第23話 守る側に立つ
戦える人間を増やすことと、戦わせることは、違う。
戦える人間が増えれば、戦わなくて済む場面が増える。
それが、訓練の目的だ。
――備えは、使わないために作る。
北側の土塁が完成した日の夕方だった。
アーヴィンが俺のところに来た。
「一つ、提案がある」
「どうぞ」
「民兵の訓練をしたい」
俺は少し考えた。
「時期的に、そうですね」
「外堀も土塁も出来上がった。
次に必要なのは、それを使える人間だ。
今のままでは、俺たちが抜ければ守れなくなる」
「そうです」
「俺に任せてもらえるか」
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バルドに話を通した。
「アーヴィンさんが、村人に基礎的な訓練をしたいと言っています」
バルドは少し間を置いた。
「戦わせるのか」
「戦えるようにする、です。
堀への石落とし、ゾルドさんとリクは上手くやりました。
あれを全員ができるようになれば、防衛力が変わります」
「剣を持たせるのか」
「槍と、盾です。剣は後です。
まず、守ることを覚えてもらいます」
バルドは腕を組んだ。
「……何人、動ける」
「十五から二十歳の男で、動ける人間を洗い出してもらえますか。
強制ではないです。やりたい人間だけ」
「やりたい人間だけで、何人集まると思う」
「リクがいます。リクが動けば、周りも動くと思います」
バルドは少し黙った。
「……分かった。声をかけてみる」
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翌朝、広場に八人が集まった。
リク、村人の若者五人、難民の男一人。
アーヴィンが全員の前に立った。
背が高い。
無口だ。
圧がある。
若者たちが、少し緊張した。
アーヴィンは全員を一度見回した。
「名前を言え。一人ずつ」
全員が名前を言った。
アーヴィンは全員の名前を、一度聞いて覚えた。
「今日から、週に三日、朝に集まれ。
一時間だ。それ以上はやらない」
「何をするんですか」
リクが聞いた。
「最初の一週間は走る。それだけだ」
「走るだけ?」
「走れない人間は、守れない。
逃げることも、助けに行くことも、走れなければできない」
リクは少し間を置いた。
「……分かりました」
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初日の訓練を、俺は遠くから見ていた。
アーヴィンが先頭を走った。
八人がその後を追った。
速くはなかった。
バラバラだった。
ただ、全員が走り続けた。
一時間後、全員が戻ってきた。
息を切らしていた。
アーヴィンが全員を見た。
「明後日も来い」
それだけで、解散した。
リクが俺の横に来た。
「キツいですね」
「そうですか」
「アーヴィンさん、鬼だ」
「本人はそう思っていないと思います」
「笑いもしないし、褒めもしない」
「結果が出れば、変わるかもしれません」
リクは少し考えた。
「……続けます」
「よかった」
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三日後の訓練から、内容が変わった。
走った後、槍の持ち方を教え始めた。
槍は、ガッツに頼んで五本作ってもらっていた。
木製の、先が鈍い練習用だ。
アーヴィンが構えを見せた。
「槍は、剣より覚えることが少ない。
突く。それだけだ」
「それだけでいいんですか」
「魔物に対して、複雑なことをする必要はない。
間合いを保って、突く。
堀の上から突き落とす。
それだけで、十分役に立つ」
アーヴィンが構えを見せた。
無駄がなかった。
八人が真似した。
バラバラだった。
アーヴィンは一人一人の前に立って、腕の位置を直した。
無言で。
ただ、手で直した。
全員を一周した。
「もう一度」
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一週間後、マユミが訓練を見に来た。
「上手くなってきたな」
アーヴィンが言った。
「リクが、早い」
「剣の才能か?」
「槍の才能だ。間合いの感覚が、もともと良い」
マユミはリクを見た。
「リク、明日から私も混じっていいか」
リクが振り返った。
「マユミさんが?」
「アーヴィンに習うより、私に習った方が実戦向きだ」
「それは、どういう意味だ」
アーヴィンが言った。
「あんたの動きは綺麗すぎる。教えるには向いていない」
「……そうか」
「私の動きは泥臭い。その方が、現場では使いやすい」
アーヴィンは少し間を置いた。
「好きにしろ」
マユミは若者たちを見た。
「明日から、二手に分ける。
アーヴィンと俺で、別々に見る。
二種類の動きを覚えた方が、いざというとき使える」
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訓練が始まって十日後、ゾルドが俺のところに来た。
