表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

159/209

 第16話 命を置く

 今日、土に種を置いた瞬間から、もう引き返せない


 種を蒔く行為は、信用の表明だ。

 ここで生きていくと、土に宣言することだ。


 ――その覚悟がなければ、農業は始まらない。

 堆肥が届いたのは、約束通り明後日の朝だった。


 牛二頭分。

 荷台に積まれた木桶が四つ。


 エルナが荷台を見て、少し頷いた。


「量は十分です」


「よかった」


「ただし、今日中に土に混ぜないといけない。

 腐敗が進む前に」


「人手は」


「ゾルド、リク、カイン、あとうちの村から三人。

 七人いれば一日で終わります」


「手配します」


──────────────────────────────────────


 カインを探した。


 井戸の近くにいた。


 水を汲んで、難民の子供たちに渡していた。


「カインさん、少し話せますか」


 カインは俺を見た。


「……何ですか」


「農地の作業を手伝ってもらえますか。

 今日中に堆肥を混ぜ込む必要があります」


「やります」


 即答だった。


 俺は少し引っかかった。


「カインさん」


「何ですか」


「村人との距離、気になっていますか」


 カインは少し止まった。


「……別に」


「無理に縮める必要はないです。

 ただ、気になっているなら話してください」


「難民と村人は、立場が違う。

 俺たちがいることで、食料が減る。

 それは事実です」


「今は、食料が増える動きをしています。

 カインさんも、その一部です」


「……難民だからというわけじゃなく、人手として使っている、ということですか」


「そうです」


 カインは少し下を向いた。


「それで、いいです。……使われる側の方が、楽だ」


 俺は一瞬だけ言葉を止めた。


「分かりました。エルナさんの指示で動いてください」


 カインは頷いた。


 色が、少し変わった。


 複雑だった何かが、わずかに澄んだ。


──────────────────────────────────────


 午前中、全員で堆肥を混ぜた。


 北区画から始めた。


 土を再び起こして、堆肥を混ぜ込んで、また均す。


 単純な作業だったが、重かった。


 ゾルドが黙々と動いた。


 カインがその隣で、同じペースで動いた。


 二人は会話をしなかった。


 ただ、同じ方向を向いて動いていた。


 それで十分だった。


 ただ、北区画の一角。

 昨日見えた“沈んだ色”は、消えていなかった。


 堆肥を入れても、反応が鈍い。

 まるで、土が拒んでいるようだった。


 ――後回しにする。今は、全体を動かす。


──────────────────────────────────────


 昼前にエルナが区画の確認をした。


 手で土を触って、握って、崩して。


 また触って。


「いいです」


「種を蒔けますか」


「午後に蒔きます」


 エルナは立ち上がって、全員を見た。


「午前中、ありがとうございました。

 午後は私と、やれる人間だけ残れば十分です」


「俺も残ります」


 エルナが俺を見た。


「……領主様が種蒔きを?」


「現場に出ない領主に、現場は分からないので」


 エルナは少し間を置いた。


「……分かりました」


──────────────────────────────────────


 午後。


 エルナ、ゾルド、カイン、リク、俺の五人が北区画に残った。


 エルナが種袋を開けた。


 小麦の種。


 細かくて、軽い。


 エルナが一粒、手に取った。


 それを、土に置いた。


「ここに、命を置きます」


 誰も、声を上げなかった。


 ゾルドが手を伸ばした。


 エルナから種を受け取って、隣の土に置いた。


 リクが続いた。


 カインが続いた。


 俺も続いた。


 五人で、黙って種を蒔いた。


 一列、また一列。


 土が種を受け取った。


 それだけだった。


──────────────────────────────────────


 種蒔きが終わった頃、サヤが来た。


 林の縁からではなく、農地の方から来た。


 初めてだった。


「種を蒔いたのですか」


「今日、蒔きました」


 サヤは北区画を見た。


 何も言わなかった。


 ただ、しばらく見ていた。


「……この地で、農業をやった人間は長続きしません」


「そう聞きました」


「魔力濃度が高い。植物の成長が速い分、魔物も引き寄せる。

 土が良すぎると、外から狙われます」


「知っていましたか、最初から」


「知っていました」


「なぜ、教えてくれなかったんですか」


 サヤは少し考えた。


「……あなたたちが、どこまでやるか見ていました。

 途中で逃げるなら、教える必要はない。

 逃げなかったので、教えます」


 俺は少し笑った。


「試されていましたか」


「試したわけではありません。

 ただ、十年で、ここに来た人間の全員が逃げました」


「それは困りましたね」


「……ええ」


 サヤの色が、わずかに動いた。


 何かが、解けたような色だった。


──────────────────────────────────────


 サヤが続けた。


「魔力濃度が高いと、具体的に何が起きますか」


「植物の成長が、通常の一・五倍から二倍になります。

 ただし、病害虫の発生も早い。

 雑草の繁殖も早い。

