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 第18話 行く

 職人は、仕事で判断する。

 肩書きでも、報酬でも、説明でもない。


 ――現場を見れば、分かる。

 手紙を出してから十日後だった。


 返事が来た。


 ガッツの字で、短く書いてあった。


 「行く。十日で着く。準備しておけ」


 以上だった。


 俺は少し笑った。


 やはり、変わっていなかった。


──────────────────────────────────────


 アーゼルタウンで最初に声をかけてくれた男だった。


 城壁周辺の雑草除去の依頼で、俺はまだ右も左も分からない時期だった。

 ガッツは作業リーダーで、俺の動き方を黙って見ていた。


 仕事が終わった後、一言だけ言った。


「今日はよく動いた。また声をかける」


 それだけだった。


 それ以来、何度か同じ現場で動いた。

 口数は少ない。

 だが、現場での判断は速くて正確だった。


 この手の水路工事を任せるなら、ガッツ以外は考えなかった。


──────────────────────────────────────


 返事が届いた日、バルドに伝えた。


「職人が来ます。十日後です」


「腕は確かか」


「確かです。アーゼルタウンで城壁整備をやってきた人間です」


「城壁の職人が、水路もやれるのか」


「石工と木工を兼ねています。

 水路の石組みと樋の設置は、同じ技術の延長です」


 バルドは少し考えた。


「宿はどうする。村の空き家を一軒使えるが」


「お願いします。一人で来るか、弟子を連れてくるか、まだ分かりません。

 複数来る場合は相談させてください」


「分かった」


──────────────────────────────────────


 十日の間に、水路の掘り出しをさらに進めた。


 ゾルド、リク、カイン、村人四人。


 毎日少しずつ、土を除けた。


 石組みが、どんどん姿を現した。


 長い。

 百メートル以上、まっすぐ続いていた。


 石の状態は思った以上に良かった。


 十五年、土の中にあったとは思えないほど、崩れていなかった。


「丁寧な仕事だ」


 ゾルドが石を触りながら言った。


「昔の職人が、良い仕事をしていたんですね」


「石組みは、ちゃんとやれば百年もつ。

 土の中なら、もっとだ」


「補修は少なくて済みそうですか」


「場所によっては、ほぼそのまま使える。

 崩れているのは、端の部分だけだ」


「よかった」


 ゾルドは少し間を置いた。


「……来る職人は、信頼できるのか」


「はい」


「あんたが言うなら、そうなんだろう」


 それで終わった。


──────────────────────────────────────


 ガッツが来たのは、十日後の昼前だった。


 村の入り口に馬車が止まった。


 馬車の扉が開いた。


 先に、工具袋が降りた。

 その後ろから、ガッツが降りてきた。


 五十代。

 がっしりした体格。

 日焼けした顔。

 腰に道具袋をぶら下げていた。


 弟子らしい若い男が二人、荷台から降りた。


 ガッツは村を一度見回した。


 それから俺を見た。


「領主になったと聞いたが」


「なりました」


「顔が変わっていないな」


「変わる間もなく来てしまいました」


 ガッツは短く鼻を鳴らした。


「水路を見せろ」


「どうぞ」


──────────────────────────────────────


 掘り出した水路の跡に案内した。


 ガッツは黙って歩いた。


 膝をついて、石を触った。


 継ぎ目を確認した。


 立ち上がって、東の方向を見た。


 また膝をついて、別の場所を触った。


 弟子たちが後ろで控えていた。


 俺も、黙っていた。


 現場では、職人が確認している間に口を挟まない。


 それは前の世界でも、この世界でも同じだ。


 ガッツが立ち上がった。


「石の状態は悪くない。崩れているのは両端と、中間の二箇所だ。

 そこを補修して、上に蓋をして樋を繋げば使える」


「期間はどのくらいかかりますか」


「材料が揃っていれば、二週間だ」


「材料は何が必要ですか」


 ガッツが道具袋から紙を出した。


 リストがすでに書いてあった。


「来る前に、大体の目星をつけてきた。

 現場を見て、少し変わるが、大筋はこれだ」


 受け取った。


 石材、木材、鉄の金具、目地材。

 量と種類が細かく書いてあった。


「調達します。何日かかりますか」


「近隣の町で揃うなら三日。遠ければ一週間」


「ミルヴァさんに頼みます」


「ミルヴァ?」


「こちらのメンバーです。調達が得意な人間がいます」


 ガッツは少し頷いた。


「頼んでおけ。俺たちは先に使える区間の清掃を始める」


「お願いします」


──────────────────────────────────────


 バルドが遠くで見ていた。


