第25話 古い記録
現場には、前の現場が必ず残っている。
記録が残っていれば読む。
記録がなくても、地面が覚えている。
――過去を掘れば、現在が速くなる。
ガッツと設計の打ち合わせをした翌朝だった。
バルドが地図を持ってきた。
古い紙だった。
端が茶色く変色している。
折り目が何度もついていた。
「村の古い記録が出てきた」
「どこから」
「集会所の床下だ。昨夜、補修で板を外したら出てきた。
誰かが意図的に隠していたのかもしれない」
受け取った。
広げた。
手描きの地図だった。
この領地の輪郭が描かれている。
現在の地図と見比べた。
似ているが、細部が違う。
そして、現在の地図にはない印が一つあった。
北西の方角。
外堀の外側。
「旧水源」と書いてあった。
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「もう一つ、井戸があったんですか」
「記録によれば、四十年以上前にあったらしい。
俺が子供の頃には、もう使われていなかった」
「なぜ使われなくなったんですか」
「水が出なくなったと聞いた。
ただ、詳しいことは分からない」
俺は地図を見た。
北西。
外堀の外側、三十メートルほど先。
「サヤさんに聞いてみます。
地脈を知っているなら、水源のことも分かるかもしれない」
「そうしてくれ」
バルドは少し間を置いた。
「もう一つ、この記録に書いてある」
「何ですか」
「四十年前の村の人口だ。
三百八十人いた」
俺は少し止まった。
「今の二倍以上ですね」
「そうだ。水が出なくなって、農地が減って、魔物が増えた。
少しずつ、減っていった」
バルドは地図を見た。
「水が戻って、農地が戻れば。
また増えるかもしれない」
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サヤに地図を見せた。
サヤは印を見て、少し考えた。
「北西の水源、知っています」
「知っていたんですか」
「地脈の流れを把握しているので。
ただし、今も水が出るかどうかは分かりません」
「なぜ水が出なくなったんですか」
「四十年前、この地の地脈が一度乱れました。
魔力の流れが変わり、地下水の流れも変わった」
「意図的な乱れですか」
サヤは少し間を置いた。
「……分かりません。自然の変動の可能性もあります。
ただ、施設の記録を読んだ後では、意図的だった可能性もあります」
「施設の管理が途絶えた時期と重なりますか」
「重なります」
俺は少し考えた。
施設の管理者がいなくなる。
地脈が乱れる。
水源が枯れる。
村が縮小する。
全部が、繋がっている。
「今、地脈の状態はどうですか」
「核が安定しているので、流れは正常です。
ただし、地下水が戻るかどうかは別の話です」
「掘る価値はありますか」
「あります。ただし、場所を間違えれば無駄になります」
「《可視化》で地下水を見ます」
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北西エリアに移動した。
外堀の外側だった。
ミルヴァが周囲の警戒をする。
俺は地面に《可視化》を向けた。
地下を見る。
深い。
土の層が続いている。
さらに下。
あった。
水の色。
暗いが、動いている。
「見えます。地下に水があります」
「深さは」
「十五メートルほどです」
「井戸を掘れば届くか」
「届きます」
サヤが地面に手を当てた。
「……北西の地下水脈は生きています。
細くはなっていますが、水は流れている」
「掘れば出る」
「出ます」
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ガッツに話した。
「北西に井戸を掘ります。
地下十五メートルに水脈があります」
ガッツは少し考えた。
「深いな。掘れないことはないが、時間がかかる」
「どのくらいですか」
「二週間。ただし岩盤に当たれば延びる」
「回避できますか」
「位置が分かればな」
《可視化》で再確認した。
「八メートルあたりに硬い層があります。
ただし南に二メートルずれると薄い」
「ずらせば避けられるか」
「可能性は高いです」
ガッツは地面を見た。
「……面白い現場だ」
「よく言われます」
「スキルの話だ」
「失礼しました」
「謝るな。事実だ」
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その日の夕方、全員に報告した。
「北西に追加の井戸を掘ります。
水源が一つから二つになれば、農地の拡張と、有事の備蓄に使えます」
「外堀の外になるが」
アーヴィンが言った。
「井戸の周囲に、小さな柵を作ります。
有事の際は使えなくなりますが、平時の水量が倍になります」
「外堀の内側に引けないか」
「地下水脈の位置が、外堀の外なんです。
無理に内側に引こうとすれば、水量が落ちます」
「……分かった」
「ミルヴァさんには、その周辺の警戒を強化してもらいます」
「了解した」
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夜、バルドが古い記録をもう一度持ってきた。
「もう少し、読んでみた」
「何かありましたか」
「四十年前の村長の日記が混じっていた。
