第28話 一人で来てください
現場には、全員で入る場所と、
一人で入らなければならない場所がある。
どちらが正しいかではない。
その場所が、そう求めているかどうかだ。
――求められた形で、入る。
サヤが来たのは、朝だった。
いつものように、林の縁からではなく、村の方から来た。
最近は、そうなっていた。
俺を見つけて、真っ直ぐ歩いてきた。
「第三層への準備が整いました」
「いつ入れますか」
「今日でも入れます。ただし、条件があります」
俺は少し止まった。
「何ですか」
「ヒコさん一人で、私と入ってください」
サヤは、そう言った。
理由は一つ。
――第三層は、複数人で入る場所ではない。
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全員を集めて、サヤの言葉を伝えた。
アーヴィンが眉を動かした。
「理由は」
「サヤさんに聞きます」
サヤが答えた。
「第三層の守護者は、第二層より格が上です。
私の管理者としての魔力で従わせられますが、確証がない。
万が一、従わなかった場合、複数人では対処が難しくなります」
「一人の方が、対処しやすいのか」
「一人の方が、撤退が速い。
複数人だと、全員を連れて戻ることに時間がかかります」
「ヒコが一人である理由は」
「《可視化》が必要だからです。
守護者の核の位置を見られる人間が、私の隣にいる必要があります」
アーヴィンは少し間を置いた。
「……ヒコさん、どう思いますか」
「行きます」
「即答か」
「サヤさんが言うなら、合理的な判断です」
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マユミが俺の腕を掴んだ。
廊下ではなく、外の端で、二人きりになってから言った。
「本当に一人で行くのか」
「サヤさんと二人ですが」
「そういう意味じゃない」
マユミの色が、俺には見えた。
心配している色だ。
怒りではない。
「大丈夫です」
「何かあったとき、助けに行けない」
「何かあれば、すぐ戻ります。
サヤさんが、撤退の判断を持っています」
「サヤを信用しているのか」
「しています」
マユミは少し間を置いた。
「……私は、まだ完全には信用していない」
「それでいいです。
信用は、時間で積み上げるものです。
マユミさんが今の判断を持っていることが、重要です」
「何かあったら、すぐ戻れ」
「戻ります」
マユミは腕を離した。
「……行ってこい」
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施設の入口に向かった。
サヤと二人で、縄梯子を下りた。
第一層を抜けた。
第二層に入った。
ストーンハウンドが二体、サヤの隣に来た。
今日は、第三層まで連れていくらしい。
「第三層の守護者は、何ですか」
「見てもらった方が早いです」
答えにならなかった。
サヤらしかった。
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第二層の奥に、下への階段があった。
第一層から第二層への階段より、急だった。
幅も狭い。
松明を持って、下りた。
空気が変わった。
重い。
肺に入るたびに、体の奥が拒否するような重さだった。
魔力の密度が、明らかに上がっていた。
《可視化》を向けると、壁の色が濃くなっていた。
三百年分の魔力が、染み込んでいる色だ。
「ここは、長い時間が積み重なっている」
「そうです。第三層は、施設の中で最も古い区画です。
設計者が最初に作った場所です」
「核も、ここに」
「核は、第三層の最奥です。
今日は、そこまでは行きません。
守護者の確認だけです」
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第三層に入った。
広かった。
第二層より、さらに天井が高い。
通路ではなく、広間だった。
石の柱が、等間隔に並んでいた。
柱に、文字が刻まれていた。
壁ではなく、柱に。
サヤが柱を見た。
「……初めて見ます」
「ここにも来たことがなかったんですか」
「第三層には、入れませんでした。
守護者が、弾いていた」
「今日は入れた」
「あなたが来たからかもしれません」
俺は少し止まった。
「どういう意味ですか」
「分かりません。ただ、今日は弾かれなかった」
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広間の奥に、気配があった。
《可視化》を向けた。
大きい。
第二層のストーンハウンドとは、比較にならない色だ。
ただ、攻撃的な色ではなかった。
待っている色だ。
サヤが前に出た。
第二層と同じように、施設の言語で何かを言った。
静かだった。
それから、奥が動いた。
石の音がした。
重い。
低い。
地面が、わずかに揺れた。
影が、柱の奥で揺れた。
音だけが先に来た。
それから、ようやく姿が現れた。
石でできた、人型だった。
高さは三メートルを超えている。
腕が太い。
足が太い。
顔の部分に、青い光が二つあった。
《可視化》で見ると、胸の中心に核がある。
ストーンハウンドと同じ構造だが、核がはるかに大きく、複雑だった。
「名前はありますか」
サヤが少し考えた。
「柱の文字に、名前が書いてあるかもしれません。
