第15話 土から始める
三日、食えなければ現場は崩れる。
食料は、守りの一部だ。
弾薬が尽きれば撤退するように、食料が尽きれば現場は止まる。
――攻めより先に、腹を満たす。
三日後の朝、荷馬車が来た。
手配していた農業資材だ。
小麦の種袋が四つ。
大麦の種袋が二つ。
種芋が木箱で三箱。
石灰の袋、干し草の束、農具の補修用鉄材。
御者は中年の男で、荷を降ろしながら俺を見た。
「星見の地に領主が来たって聞いたが、本当だったんだな」
「本当です」
「ここで農業をやり直すつもりか」
「はい」
男は少し笑った。笑ったが、目は笑っていなかった。
「三年前にも、同じことを言った領主がいた」
「どうなりましたか」
「秋前に逃げた。魔物が増えて、やってられないと言って」
「そうですか」
「……あんたは違うのか」
「今のところ、逃げる予定はないです」
男はしばらく俺を見た。
「……そうか」
荷を全部降ろして、馬車は去っていった。
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エルナが荷を確認した。
一つ一つ開けて、中を見て、また閉じた。
黙ったまま、全部を確認した。
「揃っています」
「三日で揃えると言いました」
「……本当に揃えるとは思いませんでした」
「言ったことはやります」
エルナは少し間を置いた。
「農具の鉄材、ガデルさんに頼めますか。
うちの農具、刃が欠けているものが三本あります」
「連絡します」
「あと、堆肥が足りない。
石灰だけでは土が固いまま動かない。
牛か豚の糞が必要です」
「村に家畜はいますか」
「鶏が十羽。牛は一頭だけ残っています」
「牛一頭分の堆肥では」
「全然、足りません」
俺は少し考えた。
「近隣の村から調達できますか」
「西の村は三日間包囲された。今は難しい。
北に小さな集落があります。
半日かかりますが、牛を三頭持っている」
「ミルヴァさんに交渉を頼みます」
エルナは頷いた。
「……本当にやるんですね」
「やります」
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農地の開墾が始まった。
エルナが畑の跡地に全員を集めた。
ゾルド、リク、カイン、村人六人。
エルナは畑の真ん中に立って、全員を見回した。
「今日からここを畑に戻します。
まず土を起こす。固まっているから、最初が一番きつい」
ゾルドが鍬を手にした。
「どこから手をつける」
「南の区画から。日当たりがいい」
「了解だ」
ゾルドが鍬を振り下ろした。
土が固かった。
一振りで、拳くらいしか動かなかった。
それでも、ゾルドは止まらなかった。
黙々と、振り続けた。
リクが隣に並んだ。
「俺も」
「端から順番に」
二人が並んで、鍬を振り続けた。
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俺は《可視化》で農地全体を見た。
土の状態が、色で分かる。
南区画は固い。茶色の濃い色。
北区画は、少し違う。
ただ、一箇所だけ色が沈んでいる場所があった。
周囲より、明らかに反応が弱い。
土としては均一なのに、そこだけ“死んでいる”ように見える。
俺は一度だけ視線を外した。
――今は、優先度が低い。
わずかに明るい。
「エルナさん」
「何ですか」
「北の区画、掘り返したことはありますか」
「三年前まで、麦を作っていました。
それ以降は荒れたままです」
「南より土の状態がいい。
北を先に整えて、早生の作物を入れた方が収穫が早いかもしれません」
エルナが北区画に歩いた。
膝をついて、手で土を触った。
しばらく触っていた。
「……確かに、柔らかい」
「どう思いますか」
「北を先に、南を並行で。
それが合理的です」
エルナは立ち上がった。
「ゾルド、リク。北側を先にやる。南は後回し」
「……どっちでもいい」
ゾルドが鍬を移動させた。
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昼前に、ミルヴァが出発した。
北の集落への交渉だ。
「堆肥だけじゃなく、話も聞いてくる」
「何の話ですか」
「北の集落が、今どういう状態か。
魔物の動き、最近の様子。
あと、例の目印がこちら方向にあるかどうか」
俺は少し頷いた。
「お願いします」
「今日中には戻れない。明日の夕方には戻る」
「無理はしないでください」
「無理をするのは最後の手段だ」
ミルヴァは馬を出して、北へ消えた。
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午後。
コリンとリアが北側の結界補強を続けていた。
俺はその確認に行った。
「どのくらい進みましたか」
「六割です」
コリンが額の汗を拭いながら言った。
「今日中には終わりますか」
「終わります。ただ、補強した結界の持続時間は二週間ほどです。
それ以降は、また張り直しが必要になります」
「定期的に張り直せますか」
「コリン一人なら、張り直しに半日かかります。
できます。ただ、その間は別の作業ができません」
「分かりました。スケジュールを組みます」
リアが俺を見た。
「北側の索敵範囲、五百メートルまで伸ばせます。
ただし、精度が下がります。千メートルは無理です」
「五百で十分です。まず確実な範囲を押さえてください」
「了解です」
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夕方。
