第27話 現場の帳簿
現場は、動いている間は金を使う。
金が尽きれば、現場は止まる。
止まらないために、帳簿を見る。
――段取りは、金の段取りでもある。
水路の延伸工事が始まって二日目の朝だった。
コリンが施設の外部結界の実験結果を持ってきた。
「問題なく機能しています。
施設の魔力と、私の結界魔法の干渉もありませんでした」
「よかった。どのくらい持ちますか」
「二週間です。ただし、一つ気になることがあります」
「何ですか」
「結界を張った後、施設の内部から微弱な反応がありました。
悪意ある反応ではありません。
ただ、施設が結界を「見ている」感覚がありました」
「施設が、生きている」
「そういう表現が近いです。
サヤさんに確認してもらいたいのですが」
「伝えます」
コリンは少し間を置いた。
「もう一つ、報告があります」
「何ですか」
「結界を張りながら、師匠のことを考えていました。
リアから話を聞きました」
「そうですか」
「ベルン商会の前身が師匠の死に関わっているなら、結界の設計を変える必要があります。
相手が結界魔法を知っている可能性があるので」
俺はコリンを見た。
静かな顔だった。
怒りではなく、判断をしている顔だった。
「コリンさんは、大丈夫ですか」
「緊張します。ただし、やります」
それだけだった。
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その日の午後、ミルヴァが来た。
「ランデルに行ってくる」
「魔物の素材ですか」
「そうだ。あの夜の戦闘分から、換金できていない。
見込みで金貨十枚相当と言っていたが、改めて査定してもらう」
「お願いします」
「あと、ギルドからの給与の件も確認する。
固定給は登録ギルドから出る。
この地方のギルド経由で受け取れるはずだ」
「セリウスさんに手続きをしてもらっていれば」
「していると思う。ただし確認が必要だ」
「勲爵士の給与は」
「王都から使者が来るはずだ。
まだ来ていないなら、遅れているか、手続きが済んでいないか」
「王都に確認の手紙を出した方がいいですか」
「出しておいた方がいい。セリウスさんかドガンさん経由で、王都に繋いでもらえるか確認する」
「手紙を書きます」
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手紙を二通書いた。
一通はセリウス宛。
勲爵士の給与と報奨金の受取手続きについて、王都への確認を依頼する内容だ。
一通はドガン宛。
こちらの状況報告と、王都への伝手があれば使ってほしいという依頼だ。
封をして、ミルヴァに渡した。
「ランデルから手紙を出してもらえますか」
「出せる」
「お願いします」
ミルヴァは翌朝、出発した。
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三日後、ミルヴァが戻ってきた。
革袋を持っていた。
「換金してきた」
「いくらになりましたか」
「金貨十四枚だ。見込みより多かった。
大型グレイウルフの毛皮が、思ったより値がついた」
「よかった」
「あと、ギルドの給与も受け取ってきた」
革袋をもう一つ出した。
「冒険者Bランクの固定給、六名分。
金貨三十枚。一ヶ月分だ」
「ありがとうございます」
「ランデルのギルドに記録が届いていた。
セリウスさんが、きちんと手続きをしてくれていたらしい」
さすがだった。
抜かりがない。
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現在の収支を整理した。
広場の端に座って、紙に書き出した。
【収入】
・魔物素材換金 金貨14枚
・冒険者固定給(一ヶ月分) 金貨30枚
合計 金貨44枚
【支出済み】
・農業資材 金貨13枚
・堆肥 金貨 8枚
・ガッツへの工事代 金貨14枚
・材料費 金貨12枚
・井戸完成費用 金貨 4枚
合計 金貨51枚
【現在の所持金】
・出発時 金貨87枚
・収入 金貨44枚
・支出 金貨51枚
合計 金貨80枚
【未回収】
・勲爵士給与(一ヶ月分) 金貨12枚(手続き中)
・報奨金 金貨100枚(王都より後日)
思ったより、残っていた。
ガッツの工事代と材料費が大きかったが、農地と水路という形に変わっている。
使った金は、現場に残っている。
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ガッツに声をかけた。
「給与の確認をさせてください」
「何だ」
「ガッツさんと弟子お二人の報酬です。
水路工事の残金は支払い済みですが、これからの建設総責任者としての月給を決めていませんでした」
ガッツは少し考えた。
「アーゼルタウンでの月給と、同じでいい」
「いくらですか」
「金貨三枚だ。弟子は一枚ずつ」
「分かりました。月金貨五枚、三名分でお願いします」
「……弟子の分まで持つのか」
「弟子の方も、この現場で動いてもらっています。
当然です」
ガッツは少し黙った。
「……そうか」
