次の段取りを組んだ。
ハンスの監視継続。掲示板の情報を定期的に更新。民兵訓練、あと二週間で対大規模群れに対応できる体制へ。施設の柱の文字の解読継続。勲爵士給与と報奨金の受取状況を確認。
現場は、内側と外側を同時に動かしていた。
第30話 やはり、そうだった 了
【次回】
王都からの使者が来た。
勲爵士給与と報奨金の話だと思っていた。
ただし、使者の用件は、それだけではなかった。
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【領地収支】
・所持金 :金貨70枚(変化なし)
・収入 :なし
・支出 :なし
※未回収:勲爵士給与 金貨12枚(手続き中)・報奨金 金貨100枚(王都より)
【発展進捗】
・防衛 :95%(民兵訓練一ヶ月経過・外堀防衛を任せられる水準に到達)
・食料 :52%(農地順調・収穫まで秋を待つ)
・水 :83%(変化なし)
・住居 :40%(変化なし)
・インフラ:32%(変化なし)
今日の進捗:ハンスがベルン商会の内部連絡役であることを確認。泳がせる方針を決定。農地前に掲示板を設置・見せていい情報をコントロール。ハンスが掲示板の情報を商会に送信したことを確認・掲示板が機能。民兵訓練一ヶ月経過・リク・ゾルド・カインが戦力として育ちつつある。バルドのエピローグ。