 管理を怠ると、すぐ荒れます」


「農地の管理を怠れない、ということですね」


「はい。逆に言えば、きちんと管理すれば収穫が倍になります。

 ただし、収穫期は一番危険です。

 匂いと魔力で、広範囲から引き寄せます。

 この地が豊かだったのは、そのためです」


 エルナが聞いていた。


「……倍」


「管理が追いつけば、です」


「管理を追いつかせるためには」


「人手と、魔物の防除です」


 エルナは農地を見た。


「防除は、ヒコ様に頼めますか」


「やります」


 エルナは短く頷いた。


「なら、収穫は倍を目指します」


──────────────────────────────────────


 サヤが帰る前に、俺は一つ聞いた。


「この地の魔力濃度が高い理由は分かりますか」


「地脈が交差しています。この地の地下に、魔力の流れが集まる構造があります。

 自然に形成されたものですが、長い時間をかけて濃くなりました」


「ダンジョンが発生しやすい地形、というのも」


「そのためです。魔力が一点に溜まると、ダンジョンになる。

 この地の地下に、すでに兆候があります」


 俺は止まった。


「兆候、とは」


「小さな空洞が、地下に生まれています。

 ……自然発生にしては、形が整いすぎています」


 俺はサヤを見た。


「人為的、ということですか」


「断定はできません。

 ただ――違和感があります」


「場所は」


「北東の地下、二十メートルほどの深さです」


 俺は地図を出した。


 北東に印をつけた。


「ありがとうございます。これは重要な情報です」


「役に立てば」


「役に立ちます」


 サヤはまた、林の方に戻っていった。


──────────────────────────────────────


 夕方、全員で報告を共有した。


「今日、二つのことが分かりました」


 全員が聞いた。


「一つ目。この地の魔力濃度が高く、農地の収穫が倍になる可能性がある。

 ただし、それだけ魔物も引き寄せる」


「守れれば、豊かになる」


 アーヴィンが短く言った。


「そうです。二つ目。

 北東の地下に、ダンジョンの兆候があります。

 一年から二年で発生する可能性がある」


 リアが手を挙げた。


「確認できますか。索敵魔法で地下を」


「難しいです」


「可視化は」


「試してみます。ただ、地下は色が読みにくい」


「分かりました。来週、一度試します」


 コリンが頷いた。


「ダンジョンが発生すると、結界の設計を変える必要があります。

 地下からの侵入ルートが生まれます」


「その前に把握しておきたい」


「はい。北東エリアの結界を少し強化しておきます」


──────────────────────────────────────


 ミルヴァが地図を見た。


「北東の地下にダンジョンの兆候があって、東の森に目印がある」


「ほぼ同じ方角だ」


 マユミが言った。


「観察している人間が、ダンジョンの位置を知っている可能性がある」


 俺は少し考えた。


「あるいは、ダンジョンの位置を知っているから、観察している」


「どちらにしても」


「引き続き、警戒が必要です。

 ただ、今は動かない。十日の猶予はまだあります」


「分かった」


──────────────────────────────────────


 夜。


 農地の方を見た。


 暗くて、何も見えなかった。


 ただ、種が土の中にある。


 《可視化》を向けると、ぼんやりと色が見えた。


 小さい。

 薄い。


 だが、確かにそこにある。


 命の色だ。


 エルナが言っていた言葉を思い出した。


 「ここに、命を置きます」


 農業は信用の表明だ。


 この地で生きていくという、宣言だ。


 今日、六人でそれをやった。


 魔物が来るかもしれない。

 ダンジョンが生まれるかもしれない。

 観察している人間が何かを企んでいるかもしれない。


 それでも、種を置いた。


 置いた以上、回収はできない。

 育てるか、失うか。そのどちらかだ。


 ――それでも、置いた。


 ――段取りは、後のことを考えすぎると止まる。

 まず、今できることを置く。

 それが積み重なって、現場になる。


 俺は次の段取りを組んだ。


 農地の水路整備。北東エリアの調査。土塁の延伸。ミルヴァの外部調査継続。


 やることは尽きない。


 それでいい。


 現場が動いている証拠だ。



 第16話 命を置く 了

【次回】


 農地に水路を引く話をしていたとき、バルドが言った。

 「昔、この村に水路があった。埋められたんだ」


──────────────────────────────────────


【領地収支】


・所持金 :金貨70枚(-3枚)

・収入  :なし

・支出  :堆肥残金 金貨3枚


※報奨金 金貨100枚(王都より後日支払い予定)


【発展進捗】


・防衛  :85%(変化なし・北東エリアの結界補強着手予定)

・食料  :25%(北区画に種蒔き完了・収穫期:秋・管理体制確立)

・水   :50%(変化なし)

・住居  :40%(変化なし)

・インフラ:0%(変化なし・水路整備が次の課題)


 今日の進捗:北区画に種蒔き完了。農地の魔力特性(収穫倍増・魔物誘引)をサヤから情報入手。北東地下にダンジョン兆候を確認。観察者の目印と方角が一致。カイン、村人との距離が縮まり始める。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