第22話 観察者の名前
情報には、二種類ある。
動ける情報と、動けない情報だ。
名前が分かっても、動けなければ意味がない。
名前が分かれば、動ける場合がある。
名前は、最初の武器になる。
――まず、名前を知る。
第一層の地図を作り終えたのは、三日後だった。
石の通路の配置。
壁の文字の位置。
魔物の気配がある区画。
抑制結界の場所。
全部を書き出した。
紙の上に、初めて施設の輪郭が現れた。
サヤが隣で見ていた。
「正確です」
「《可視化》で色を見ながら描きました。
壁の向こうの構造も、ある程度は見えます」
「第二層は、第一層より広いです」
「いつ頃、入れますか」
「魔物の配置を確認してから。
一週間、待ってください」
「分かりました」
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その日の夕方、ミルヴァが戻ってきた。
三日ぶりだった。
馬を繋いで、俺のところに来た。
「観察者の正体が、分かった」
俺は地図を置いた。
「誰ですか」
「一人ではない。組織だ」
ミルヴァは腰を下ろした。
「北の町のランデルに、商会がある。
表向きは物資の仲介業。
ただし、裏で情報を売り買いしている」
「情報屋の組織ですか」
「そうだ。ただし、純粋な情報屋ではない。
特定の貴族に情報を売ることを、主な仕事にしている」
俺は少し考えた。
「特定の貴族、というのは」
「まだ名前までは掴めていない。
ただし、方向は分かった」
ミルヴァは少し間を置いた。
「王都方面だ」
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全員を集めた。
「観察者の正体が、ある程度分かりました。
ランデルを拠点にする情報組織です。
王都方面の貴族に情報を流している」
アーヴィンが短く言った。
「貴族が、この領地を見ている」
「可能性が高いです」
「目的は」
「まだ分かりません。
ただし、魔族の動きと時期が重なっています。
三年前から、両方が活発になっている」
「魔族と貴族が、繋がっているのか」
マユミが言った。
「繋がっているかどうかは、今は分かりません。
同じ目的で動いているのか、別々の目的で動いているのかも」
ミルヴァが続けた。
「ただし、一つ確かなことがある。
この領地の価値を、複数の勢力が知っている」
「地脈の管理施設のことを、知っている可能性がある」
「あるいは、知らなくても、この地の魔力濃度の異常さには気づいている。
それだけで、動く理由になる」
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コリンが手を挙げた。
「ランデルの商会について、もう少し教えてもらえますか。
どのくらいの規模ですか」
「中規模だ。構成員は十人から十五人程度。
ただし、外に協力者を持っている。
目印を付けていた人間は、外部の協力者だ」
「商会の名前は」
「ベルン商会」
リアが少し反応した。
「……聞いたことがある名前です」
全員がリアを見た。
「……聞いたことがある名前です。
師匠から、一度だけ聞きました。
『関わるな』じゃない。
『近づくな』です」
静かになった。
「師匠が、なぜそう言ったか、理由は聞きましたか」
「聞きませんでした。
その頃は、まだ師匠の言葉を疑う習慣がなかったので」
リアの声は静かだった。
ただ、目が違った。
「師匠の死因欄は空白でした。
書けなかったんだと思います。
ベルン商会と、繋がっているかもしれません」
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ミルヴァが俺を見た。
「動くか」
「今は動かないです」
「理由は」
「証拠がない。動けば、向こうが警戒します。
今は観察している段階だ。
こちらも、同じ段階でいい」
「観察を続ける」
「はい。ただし、監視の密度を上げてください。
何かアクションがあれば、すぐに教えてもらいたい」
「了解した」
ミルヴァは頷いた。
「もう一つ、確認する」
「何ですか」
「ベルン商会の構成員の中に、この村に出入りしている人間がいる可能性がある。
難民や旅人を装って、既に入り込んでいるかもしれない」
俺は少し止まった。
「カイン、ですか」
「名指しはしない。ただ、可能性は排除できない」
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その夜、カインと話した。
広場の端で、二人きりだった。
「カインさん、少し聞かせてもらえますか」
「……何ですか」
「ランデルの町を知っていますか」
カインは少し間を置いた。
「通ったことはあります」
「ベルン商会は」
カインの色が、動いた。
複雑な色だった。
隠している色ではなかった。
怯えに近い色だった。
「……知っています」
「どういう経緯で」
「以前、仕事を頼まれたことがあります。