アーヴィンが土塁の作業を終えて戻ってきた。
東側の土塁が、膝の高さまで積み上がっていた。
「今日の進捗は」
「東側、三十メートル分」
「早い」
「マユミが南側と同時進行した」
マユミが後ろから来た。
「南は二十メートル。土が固かった」
「お疲れ様です」
「……腕が終わった」
マユミが肩を回した。
「明日も続けますか」
「当然だろ」
迷いがなかった。
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夜、エルナが報告に来た。
「今日、北区画の半分を起こしました。
明日、残りを終わらせて、石灰を入れます。
堆肥が来れば、三日後には種を蒔けます」
「順調ですね」
「……ゾルドが思った以上に動きました」
「そうですか」
「あの人、農業は初めてじゃないと思います。
鍬の使い方が、素人じゃない」
俺は少し引っかかった。
「本人に聞きましたか」
「聞いていません」
「分かりました。俺が話してみます」
エルナは頷いた。
「カインも真面目に動いています。
ただ、他の村人とは距離を置いている。
難民、というのが気になるのかもしれない」
「カインには、俺が話します」
「……ヒコ様は、全部自分で話しに行くんですね」
「現場では、顔を合わせることが一番早いです」
エルナは少し笑った。
「そうですか」
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ゾルドを探した。
広場の端に一人でいた。
「少し、話せますか」
ゾルドは俺を見た。
「何だ」
「農業、やったことがありますか」
ゾルドは少し間を置いた。
「……昔な。畑を潰した側だ」
俺は一瞬だけ止まった。
ゾルドはそれ以上何も言わなかった。
「今日は助かりました。動きが的確でした」
「エルナが頭がいい。指示が分かりやすい」
「そうですね」
ゾルドは少し下を向いた。
「……俺に、何をやらせたい」
「できることをやってほしいです。
農業が分かるなら、エルナさんの右腕として動いてもらえますか」
「右腕、か」
「嫌ですか」
「……いや」
ゾルドは少し黙ってから、短く頷いた。
「やる」
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翌日の夕方、ミルヴァが戻ってきた。
「堆肥、牛二頭分を明後日届けてもらえる」
「よかった」
「ただ、北の集落から聞いた話がある」
「何ですか」
「一週間前から、南の道を通る旅人が増えている。
行商の格好をしているが、荷が軽い。
立ち止まって何かを確認する動きをする」
「目印の確認か」
「可能性が高い。それと」
ミルヴァが少し声を落とした。
「集落の近くにも、同じ目印があった。
こちら方向を指す形で。……いや、違う」
ミルヴァが一度言葉を切った。
「目印じゃない。距離と時間を測ってる」
「測る?」
「この領地に、どれだけで到達できるか。何日で囲めるか」
俺は少し考えた。
点が線になりかけている。
「東の目印、北の集落、こちらを結んだ場合。
誰かが、この領地を観察している」
「継続的に。おそらく戦闘が始まる前から」
「誰だと思いますか」
「魔族の偵察なら、もっと隠す。
人間の仕事だ」
俺は地図を見た。
「まだ、確証がない」
「ない。ただ、急いで動く必要はないと思っている。
向こうは観察しているだけだ。今は」
「引き続き、追ってください」
「もう動いてある」
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その夜。
《可視化》で林の方を見た。
サヤの色が見えた。
揺らぎは、また少し変わっていた。
何かを、考えている色だ。
昨日より錯乱が薄い。
意識していないのか。
あるいは、意識して外しているのか。
どちらか、まだ分からない。
ただ、敵意はない。
それは確かだ。
――現場では、証明より先に信じることがある。
信じた結果が間違えなら、そこで考え直す。
ただし、その前に動くことをやめない。
俺は収支のメモを開いた。
所持金が七十八枚から、堆肥の代金を引くと七十三枚になる。
農地が動き始めれば、秋には収穫がある。
十日の猶予の中で、土台を作る。
まだ、時間がある。
次の段取りを組んだ。
堆肥到着→種蒔き→農地の水路確認→土塁の延伸→北側結界の持続スケジュール化。
全部、並行でやる。
一人でやる必要はない。
現場には、全員いる。
防衛は短期で命を繋ぐ。
農地は長期で命を残す。
――それが、段取りの出発点だ。
第15話 土から始める 了
【次回】
堆肥が届いた翌日、エルナが種を蒔いた。
「ここに、命を置きます」
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【領地収支】
・所持金 :金貨73枚(-5枚)
・収入 :なし
・支出 :堆肥(牛二頭分)代金 金貨5枚
※報奨金 金貨100枚(王都より後日支払い予定)
【発展進捗】
・防衛 :85%(北側結界補強完了・東南土塁建設中)
・食料 :18%(農地北区画起耕完了・石灰投入・堆肥到着待ち・種蒔き前日)
・水 :50%(変化なし)
・住居 :40%(変化なし)
・インフラ:0%(変化なし)
今日の進捗:農業資材到着・エルナ指揮で農地開墾着手。ゾルドを農業副責任者に。北の集落から堆肥調達。外周の目印が南の集落付近にも存在することが判明。ミルヴァ継続調査中。