後で読みます」
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サヤが守護者に向かって、長く話しかけた。
俺には分からない言語だった。
守護者は動かなかった。
ただ、青い光が、サヤを見ていた。
それから、俺を見た。
――違う。
見られた。
《可視化》の色が、一瞬揺れた。
守護者が、俺を認識した感覚があった。
「サヤさん、今、俺を見ましたね」
「はい。あなたのスキルに、反応しています」
「《可視化》に」
「施設の管理には、この地を見通す力が必要です。
守護者は、その力を持つ者を識別できます」
「つまり、《可視化》が管理者の条件に近い」
「……そうかもしれません」
守護者が、低い音を出した。
言語ではなかった。
ただ、何かを伝えようとしている音だった。
それから、静かになった。
サヤが言った。
「従いました」
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帰り際、柱の文字をサヤが読んだ。
「守護者の名前は、ヴェルグです」
「ヴェルグ」
「『地を守る者』という意味です」
俺はヴェルグを見た。
三メートルを超える石の守護者が、静かに立っていた。
「よろしくお願いします」
ヴェルグは動かなかった。
ただ、青い光が、俺を見ていた。
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地上に戻った。
全員が、入口の周りにいた。
マユミが真っ先に来た。
「無事か」
「無事です」
「どうだった」
「第三層の守護者が、サヤさんの管理下に入りました。
名前はヴェルグです」
「名前があるのか」
「柱に刻んでありました」
アーヴィンが俺を見た。
「変わったことは」
「一つあります」
全員が聞いた。
「ヴェルグが、俺の《可視化》に反応しました。
施設の管理には、地を見通す力が必要らしい。
守護者は、そういう力を持つ者を識別できる仕組みになっているようです」
リアが少し考えた。
「《可視化》が、施設との親和性を持っている」
「そうかもしれません。まだ確証はないです」
「師匠も《可視化》のスキルを持つ者を追っていた組織に消された。
この施設と、繋がりがある可能性がある」
「同じことを考えていました」
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夜、サヤが帰る前に俺のところに来た。
「一つ、伝えたいことがあります」
「何ですか」
「ヴェルグが従ったのは、私だけが理由ではありません」
「どういう意味ですか」
「ヴェルグは三百年、ここで待っていました。
管理者が途絶えて、前任者が去って、それでもここで待っていた」
「何を待っていたんですか」
サヤは少し間を置いた。
「二人の管理者です。
壁の文字に書いてありました。
この施設は、本来、二人で管理するものです。
一人は地上を守る者。
もう一人は、地を見通す者」
俺は少し止まった。
「……俺が、その役割に近い」
「ヴェルグは、そう判断したようです」
「俺は、人間ですが」
「設計者が想定した管理者が、どういう存在だったかは分かりません。
ただ、ヴェルグは認めました。
それが、全てだと思います」
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サヤが林に戻った後、しばらく一人で空を見た。
星が出ていた。
星見の地、という名前の通りだった。
地上を守る者と、地を見通す者。
サヤと俺。
三百年前に設計された役割が、今、埋まりつつある。
偶然なのか。
必然なのか。
分からなかった。
ただ、現場では、考えすぎると動けなくなる。
役割があるなら、動く。
――その役割が、どこまでを求めているかは、まだ分からない。
――現場では、自分に何ができるかより、
今、何が必要かを先に考える。
必要なことをやれる人間が、現場では一番強い。
次の段取りを組んだ。
柱の文字の全文解読。核の状態の定期確認。ヴェルグの管理範囲の確認。施設と《可視化》の関係をリアと整理。民兵訓練の進捗確認。
地下が、味方になり始めている。
――ただし。
それが本当に“人間側の味方かどうか”は、まだ分からない。
第28話 一人で来てください 了
【次回】
柱の文字の解読が進んだ三日後。
ミルヴァが戻ってきた。
「ベルン商会が、動いた」
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【領地収支】
・所持金 :金貨70枚(変化なし・日当等の支払いを反映)
・収入 :なし
・支出 :なし
※未回収:勲爵士給与 金貨12枚(手続き中)・報奨金 金貨100枚(王都より)
【発展進捗】
・防衛 :94%(施設第三層の守護者ヴェルグが管理下に。地下防衛が一段強化)
・食料 :48%(変化なし)
・水 :82%(変化なし)
・住居 :40%(変化なし)
・インフラ:32%(変化なし)
今日の進捗:施設第三層に入り、守護者ヴェルグがサヤの管理下に入ることを確認。《可視化》がヴェルグに認識される。施設が本来二人の管理者を必要とする設計であることが判明。ヒコが「地を見通す者」の役割に近いことをサヤが示唆。