物を運ぶだけの仕事だと言われました。
一度だけです」
「断ったんですか」
「二度目を頼まれたとき、断りました。
運んだ物が何だったか、後で分かったので」
「何でしたか」
「……情報です。誰かの動きを書いた文書でした」
カインは下を向いた。
「俺は、知らなかった。本当に知らなかった。
それでも、一度は運んだ。
それは、消せない。
俺の選択です」
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俺はカインを見た。
《可視化》の色は、変わっていなかった。
怯えと、後悔と、それでも前を向こうとしている色だ。
嘘をついている色ではなかった。
「今、ベルン商会との関係はありますか」
「ありません。断った後、追われました。
だから逃げた。ここに来たのも、逃げた先です」
「追われている」
「……今も、かもしれません。
だから、ここに来た難民の中に、俺を探している人間がいるかもしれない」
俺は少し考えた。
「なぜ、早く言わなかったんですか」
「言えば、追い出されると思った」
「追い出しません。
ここは、過去で人を切る場所じゃない」
「……本当ですか」
「追い出す理由がないです。
カインさんは、知らずに一度運んで、知ってから断った。
その判断は、間違っていない」
カインは少し震えた。
「ただし、一つお願いがあります」
「何ですか」
「ベルン商会について、知っていることを全部教えてください。
それが、この領地を守る情報になります」
カインは少し間を置いた。
「……全部、話します」
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翌朝、ミルヴァとカインで話してもらった。
俺は離れて待った。
一時間ほどで、ミルヴァが来た。
「使える情報があった」
「どんな」
「ベルン商会の連絡手段と、この周辺の協力者の特徴。
具体的な名前は出なかったが、動きのパターンが分かった」
「追えますか」
「追える。ただし、時間がかかる」
「急がなくていいです」
「カインについては、信用していい。
あの人間は、本当のことを話している」
「そう思いました」
「《可視化》か。
……嘘が通らないな」
「色が、正直でした」
ミルヴァは少し考えた。
「……そのスキル、情報屋泣かせだ」
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その夜、リアが俺のところに来た。
一人だった。
「師匠のことを、調べてもらえますか」
「ベルン商会との繋がりを」
「はい。死因が空白なのは、最初から気になっていました。
ただ、何から手をつければいいか、分からなかった」
「今は、少し糸口があります。
ミルヴァさんに頼みます。ただし、時間がかかります」
「分かっています。急いでいません」
リアは少し間を置いた。
「ヒコさん」
「はい」
「師匠が死んだのは、七年前です。
ベルン商会が、七年前から活動していたとすれば、繋がります」
「ミルヴァさんに、設立時期も確認してもらいます」
「お願いします」
リアは頭を下げた。
無主語のリアが、珍しく名前を呼んだ。
それだけで、重さが伝わった。
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――また、点が繋がった。
ベルン商会。
王都方面の貴族。
師匠の死因。
カインの過去。
全部が、同じ方向を向き始めている。
敵も、同じ場所を見ている。
まだ、線にはなっていない。
ただ、点の密度が増してきた。
密度が増せば、いつか線になる。
線になる前に、準備する。
――情報は、集めるだけでは使えない。
整理して、並べて、初めて動ける形になる。
動ける形にするのが、段取りだ。
次の段取りを組んだ。
ミルヴァにベルン商会の設立時期と活動範囲の調査を継続依頼。カインの情報を整理。施設第二層の調査準備。土塁の北側延伸の最終確認。
現場の外側が、少しずつ形を持ち始めた。
第22話 観察者の名前 了
【次回】
北側の土塁が完成した日、アーヴィンが言った。
「次は、民兵の訓練をしたい」
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【領地収支】
・所持金 :金貨44枚(変化なし)
・収入 :なし
・支出 :なし
※報奨金 金貨100枚(王都より後日支払い予定)
【発展進捗】
・防衛 :90%(北側土塁・延伸完了間近)
・食料 :38%(南区画整備継続)
・水 :70%(変化なし)
・住居 :40%(変化なし)
・インフラ:20%(変化なし)
今日の進捗:観察者がランデル拠点のベルン商会と判明。王都方面の貴族との繋がりを確認。カインの過去が判明・信用確認済み・有用な情報を入手。リアの師匠の死とベルン商会の可能性ある繋がりが浮上。ミルヴァによる継続調査を依頼。




