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 第29話 動いた

 敵が動いたとき、慌てる必要はない。

 動いたということは、姿が見えるということだ。

 見えれば、読める。

 読めれば、対応できる。


 ――動いてくれた方が、やりやすい。

 柱の文字の解読が進んだ三日後だった。


 ミルヴァが戻ってきた。


 馬を繋ぐ前に、俺を探した。


 それだけで、急ぎの話だと分かった。


「ベルン商会が、動いた」


「何をしましたか」


「ランデルで、人を集めている。

 行商人の格好をした男が三人、宿に泊まっている。

 ただし、荷物がない」


「荷物のない行商人」


「動きを見ていた。

 宿から出て、この方向を確認して、戻る。

 それを繰り返している」


「偵察の最終確認だ」


「そう見た」


 俺は少し考えた。


「いつ動くと思いますか」


「早ければ、三日。遅くても、五日以内だ」


──────────────────────────────────────


 全員を集めた。


「ベルン商会が、具体的な動きを始めました。

 五日以内に、この領地に接触してくる可能性があります」


「接触、というのは」


 アーヴィンが言った。


「まだ分かりません。

 直接来るのか、誰かを使うのか。

 ただし、準備が必要です」


「何をする」


「まず、村への出入りを確認できる体制を作ります。

 見知らぬ人間が来たとき、誰が来たか記録する」


「門番か」


「そうです。ドランさんに話を通してあります。

 訓練中の民兵も、交代で門に立ってもらいます」


 バルドが腕を組んだ。


「行商人が来た場合は」


「追い返しません。ただし、名前と用件を聞いて記録します。

 ミルヴァさんが特徴を把握しているので、照合してもらいます」


「分かった」


──────────────────────────────────────


 ミルヴァが地図を広げた。


「ベルン商会の男三人の特徴を伝える。

 一人目、四十代の男。背が高い。左の眉に古傷がある。

 二人目、三十代。小柄。よく荷物を持ち替える癖がある。

 三人目、二十代。目が細い。よく周囲を確認する」


「全員に伝えます」


「もう一つある」


「何ですか」


「三人の他に、ランデルでもう一人を確認した。

 商会の人間ではない。ただし、三人と接触していた」


「どういう人物ですか」


「女だ。三十代。商人風の格好をしているが、動きが違う。

 情報を伝えて、すぐ離れた。

 使いの役割だと思う」


「この領地の内部にいる人間との連絡役か」


「可能性がある」


 俺は少し考えた。


 領地の内部に、ベルン商会と繋がっている人間がいる。


「カインさんは、考えにくい。

 今の色を見れば、別の方向を向いています」


「同意する。ただし、難民の中に、別の人間がいるかもしれない」


「ドレンさん」


「確証はない。ただし、西の村から来た経緯が、少し引っかかっている」


──────────────────────────────────────


 ドレンを思い出した。


 三十歳。

 西の村が包囲されたとき、脱出してきた男だ。


 来たときの色を思い出した。


 疲弊していた。

 恐怖があった。


 ただ、今の色は。


 俺は《可視化》でドレンの方向を見た。


 広場の近くにいた。


 色を見た。


 落ち着いていた。


 ただ、落ち着き方が、少し違った。


 何かを、待っている色だ。


「……ミルヴァさん、ドレンさんを直接確認してもらえますか。

 俺の《可視化》だけでは、確証が出ない」


「分かった。自然に近づいてみる」


──────────────────────────────────────


 その日の午後、ミルヴァがドレンと話をした。


 広場の端で、何でもない会話のように見えた。


 夕方、ミルヴァが俺のところに来た。


「白だ」


「ベルン商会とは無関係ですか」


「無関係だと思う。ただし、疑われていると感じたかもしれない。

 少し警戒した」


「それは仕方ないです」


「あの男は、本当に怖かっただけだ。

 西の村が包囲されたとき、三日間、食料も水もなかった。

 それだけが、体に残っている」


「そうですか」


「内部の連絡役が誰かは、まだ分からない。

 ただし、今すぐ動く必要はない。

 向こうが接触してくれば、自然に分かる」


──────────────────────────────────────


 二日後の朝だった。


 門に、行商人が来た。


 訓練中の民兵がいたリクが、記録をした。


「名前と用件を聞かせてください」


 男は少し笑った。


「旅の行商です。布を売っています。

 村で買ってもらえないかと思って」


「荷物を見せてもらえますか」


 男が荷物を開けた。


 布が入っていた。


 リクが記録した。


 俺に報告が来た。


 特徴を確認した。


 三十代。小柄。荷物をよく持ち替える。


 ミルヴァが言っていた二人目だった。


──────────────────────────────────────


