第17話 埋められた水路
インフラは、壊すより作る方が難しい。
だが、壊す方が簡単なぶん、壊した理由がある。
――なぜ埋めたか。そこから始まる。
農地に水路を引く話をしていたときだった。
エルナが地図を広げて、俺とゾルドに説明していた。
「北区画に水を入れるなら、井戸から引くか、東の小川から引くか。
東から引く方が量は多い。ただし距離がある」
「距離はどのくらいですか」
「四百メートルほど。
溝を掘って、木の樋で繋ぐ。
二週間あれば」
そこにバルドが来た。
「水路の話か」
「そうです。東の小川から引こうかと」
バルドは少し黙った。
「昔、この村に水路があった」
俺は手を止めた。
「あったんですか」
「十五年前まで。東の小川から農地まで、ちゃんとした石組みの水路があった。
俺が若い頃は、それで農業をやっていた」
「今はない」
「埋められた」
バルドは短く言った。
「誰が」
「……領主だ。前の前の領主」
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バルドから話を聞くことにした。
広場の端に座って、二人で話した。
「十五年前のことを、教えてもらえますか」
バルドは少し間を置いた。
「当時の領主は、三十代の男だった。
名前は覚えていない。半年もいなかった」
「半年で去ったんですか」
「魔物が増えて、逃げた。
逃げる前に、水路を埋めた」
「なぜ」
「俺たちが残らないように、だ」
俺は少し考えた。
「村人が残ると、困ることがあったんですか」
「領主が逃げると、次の領主が来るまで領地が宙に浮く。
その間、村人が自力で動けると、後で面倒なことになる。
そういう計算だったと思う」
「水路を埋めれば、農業ができなくなる。
農業ができなければ、村人は散り散りになる」
「そういうことだ。実際、半分以上が出て行った。
俺は残った。残った連中で、なんとかやってきた」
バルドは遠くを見た。
「十五年だ。水路がなくて、農業も半分になって。
それでも、残った。
……残った連中の畑も、誰かが面倒見ないと全部死ぬ」
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「水路の跡は残っていますか」
「残っている。土の下に、石組みがあるはずだ」
「場所は分かりますか」
「俺が案内する」
バルドが立ち上がった。
二人で東の方へ歩いた。
外堀の内側。
農地の脇を抜けて、さらに東へ。
バルドが足を止めた。
「ここだ」
地面を見た。
何も見えなかった。
草が生えていた。
ただ、わずかに地面が盛り上がっている。
《可視化》を向けた。
色が見えた。
土の下に、何かがある。
石の色だ。
硬くて、密度が高い。
まっすぐ、東の方に続いている。
「あります」
「見えるのか」
普通なら掘るまで分からない。
だが《可視化》には、土の下の輪郭がはっきり出ていた。
「石組みが、土の下にそのまま残っています。
東の方向に、ずっと続いています」
バルドは少し黙った。
「……どのくらい残っている」
「少なくとも、ここから見える範囲は全部。
百メートル以上」
「石組みが残っているなら、掘り出せる。
一から作るより、はるかに早い」
「その通りです」
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その日の夕方、ゾルドが俺のところに来た。
「水路を掘り出す話だが」
「はい」
「石組みの補修や、樋の設置は、専門の職人がいた方がいい。
石組みは勾配が狂うと水が止まる。
一度狂えば、全部やり直しだ。
うちの村の人間では、精度が出ない」
「どういう職人ですか」
「石工と、木工を兼ねた人間。
この手の水路工事をやれる人間は限られる」
言い方が、妙に具体的だった。
俺は少し考えた。
そのとき、ゾルドが一度だけ視線を外した。
ほんの一瞬だった。
だが、《可視化》の色が、わずかに濁った。
「……心当たりがありますか」
俺が聞くと、ゾルドは少し間を置いた。
「……いや。いるにはいるが、簡単に来る相手じゃない」
踏み込まなかった。
今は、まだいい。
一人、思い当たる人間がいた。
アーゼルタウンの城壁整備班長。
叩き上げの職人。
前に一度、同じ現場で動いた。
仕事に対する姿勢は、本物だった。
「心当たりがあります」
「誰だ」
「アーゼルタウンにいる人間です。
こちらの事情を話せば、来てくれるかもしれない」
「……アーゼルタウンか。」
ゾルドは一瞬だけ視線を落とした。
「手紙を出してみます。
返事が来るまで、村の人間で掘り出しだけ先に進めておけますか」
「掘り出しだけなら、できる。
石の補修と樋の設置は、職人待ちになるが」
「それで構いません」
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その夜、手紙を書いた。
宛先はガッツ。
アーゼルタウン城壁整備班長。
簡潔に書いた。
星見の地に来た。
石組みの水路を掘り出して補修したい。
樋の設置も必要になる。
仕事として頼めるか。
返事をくれれば、条件を話し合う。
封をして、翌朝ミルヴァに渡した。
「アーゼルタウンに手紙を送ることは可能ですか」
「可能だ。ただし往復で十日はかかる」
「構いません。その間に掘り出しを進めます」