「一つ、聞いていいか」
「どうぞ」
「俺も、訓練に入っていいか」
俺は少し驚いた。
「ゾルドさんが、ですか」
「農地の仕事は、エルナと若い連中で回せるようになった。
俺がいなくても、動く」
「それは良かったです」
「だから、別のことをやりたい」
ゾルドは少し間を置いた。
「石落としをやったとき、初めて守る側に立った気がした。
もっと、ちゃんとできるようになりたい」
俺はゾルドを見た。
色が、変わっていた。
第一話で見たときのくすんだ赤橙ではなかった。
落ち着いた、芯のある色だった。
「アーヴィンさんに話してみてください。
断る理由は、ないと思います」
「……そうか」
ゾルドは短く頷いた。
「あと、一つ」
「何ですか」
「カインにも、声をかけた。
あいつも、来るかもしれない」
「ありがとうございます」
「礼はいい。俺が誘いたかっただけだ」
最初に会ったときのゾルドは、諦めた目をしていた。
今は違う。
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その夜、アーヴィンが俺のところに来た。
珍しく、自分から来た。
「ゾルドが来た」
「聞きました」
「カインも来た」
「よかった」
アーヴィンは少し間を置いた。
「リクは、本物だ」
「槍の才能ですか」
「才能より、覚悟だ。
負けると分かっていても、止まらない。
そういう人間は、訓練で伸びる」
「アーヴィンさんが褒めるのは、珍しいですね」
「褒めていない。事実を言っている」
「そうですか」
アーヴィンは少し黙った。
「ヒコ」
「はい」
「この訓練、続ければ本物の守り手になれる人間がいる。
時間をくれ」
「急ぎません」
「一ヶ月あれば、形になる」
「任せます」
アーヴィンは短く頷いた。
それで終わった。
アーヴィンが自分から「時間をくれ」と言ったのは、初めてだった。
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ガッツが訓練を遠くから見ていた。
俺が近づくと、腕を組んだまま言った。
「建設現場でも、同じことをやる」
「何をですか」
「新しい人間に、基礎から教える。
最初は走らせる。体を作ってから、仕事を覚えさせる」
「同じですね」
「守ることも、作ることも、体が資本だ。
頭だけじゃ、現場は動かない」
俺は少し笑った。
「ガッツさん、水路の工事が終わったら、どうするつもりですか」
「アーゼルタウンに戻る」
「もし、こちらに残る気になったら、声をかけてください」
ガッツは少し間を置いた。
「どういう意味だ」
「この領地には、作るものがまだたくさんあります。
領主館、兵舎、工房。
ガッツさんがいれば、早い」
「……仕事の話か」
「仕事の話です」
ガッツはしばらく黙っていた。
「考える。……悪くない話だ」
それで終わった。
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夜、《可視化》で領地全体を見渡した。
訓練中の若者たちの色が、変わってきていた。
最初の日より、芯が出てきている。
迷いが減って、意思が増している色だ。
ゾルドの色も、変わり続けている。
カインの色は、入ってきた頃の複雑さが薄れて、落ち着いてきた。
エルナの農地には、緑の芽が出始めていた。
《可視化》でも、小さな命の色が増えていた。
水路から水が流れる音が、遠くで聞こえた。
――守る側に立つとは、戦う覚悟ではない。
――「ここを失わない」と決める覚悟だ。
そう思った人間が増えれば、現場は強くなる。
次の段取りを組んだ。
民兵訓練の継続(アーヴィン・マユミに一任)。施設第二層の調査開始。ベルン商会の調査継続。農地の芽の成長管理。ガッツへの残留打診。
現場の人間が、増えてきた。
第23話 守る側に立つ 了
【次回】
施設の第二層に入った。
奥に進むにつれ、魔物の気配が濃くなった。
そして、壁に新しい文字があった。
「この先、管理者以外は立ち入るな」
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【領地収支】
・所持金 :金貨44枚(変化なし)
・収入 :なし
・支出 :なし(槍の材料費はガッツの工事代金に含める予定)
※報奨金 金貨100枚(王都より後日支払い予定)
【発展進捗】
・防衛 :92%(北側土塁完成・民兵訓練開始・参加者10名)
・食料 :40%(農地に発芽確認・南区画整備継続)
・水 :70%(変化なし)
・住居 :40%(変化なし)
・インフラ:20%(変化なし)
今日の進捗:民兵訓練開始。アーヴィン・マユミが指導を分担。ゾルド・カインが参加。リクに槍の才能が判明。アーヴィンが「一ヶ月で形にする」と明言。ガッツへの残留打診。農地に最初の発芽を確認。