 ミルヴァに確認してもらった。


「そうだ。二人目の男だ」


「布を売りに来ました。本物の布を持っています」


「表の仕事を作って来た。

 村の中を歩き回って、何かを確認するつもりだ」


「追い返しますか」


「追い返してはいけない。

 怪しまれれば、次は別の手を使う。

 中を歩かせて、見せていいものだけ見せる」


「見せていいもの」


「農地、水路、民家。

 施設の入口と、外堀の詳細は見せない。

 土塁の高さも、なるべく目に入れさせない」


「案内役を付けますか」


「付ける。バルドさんが適任だ。

 口が悪くて、愛想がないから、自然に見える」


──────────────────────────────────────


 バルドに話をした。


「行商人の案内を頼めますか。

 ただし、施設の方向と外堀の詳細は見せないように」


 バルドは少し考えた。


「俺が案内人か」


「愛想がない方が、自然です」


「……それは褒めているのか」


「現場では、適材適所です」


 バルドは短く鼻を鳴らした。


「分かった。やる」


──────────────────────────────────────


 行商人は、二時間ほど村を歩いた。


 バルドが無愛想に案内した。


 農地を見た。

 水路を見た。

 井戸を見た。

 民家を見た。


 布を三枚、売った。


 施設の方向には近づかなかった。


 バルドが誘導していた。


 夕方、行商人は村を出た。


──────────────────────────────────────


 バルドが報告に来た。


「途中で、一度だけ北東の方向を見た。

 そこには何があると思ったのか、ちょっと見てから、すぐ視線を戻した」


「北東を、知っている」


「そう見えた。ただし、施設の入口は確認できなかったはずだ。

 施設の入口方向への視線を遮るように、自然な形で木材を配置するようガッツに依頼した」


「いつ頼んだんですか」


「二日前だ。何かあると思った」


 俺は少し止まった。


 バルドが、先回りしていた。


「……ありがとうございます」


「礼はいい。現場仕込みの習慣が移っただけだ」


──────────────────────────────────────


 夜、ミルヴァが分析をした。


「ベルン商会は、この領地の外観を確認しに来た。

 農地と水路は見た。施設は確認できなかった。

 次は、内部の人間から情報を取ろうとするかもしれない」


「内部の連絡役を使う」


「その前に、連絡役が誰かを特定したい。

 行商人が村を歩いている間、誰と目を合わせたか確認した」


「誰ですか」


「一人だけ、視線を交わした人間がいた」


 俺は少し止まった。


「誰ですか」


「難民の中の一人だ。名前は、ハンス。

 五十代の男。来てから一ヶ月になる。

 ほとんど目立たない動きをしている」


「ハンス」


「今すぐ動かなくていい。

 ただし、監視を始める」


「分かりました」


──────────────────────────────────────


 深夜、《可視化》でハンスの方向を見た。


 色が見えた。


 落ち着いていた。


 ――整えられた落ち着きだった。


 ただ、落ち着き方が、ドレンとは違った。


 意図的に、落ち着かせている色だ。


 訓練された落ち着き方だった。


 ――敵が動けば、姿が見える。

 姿が見えれば、読める。

 ただし、読み違えれば、現場が崩れる。

 慎重に、確実に。


 俺は判断を保留した。


 《可視化》は、嘘をつかない。


 ただし、色は全てを語らない。


 もう少し、見る。


 それが今の段取りだ。


 次の段取りを組んだ。


 ハンスの監視継続ミルヴァ。ベルン商会の次の動きを待つ。施設の入口周辺の偽装を強化ガッツ。民兵訓練の継続アーヴィン。柱の文字の解読継続サヤ


 外側が、動き始めた。


 ――そして、内側も、動いている。


 現場は、次の局面に入った。



 第29話 動いた 了

【次回】


 三日後、ハンスが村の外に出た。

 ミルヴァが後を追った。

「やはり、そうだった」

「間違いなく、繋がっている」


──────────────────────────────────────


【領地収支】


・所持金 :金貨70枚(変化なし)

・収入  :布三枚の売上(銀貨六枚・村の収入として計上)

・支出  :なし


※未回収:勲爵士給与 金貨12枚(手続き中)・報奨金 金貨100枚(王都より)


【発展進捗】


・防衛  :94%(施設入口周辺の偽装強化・門での記録体制を確立)

・食料  :50%(農地成長順調)

・水   :82%(変化なし)

・住居  :40%(変化なし)

・インフラ:32%(変化なし)


 今日の進捗:ベルン商会の偵察員が村に来訪・バルドが誘導し施設を隠蔽。内部連絡役の候補としてハンスを特定・監視開始。バルドが事前にガッツへ視線遮蔽の依頼をしていたことが判明・信頼の深化。門での記録体制を民兵が担当。

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