第3章 防衛構築 第14話 人間ではありません
現場には、説明できない存在がいる。
それでも、動いてもらわなければならないことがある。
――どう使うかより、どう信じるかが先だ。
夜明けだった。
戦闘の後片付けが終わって、全員が広場に集まった。
魔物の残骸は堀の中と林の縁に散らばっていた。
後で素材を回収して、換金する。
それより先に、やることがあった。
サヤが、広場の端に立っていた。
いつもと同じ位置に、いつもと同じように立っていた。
ただ、少し違った。
《可視化》で見ると、色の揺らぎが大きくなっている。
意図的に錯乱しているはずの色が、わずかに透けていた。
疲れているのかもしれない。
あるいは、決めたのかもしれない。
俺はサヤの隣に立った。
「話してもらえますか」
サヤは少し間を置いた。
「……昨夜、助けてもらいました。
だから、話します」
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全員が集まった。
アーヴィン、マユミ、リア、コリン、ミルヴァ。
バルドも端に立っていた。
サヤは全員を一度見回した。
一瞬、誰も息をしなかった。
「私は――人間ではありません」
誰も、声を上げなかった。
バルドが腕を組んだ。
アーヴィンは表情を変えなかった。
マユミが、サヤをまっすぐ見た。
「何なんだ」
「精霊種の派生です。人の形をとれる種族です。
正確な名称は、この地域には伝わっていないと思います」
「……精霊」
リアが静かに繰り返した。
「精霊に近い存在です。ただし、精霊ではない。
思考し、意思を持ち、老いることがある。
食事も必要です。眠ることもあります」
「では、なぜ足音が」
コリンが遠慮がちに聞いた。
「足音と影がずれるのは、種族の特性です。
存在と知覚がわずかにずれる。
人間の感覚器では、完全には捉えられない」
「《可視化》でも色が読みにくかった」
俺が言うと、サヤは少し頷いた。
「そういう仕組みです。意図して錯乱しているわけではなく、
存在そのものが、人間の認識に馴染まない構造になっています」
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ミルヴァが腕を組んだ。
「十年前から林を管理していると言っていた」
「はい」
「なぜ、この場所に」
「役割があるからです」
サヤの声に、温度がなかった。
否定でも肯定でもない。
ただ、そういうものだと言っている声だ。
「役割とは」
「この地に集まる魔力を安定させること。
過剰になれば、魔物が増える。
枯渇すれば、別の問題が起きる。
その調整です」
「一人で」
「一人で十分でした。今までは」
今までは、という言葉が引っかかった。
「今は、十分ではなくなった」
「……はい」
サヤは林の方を見た。
「三年前から、魔族の関与が増えています。
魔力を意図的に操作しようとしている。
林の外から手を伸ばしてくる頻度が、上がっています」
「昨夜の指揮する存在も、その一つか」
「あれは――少し違います」
サヤが一度止まった。
「魔族が使役した存在ではなく、魔族に改造された存在です。
元は、この地域の魔物だったと思います。
魔力を注入されて、知性と指揮能力を与えられた」
「……人工的に、指揮者を作った」
「そうなります」
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俺は少し考えた。
現場では、よくある話だ。
一人の職人が長年守ってきた現場に、外から大きな力が入ってくる。
構造が変わる。
一人では対応できなくなる。
それでも、守ろうとする。
「三年前、レインさんと会った」
サヤの目が、わずかに動いた。
「はい」
「どういう経緯で」
「この地を通過しました。可視化スキルを持った冒険者でした。
林の中で私と接触して――」
サヤは少し間を置いた。
「次の可視化スキルの持ち主に渡してほしいと、石を預けていきました。
それだけです。長い話はしませんでした」
「その後の行方は」
「分かりません。林を出た後は、追えません」
アーヴィンが動いた。
一歩だけ、前に出た。
偶然とは思えない。
「その石を、どこで保管していた」
サヤはアーヴィンを見た。
「林の中の、私の場所です」
「今も、ある」
「……はい」
アーヴィンは一度頷いた。
それだけで、引いた。
サヤはアーヴィンを少し見てから、前に視線を戻した。