 ガッツが作業を始めると、バルドが俺の隣に来た。


「あの職人、本物だな」


「そうです」


「見れば分かる」


 バルドは腕を組んだ。


 無駄がなかった。


「現場を見た瞬間に、何をするか決まっていた。

 あれは、何度もやってきた人間の動きだ」


「城壁整備を長年やってきた人です」


「城壁か。それでこの手の仕事が分かるのか」


「石を積んで水を止める、という意味では同じです」


 バルドは少し考えた。


「……そういうものか」


「現場では、別の仕事の経験が思わぬところで使えることがあります」


 バルドは短く頷いた。


「あんたみたいにな」


──────────────────────────────────────


 夕方、ガッツが宿に入る前に俺のところに来た。


「一つ、聞いていいか」


「どうぞ」


「なぜ、俺に頼んだ」


 俺は少し考えた。


「アーゼルタウンで一緒に動いたとき、仕事の判断が速かった。

 あの現場で、一番信頼できると思いました」


「雑草除去の話か」


「はい」


 ガッツは少し間を置いた。


「あのとき、俺はあんたを試していた」


「知っています」


「知っていたのか」


「現場では、新しい人間を試すのが普通です。

 試されていない人間は、現場では使えない」


 ガッツは短く笑った。


「……そうだな」


 ガッツは村の方を見た。


「いい現場だ。まだ荒れているが、骨格がある。

 段取りを組んだ人間の仕事が見える」


「ありがとうございます」


「礼はいらない。仕事が終わってから言え」


「分かりました」


──────────────────────────────────────


 その夜、ミルヴァに材料リストを渡した。


「調達できますか」


 ミルヴァがリストを見た。


「三日あれば揃う。南の町に行けば大体ある」


「お願いします」


「ついでに、目印の続きも確認してくる」


「無理はしないでください」


「無理をするのは最後の手段だ」


 ミルヴァは翌朝、出発した。


──────────────────────────────────────


 夜遅く、マユミが広場に来た。


 二人きりだった。


「ガッツさん、来たな」


「来ました」


「アーゼルタウンの人間が来ると、なんか変な感じだな」


「どういう感じですか」


 マユミは少し考えた。


「あっちの生活が、こっちに繋がってくる感じ。

 別の話が、同じ話になっていく感じ」


「そうですね」


「悪くない。嫌いじゃない」


 マユミは星を見た。


「星見の地、名前の通り星が綺麗だな」


「そうですね」


「アーゼルタウンより、よく見える」


「空気が澄んでいるんだと思います」


 マユミは少し間を置いた。


「ヒコ」


「はい」


「ここ、守れそうか」


 俺は少し考えた。


「今のところは、守れています」


「今のところ、か」


「先のことは、段取り次第です」


 マユミは短く笑った。


「……そういう答えだと思った」


 それで、終わった。


 二人でしばらく、星を見ていた。


──────────────────────────────────────


 ――現場に人が集まり始めている。


 アーゼルタウンから来た職人。

 村の人間。

 難民。

 林の管理者。


 それぞれが、それぞれの役割で動いている。


 現場は、人で作られる。


 仕組みは、人が動かす。


 俺一人では、何もできない。


 それが分かっているから、頼む。

 頼めるから、現場が動く。


 ――段取りは、人を信じることから始まる。


 次の段取りを組んだ。


 材料到着後、水路工事本格開始。

 土塁の延伸、今週中に東側を完成させる。

 北東の結界核、三日ごとの確認を継続。

 農地の水やり、リクに担当させる。


 やることは尽きない。


 それでいい。


 現場は、動いている。



 第18話 行く 了

【次回】


 三日後、材料が届いた。

 ガッツが弟子二人に指示を出した。

 水路が、動き始めた。


──────────────────────────────────────


【領地収支】


・所持金 :金貨58枚(-12枚)

・収入  :なし

・支出  :ガッツへの手付け金 金貨8枚・材料費手付け 金貨4枚


※報奨金 金貨100枚(王都より後日支払い予定)


【発展進捗】


・防衛  :87%(東側土塁・延伸中)

・食料  :28%(農地管理継続・リクが水やり担当)

・水   :55%(水路掘り出しほぼ完了・工事開始待ち)

・住居  :40%(ガッツ一行の宿を確保)

・インフラ:8%(水路工事本格開始待ち・材料調達中)


 今日の進捗:ガッツ到着・現場確認・工事計画確定。材料リストをミルヴァに手配。マユミとの夜の場面。アーゼルタウンとの繋がりが領地に届き始める。

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