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バルドが来た。
「村人への配分は、どうする」
「配分ですか」
「農地の整備や訓練に参加している村人は、今は手弁当でやっている。
このままでいいのか」
俺は少し考えた。
そうだった。
ゾルド、リク、カイン、エルナ。
民兵訓練に参加している若者たち。
農地で働いている村人たち。
全員、無報酬で動いていた。
「今月から、配分を始めます。
農地作業と訓練参加に、日当を出します」
「金額は」
「銀貨三枚を日当の基準にします。
エルナさんとゾルドさんには、責任者として銀貨五枚」
「払えるのか」
「今月は払えます。農地が収穫を始めれば、安定します」
バルドは少し間を置いた。
「……金で、縛るつもりか」
「縛るつもりはないです。
動いてくれた人間に、対価を払うのは当然です。
対価がなければ、続かない。続かなければ、現場が止まる」
バルドは少し考えた。
「……分かった。俺から伝える」
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翌日、バルドが村人に日当の話を伝えた。
広場で、簡単な説明をした。
村人たちが、少し顔を見合わせた。
エルナが俺のところに来た。
「銀貨五枚、もらっていいんですか」
「エルナさんは農地責任者です。当然です」
「……農業でお金をもらったことが、あまりなくて」
「これから、普通になります」
エルナは少し間を置いた。
「子供の靴を、買い直したかったんです。
もう小さくなっていて」
「買ってあげてください」
エルナは短く頷いた。
それだけだったが、目が少し赤くなっていた。
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ゾルドが俺のところに来た。
「日当の話、聞いた」
「はい」
「俺は、難民でも村人でもない。
中途半端な立場だ。もらっていいのか」
「動いてくれた人間全員に出します。
立場は関係ないです」
ゾルドは少し黙った。
「……カインも、同じか」
「同じです」
「そうか」
ゾルドは少し間を置いた。
「ガッツに声をかけられた。
石工の仕事を、もう少し教えるから手伝えと言われた」
「どうするつもりですか」
「農地は、エルナと若い連中で回る。
俺がいなくても、動く。
だから、石工の方に移ろうと思う」
「ガッツさんの下で、建設班に入りますか」
「そういうことだ。問題あるか」
「全く。むしろありがたいです」
ゾルドは短く頷いた。
「……この村に来て、初めて、やりたいことが増えた」
それだけ言って、離れた。
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夜、帳簿をもう一度見た。
数字が、少し変わっていた。
【今後の月次固定支出】
・冒険者固定給(6名) 金貨30枚
・ガッツ他建設班(3名) 金貨 5枚
・村人日当(概算) 金貨 5枚
合計 金貨40枚
【月次固定収入】
・冒険者固定給 金貨30枚
・勲爵士給与 金貨12枚
合計 金貨42枚
収入が支出をわずかに上回っている。
農地の収穫が始まれば、売れる分が出てくる。
魔物の素材も、定期的に換金できる。
今のところ、回っている。
ただし、余裕はない。
石材の調達が本格化すれば、支出が増える。
報奨金が届けば、その分を建設費に充てる。
現場の帳簿は、常に動いている。
止まれば、現場が止まる。
――金の段取りも、現場の段取りだ。
使う順番を決めて、入る順番を読んで、つなぎ目を作る。
帳簿が回る限り、現場は止まらない。
次の段取りを組んだ。
勲爵士給与と報奨金の受取手続きを継続確認。魔物素材は月次で換金する仕組みを作る(ミルヴァに依頼)。石材の調達見積もりをガッツと確認。農地収穫後の売却先を今から考えておく。
現場の帳簿が、初めて形になった。
第27話 現場の帳簿 了
【次回】
サヤが施設の第三層への準備が整ったと言いに来た。
「一つ、条件があります。
ヒコさん一人で、私と入ってください」
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【領地収支】
・所持金 :金貨80枚(+44枚)
・収入 :魔物素材換金 金貨14枚・冒険者固定給 金貨30枚
・支出 :村人日当(今月分概算) 金貨5枚・ガッツ他月給 金貨5枚
※未回収:勲爵士給与 金貨12枚(手続き中)・報奨金 金貨100枚(王都より)
【発展進捗】
・防衛 :93%(変化なし)
・食料 :48%(農地成長順調・東区画整備で一・五倍の面積確保目前)
・水 :82%(北西井戸から農地への水路延伸工事中)
・住居 :40%(変化なし)
・インフラ:32%(水路延伸工事中・石材調達見積もり開始)
今日の進捗:魔物素材を換金(金貨14枚)。冒険者固定給を受取(金貨30枚)。村人・建設班への日当制度を導入。ゾルドが建設班に異動。勲爵士給与・報奨金の受取手続きを開始。財政の月次収支がほぼ均衡。コリンの結界実験が成功・施設が結界を認識している可能性あり。