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バルドが口を開いた。
「一つ、聞いていいか」
サヤがバルドを見た。
「人間じゃないなら、なぜ助けた。
昨夜だけじゃない。情報を持ってきたのも、林の出口を絞ったのも。
なぜだ」
サヤは少し考えた。
「役割があるからです」
「役割だけか」
「……最初は、役割だけでした」
視線が揺れる。
サヤの声が、わずかに変わった。
「十年、この地にいました。
村があることは知っていました。
ただ、関わるつもりはありませんでした。
人間の営みは、私の担当範囲ではない」
「だが、関わった」
「三年前から、状況が変わりました。
魔族の関与が増えて、林だけでは守れなくなった。
村が無事でなければ、この地の安定も守れない。
それが理由です」
バルドは少し黙った。
「……そうか」
それで終わった。
バルドはそれ以上聞かなかった。
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俺はサヤを見た。
「一つ、提案があります」
「はい」
「林の管理を続けてもらいながら、こちらと情報を共有してほしい。
魔族の動きが分かれば、対応できます。
サヤさん一人で抱えるより、役割を分けた方がいい」
「……報酬は必要ありません」
「報酬の話をしているわけではないです。
一人でやれることに限界があると、昨夜分かりました。
こちらも同じです。六人でやれることにも、限界があります。
林の中はサヤさんにしか分からない。
村の外はこちらが対応できる」
サヤは少し沈黙した。
「……組む、ということですか」
「現場では、そう呼んでいます」
また、少しの間があった。
「分かりました」
それだけだった。
短かったが、十分だった。
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話が終わって、全員が動き始めた。
魔物の残骸の回収。
堀の補修確認。
村人への状況説明。
サヤが、林の方に戻ろうとした。
「サヤさん」
俺は呼び止めた。
「何ですか」
「次に何が来るか、分かりますか」
サヤは少し考えた。
「昨夜の指揮する存在が倒された。
これを作った側が、次の手を打つまでに時間がかかります。
一週間。おそらく十日は、大きな動きはありません」
「十日」
「ただし、小規模な偵察は続くと思います。
魔物を使った現地確認です」
「分かりました。ありがとうございます」
サヤは少し首を傾けた。
「……礼は必要ありません」
「現場仕込みの習慣なので」
サヤはそれ以上何も言わずに、林に戻っていった。
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全員が揃ったところで、俺は次の話をした。
「十日あります。何をするか」
アーヴィンが腕を組んだ。
「防衛の次の手を」
「その通りです。ただ、今日からもう一つ、並行して動きます」
「農地か」
マユミが言った。
「防衛は、今日を生き残るためのものだ。農地は、その先を生きるためのものです。
食料が十日で底をつきます。
魔物の素材を換金しても、一ヶ月分にはならない。
防衛を固めている間に、食料問題が先に来ます」
「両方、同時にやるのか」
「やれる人間を、やれることに割り当てます」
俺は全員を見た。
「アーヴィンさんとマユミさんには、土塁の構築を引き続き。
リアさんは北側の索敵結界の補強をコリンさんと。
ミルヴァさんには、村の外周を一周してほしい。
昨夜の戦闘で、何か見落とした痕跡がないか」
「了解した」
「農地はゾルドさんとリク、村人の中で動ける人間に声をかけます」
バルドが眉を上げた。
「農地は専門がいる。うちの村でまともに農業をやってた人間は」
「います。エルナさんに話を聞いてきます」
バルドは少し黙った。
「……分かった」
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エルナは、裏手の畑の跡地にいた。
三十四歳。
夫を亡くして、一人で二人の子供を育てている。
畑の跡を見ながら、腕を組んでいた。
「ヒコ様」
「朝から失礼します。少し話せますか」
「……何ですか」
「農地を復活させたい。
この村で、農業を一番分かっている人はエルナさんだと聞いています」
エルナは少し間を置いた。