断片的だが、面白いことが書いてあった」
バルドが紙を開いた。
「『今年の春、南の林に見慣れない者が現れた。
人ではないかもしれない。ただし、害意はない。
村には近づかないが、時々こちらを見ている』」
俺は少し止まった。
「四十年前にも、サヤさんがいた」
「そうなるな」
「四十年前から、この地にいたんですか」
バルドは首を振った。
「十年前から、と言っていた。
四十年前にいた者と、同じ存在かどうかは分からない」
「サヤさんに聞いてみます」
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サヤに日記の内容を伝えた。
サヤは少し間を置いた。
「四十年前に、この地にいた者がいたとすれば。
私の前任者です」
「同じ種族の」
「おそらく。私たちは、役割を引き継ぎます。
前任者が去った後、この地が十年以上、管理者なしになっていた。
それが、地脈の乱れと水源の枯渇に繋がったかもしれません」
「前任者は、なぜ去ったんですか」
サヤは少し間を置いた。
「……分かりません。
ただ、この地の状態を見れば、急に去ったことは分かります。
引き継ぎがなかったので」
「急に去らなければならない理由があった」
「可能性があります」
俺は少し考えた。
「四十年前に、何かが起きた」
「施設の記録に、四十年前の記述があるかもしれません。
第三層以降を調査すれば、分かるかもしれない」
「引き続き、調査を進めます」
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集会所に戻る途中、バルドが並んで歩いた。
「四十年前のことを、少し覚えている」
「何ですか」
「その頃、俺は子供だった。
村に、旅の人間が来た。
商人でも冒険者でもない。
何かを調べていた」
「この地を調べていた」
「そうだと思う。今から考えれば」
「何日いましたか」
「三日か四日だ。
それから、急に去った。
村長が、顔色を変えていたのを覚えている」
俺は少し考えた。
「バルドさんが子供の頃。
四十年前に、旅の調査者が来て、急に去った。
その年に、水源が枯れた」
「……繋がっているかもしれないな」
「分かりません。ただ、記録しておきます」
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夜、ガッツと設計の続きをした。
現在の土塁の位置を確認した。
全周の外堀の深さと幅を測った。
石壁に置き換えた場合の必要石材量を計算した。
「全周を石壁にするには、相当な量が必要だ」
「鉱山が見つかれば、採掘できます」
「鉱山は」
「この地の地下に、可能性があります。
施設の調査が進めば、分かるかもしれない」
「つまり、今は分からない」
「はい。ただし、当面は土塁で十分です。
石壁は、段階的に作っていきます」
「段階的に、か」
「まず、重要な区画から。
正門側と、北東エリアを優先したい」
「北東は、施設の入口があるからか」
「そうです」
ガッツは図面に書き込んだ。
「分かった。明日から、石の調達ルートを確認する。
近隣の採石場を把握しておく」
「お願いします」
ガッツは少し間を置いた。
「ヒコ」
「はい」
「この領地、どこまで作るつもりだ」
俺は少し考えた。
「落ちない領地です」
「落ちない、か」
「攻めても取れない。
攻める気にもならない。
そういう構造にします」
ガッツは図面を見た。
「……やりがいのある現場だ」
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――過去が、また一つ浮き上がった。
四十年前の前任管理者。
枯れた水源。
急に去った調査者。
三百年前の施設。
十年前に来たサヤ。
十五年前に水路を埋めた領主。
この地には、積み重なった歴史がある。
全部を解明する必要はない。
ただ、知れば知るほど、守る理由が増える。
――現場を知ることは、現場を好きになることだ。
好きになれば、守りたくなる。
守りたくなれば、段取りが変わる。
次の段取りを組んだ。
北西の井戸掘削開始。施設第三層の調査準備。四十年前の調査者の聞き取り継続。石材調達ルートの確認。民兵訓練の継続。
現場の過去と現在が、少しずつ繋がってきた。
第25話 古い記録 了
【次回】
井戸の掘削が始まって四日目。
ガッツが地面から上がってきた。
「おい。出た」
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【領地収支】
・所持金 :金貨36枚(変化なし)
・収入 :なし
・支出 :なし(井戸掘削費用は今後発生予定)
※報奨金 金貨100枚(王都より後日支払い予定)
【発展進捗】
・防衛 :93%(変化なし)
・食料 :44%(農地の芽が順調・南区画の整備が六割完了)
・水 :73%(北西に追加水源の存在確認・掘削準備中)
・住居 :40%(変化なし)
・インフラ:26%(追加井戸の掘削計画確定・石材調達ルートの確認開始)
今日の進捗:バルドが古い村の記録を発見。北西に追加水源の存在を確認・掘削計画確定。四十年前の前任管理者と急に去った調査者の存在が判明。施設の歴史と領地の歴史が繋がり始める。ガッツと石壁設計の打ち合わせ開始。