「了解した」
ミルヴァが受け取って、手配した。
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翌日から、水路の掘り出しを始めた。
ゾルド、リク、カイン、村人四人。
七人で、埋まった水路の跡を掘り返した。
《可視化》で石組みの位置を示しながら、掘る方向を指示した。
「少し右です。そこに石があります」
「見えているのか」
「色で見えます」
ゾルドが黙って鍬を動かした。
三十センチほど掘ったところで、石が出てきた。
灰色の、きれいに積まれた石だ。
リクが手で土を払った。
「……すごい。本当にある」
「十五年、土の中にいた」
バルドが脇で見ていた。
何も言わなかった。
ただ、石に手を当てた。
少しの間、そうしていた。
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午後、コリンとリアと北東エリアの調査に行った。
地下のダンジョン兆候の確認だ。
北東の外堀のすぐ内側。
コリンが結界を張った。
「感知型の結界です。地下に何かがあれば、反応します」
しばらく待った。
「……反応があります」
「どのくらいの深さですか」
「正確には分かりません。ただ、浅くはないです。
十メートルより深い」
リアが魔法を展開した。
「地下への索敵、試みます。……難しいです。
地面が邪魔をする。ぼんやりとしか見えません」
「空洞の感触はありますか」
「あります。小さい。ただ、確かにあります」
俺は《可視化》を地面に向けた。
深いところに、色が見えた。
暗い。
密度が薄い。
空洞の色だ。
……ただ、自然の空洞とは少し違う。
何かが、内側から削っている色だった。
サヤが言っていた通りだった。
「場所は確認できました。
今は小さい。ただし、放置すれば大きくなります」
「対処は」
「コリンさん、この場所に結界の目印を置けますか。
変化があれば分かるように」
「できます。変化検知型の結界核を埋めます。
三日に一度、確認する必要があります」
「お願いします」
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夜、バルドが広場に来た。
「水路の話、本当にやるのか」
「やります。石組みが残っているなら、掘り出す方が早い。
補修の職人に声をかけました。返事待ちです」
「費用はどのくらいかかる」
「職人に来てもらって、樋の材料を買って。
最低でも金貨十枚。条件次第で十五枚です」
「持っているのか」
「今のところは」
バルドは少し考えた。
「水路が戻れば、農地全体に水が引ける。
南区画も動かせる。今の倍の面積になる」
「そうなります」
「倍の面積が動けば、食料の問題はほぼ解決する」
「今年の秋には間に合いませんが、来年は十分になります」
バルドは空を見た。
星が出ていた。
「十五年前に水路を埋めた領主は、俺たちを追い出したかった。
あんたは、逆のことをしている」
「そうですね」
「なぜだ」
俺は少し考えた。
「現場には、人がいる必要があります。
人がいない現場は、現場じゃない」
バルドは短く笑った。
「……変な言い方だな」
「現場仕込みなので」
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夜。
農地を見に行った。
種を蒔いた北区画。
まだ何も出ていなかった。
当然だ。蒔いてまだ二日だ。
《可視化》を向けた。
土の中に、小さな色が見えた。
昨日より、わずかに大きい。
根が、出始めている。
サヤが言っていた。魔力濃度が高いから、成長が早い。
それは本当かもしれない。
土の下で、確かに動いていた。
水路も、今日掘り出した石の下を水が流れていた時代があった。
十五年、埋まっていた。
それでも、石は残っていた。
壊されても、残るものがある。
――見えないところで始まっているものが、現場では一番重要だ。
目に見えるものだけ追っていると、足元をすくわれる。
根が張っているかどうか、それが全てだ。
俺は農地から離れた。
明日もやることがある。
水路の掘り出し継続。北東の監視。土塁の延伸。ガッツからの返事待ち。
段取りを組んだ。
埋められたものを、掘り出す。
それも、現場の仕事だ。
現場は、動き続けていた。
第17話 埋められた水路 了
【次回】
十日後、返事が来た。
ガッツの字で、短く書いてあった。
「行く」
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【領地収支】
・所持金 :金貨70枚(変化なし)
・収入 :なし
・支出 :なし(水路工事費用は職人到着後に確定予定)
※報奨金 金貨100枚(王都より後日支払い予定)
【発展進捗】
・防衛 :86%(北東エリアに変化検知結界核を設置)
・食料 :26%(種の発根確認・水路整備計画確定)
・水 :52%(埋設水路の存在を確認・掘り出し着手)
・住居 :40%(変化なし)
・インフラ:5%(水路掘り出し開始・ガッツへ招聘の手紙を送付・返事待ち)
今日の進捗:バルドから埋設水路の存在を確認。水路掘り出し作業開始・石組みを発掘。ガッツへ手紙を送付。北東エリアに変化検知結界核を設置。種の発根を可視化で確認。




