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 第26話 出た

 現場では、予想通りにいくことより、

 予想外にうまくいくことの方が、記憶に残る。

 それは、段取りが正しかった証拠になる。


 ――正しく掘れば、水は出る。

 井戸の掘削が始まって四日目だった。


 朝から、ガッツと弟子二人が北西エリアで作業していた。


 俺は農地の確認をしていた。


 エルナと南区画の畝の状態を見ていたとき、ガッツの声が聞こえた。


「おい。出た」


 声が、大きかった。


 ガッツが大きな声を出すのは、初めて聞いた。


 俺は農地を離れた。


──────────────────────────────────────


 北西エリアに着いた。


 掘削口の周りに、ガッツと弟子二人が立っていた。


 穴の底から、音が聞こえた。


 水の音だ。


 ガッツが俺を見た。


「十三メートルで出た。予定より浅かった」


「岩盤は」


「南にずらした効果が出た。スムーズに通過した」


「水量は」


「まだ正確には測れていないが、今の井戸と同じくらいは出る」


 俺は穴を覗いた。


 暗い底に、水面が見えた。


 《可視化》を向けた。


 水の色が、ゆっくりと動いていた。


 生きている水だ。


「よかった」


「よかった、じゃない。

 早かったんだ。四日だ」


「ガッツさんの段取りが良かったです」


「あんたが場所を当てたんだ」


 お互い、相手の手柄にしようとした。


 弟子の一人が、小さく笑った。


──────────────────────────────────────


 バルドに伝えに行った。


「北西の井戸、水が出ました」


「……本当か」


 バルドは外を見た。


「四十年以上、枯れていたやつが」


「地下水脈は生きていました。

 掘る場所が正しければ、出るものです」


 バルドはしばらく黙っていた。


「村人に言っていいか」


「どうぞ」


 バルドは広場の方へ歩いていった。


 足取りが、いつもより速かった。


──────────────────────────────────────


 昼前に、村人が北西エリアに集まってきた。


 エルナ、ゾルド、リク、カイン。

 難民の子供たち。

 年配の村人も来た。


 全員が、穴を覗いた。


 水の音を聞いた。


 誰も大きな声を出さなかった。


 ただ、それぞれが少し長く、穴を見ていた。


 サナ婆が来た。


 七十五歳。

 村の古老だ。

 一度も話したことがなかった。


 サナ婆は穴の前に立った。


 杖をついて、しばらく動かなかった。


 誰も返事をしなかった。


──────────────────────────────────────


 ガッツが井戸の石組みを始めた。


 穴の縁を、石で固める作業だ。


 弟子二人が材料を運んだ。


 ゾルドが近づいた。


「手伝っていいか」


 ガッツは少し見た。


「石組みをやったことがあるか」


「水路の掘り出しで、少し見ていた」


「見ていただけか」


「触らせてもらった」


「どこを触った」


「継ぎ目の目地を、一箇所入れた」


 ガッツは少し間を置いた。


「やれ。ただし、俺が見ている間だけだ。

 一人でやるな」


「分かった」


 ゾルドがガッツの隣に入った。


 弟子たちが少し場所を空けた。


──────────────────────────────────────


 夕方、井戸の石組みが半分終わった。


 ガッツが俺のところに来た。


「明日の午前中には完成する」


「早い」


「ゾルドが使えた。

 見ているだけとは言っていたが、手が分かっていた」


「ゾルドさんは、以前に似た仕事をしていたかもしれません」


「どこで」


「別の土地で、と言っていました。

 詳しくは聞いていません」


 ガッツは少し考えた。


「石工の仕事じゃないかもしれないが、土木は知っている。

 そういう人間だ」


「そうですね」


「使える。農地だけに置いておくのは、もったいない」


「本人の意思次第です」


「俺から話してみる」


「お願いします」


──────────────────────────────────────


 翌朝、井戸が完成した。


 石組みの縁が、地面より三十センチほど高くなった。


 木の蓋をつけた。


 滑車と縄もつけた。


 ガッツが縄を下ろした。


 桶が水面に当たる音がした。


 引き上げた。


 桶の中に、水があった。


 透明だった。


 ガッツが桶を持って、俺に渡した。


「飲んでみろ」


 一口飲んだ。


 冷たかった。


 きれいな水だった。


「美味しいです」


「当たり前だ。四十年、地面の中で寝ていた水だ。

 澄んでいる」


──────────────────────────────────────


 エルナが来た。


 桶の水を見た。


「農地に引けますか」


「水路を延伸すれば引けます。

 ガッツさんに相談します」


「どのくらいかかりますか」


「一週間ほどだと思います」


 エルナは少し考えた。


「水が二本になれば、東区画まで広げられます。

 今の農地の、一・五倍になります」


「それだけあれば」


「冬の備蓄まで、届きます」


 エルナは桶を見た。


「……今年の冬は、餓えません」


 静かな声だった。


 それだけだった。


 それで、十分だった。


──────────────────────────────────────


 午後、ミルヴァが戻ってきた。


 三日ぶりだった。


「ベルン商会の設立時期が分かった」


「いつですか」


「七年前だ」


 俺は少し止まった。


 リアの師匠が死んだのは、七年前だ。


「リアさんに伝えます」


「その前に、もう一つある」


「何ですか」


「ベルン商会の前身がある。

 七年前に商会として設立される前、別の形で動いていた」


「別の形とは」


「名前のない情報組織だ。

 十年以上前から、この地方で動いている」


「十年前」


「サヤがこの地に来た時期と、重なる」


 俺は少し考えた。


 点が、また繋がった。


「サヤがこの地に来た理由と、繋がっているかもしれない」


「可能性がある。ただし、まだ確証はない」


「引き続き、調べてください」


「了解した」


──────────────────────────────────────


 夜、リアを呼んだ。


「ベルン商会の設立が、七年前と分かりました」


 リアは少し止まった。


「師匠が死んだ年と、同じです」


「はい」


「繋がっています」


「可能性が高いです。ただし、まだ証拠がありません」


 リアは少し間を置いた。


「前身の組織が、十年以上前から動いていたとすれば。

 師匠は、その組織と接触していたかもしれません」


「接触、か」


「師匠は、ベルン商会に近づくなと言いました。

 知っていたから、言った。

 知ったから、消された可能性がある」


 リアの声は、静かだった。


 感情を抑えている声だった。


「確かめます。時間がかかりますが、確かめます」


「はい」


「コリンには」


「話していません。リアさんが決めてください」


 リアは少し考えた。


「話します。一人で抱えることではないので」


 施設の壁の文字を思い出した。


 「一人で抱えるな」


「そうですね」


──────────────────────────────────────


 深夜、井戸の方から音がした。


 水の音だ。


 風で桶が揺れているだけだった。


 俺は《可視化》で北西エリアを見た。


 地下の水脈の色が、見えた。


 安定していた。


 動き続けていた。


 四十年間、誰にも使われずに、ただ流れ続けていた水だ。


 エルナが言っていた。


 今年の冬は、餓えない。


 水が二本になった。

 農地が広がる。

 冬の備蓄が届く。


 一本の井戸から、全部が繋がっていた。


 ――現場では、一つの問題を解決すると、次の問題が見えるようになる。

 次の問題が見えることは、前進している証拠だ。

 見えなければ、動けない。

 見えるから、動ける。


 次の段取りを組んだ。


 水路の延伸(北西の井戸から農地へ)。東区画の農地整備開始。ベルン商会の前身組織の調査継続ミルヴァ。リアの師匠の件、コリンに共有。施設第三層の調査準備。


 現場は、また一歩、前に進んだ。


 第26話 出た 了

【次回】


 水路の延伸工事が始まって二日目の朝。

 コリンが、施設の外部結界の実験結果を持ってきた。

 「問題なく機能しています。ただし、一つ気になることがあります」


──────────────────────────────────────


【領地収支】


・所持金 :金貨32枚(-4枚)

・収入  :なし

・支出  :井戸完成費用(石材・金具・滑車) 金貨4枚


※報奨金 金貨100枚(王都より後日支払い予定)


【発展進捗】


・防衛  :93%(変化なし)

・食料  :46%(農地の芽が成長中・東区画整備開始で一・五倍の面積確保予定)

・水   :80%(北西の井戸完成・通水確認。農地への水路延伸工事開始予定)

・住居  :40%(変化なし)

・インフラ:30%(井戸完成・水路延伸工事計画確定)


 今日の進捗:北西の井戸完成・通水確認。農地への水路延伸計画確定。ベルン商会の設立が七年前と判明・前身組織が十年以上前から活動していたことが判明。リアの師匠の死との繋がりが濃くなる。ゾルドが石工の仕事に適性を見せ、ガッツが注目。

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