「畑は三年前から荒れています。
種も少ない。土も固い。
今から始めて、収穫は秋になる」
「秋で大丈夫です」
「魔物が来るたびに、畑は荒れます。
また同じことになる」
「防衛を固めます。そのための外堀です」
エルナはヒコを見た。
「信じていいんですか」
「確実なことは言えません。ただ、今夜も明日も、守るために動きます。
エルナさんに農地を任せたい。責任者として」
エルナは畑を見た。
しばらく黙っていた。
「……種が足りない。肥料も足りない。
人手も足りない」
「何が必要か、リストを作ってもらえますか。
調達できるものは調達します」
「金は」
「あります」
エルナは少し考えた。
「分かりました。やります」
「よろしくお願いします」
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昼前に、ミルヴァが戻ってきた。
「外周、一周した」
「何かあったか」
「東の堀の外、百メートル先の木に目印がある。
最近付けられた。人間の仕事だ」
俺は少し止まった。
「目印」
「枝の折り方と、石の置き方。
決まったパターンがある。情報屋の基本だ」
「誰が」
「まだ分からない。ただ、昨夜の戦闘の前から付いていた可能性が高い」
「昨夜の戦闘を、外から観察していた人間がいる」
「可能性がある」
俺は少し考えた。
魔族の偵察か。
それとも、別の誰かか。
「目印は、そのままにしておいてください。
触れると、気づかれる」
「分かった。定期的に確認する」
「お願いします」
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夕方になった。
農地の現地確認が終わった。
エルナが俺のところに来た。
「必要なものをまとめました」
受け取った。
小麦の種、大麦の種、芋の種芋。
石灰、干し草、牛糞(堆肥用)。
農具の補修用の鉄材。
人手は六人いれば、一ヶ月で基礎が整う。
「調達します。三日以内に揃えます」
「三日で揃うんですか」
「やります」
エルナは少し目を細めた。
「……そういう人なんですね」
「現場では、できると言った後に考えます」
「逆じゃないですか」
「段取りを先に決めると、動けなくなることがあります。
まず動く、という現場もあります」
エルナは短く笑った。
初めて見る顔だった。
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夜。
バルドが広場に来た。
「一つ、聞いていいか」
「どうぞ」
「あの精霊種とやら。信用できるのか」
「分かりません」
バルドが少し眉を上げた。
「分からないのに、組んだのか」
「昨夜、命を張ってくれました。
それは事実です。
それ以上のことは、まだ分かりません」
「人間じゃないんだぞ」
「現場では、人間かどうかより、動いてくれるかどうかが重要です」
バルドは少し沈黙した。
「……守るのか、あれも」
「守ります」
「なぜだ」
「現場にいる全員が無事でなければ、現場は回らないからです」
バルドは短く鼻を鳴らした。
「……変わった領主だ」
「よく言われます」
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夜中、少し眠った。
《可視化》の感覚が、まだ鋭いままだった。
眠っている間も、仲間の色が薄く見える。
全員、ここにいる。
安定した色だ。
サヤの色は、林の奥に見えた。
揺らぎは、朝より小さくなっていた。
落ち着いたのか。
それとも、錯乱を再開したのか。
どちらでもいい。
昨夜は、動いてくれた。
それで十分だ。
――現場は、信頼から始まる。
証明より先に、まず動いてもらう。
その積み重ねが、現場を作る。
俺は目を閉じた。
次の段取りを、頭の中で組み始めた。
農地。土塁。北側の結界補強。外の目印。
十日で、どこまでやれるか。
やれるところまで、やる。
それだけだ。
第14話 人間ではありません 了
【次回】
三日後、種と農具が届いた。
エルナが初めて、農地に全員を集めた。
「ここから始めます」
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【領地収支】
・所持金 :金貨78枚(-9枚)
・収入 :魔物素材換金 金貨4枚
・支出 :農業資材の手付け 金貨13枚(三日以内に残金支払い予定)
※報奨金 金貨100枚(王都より後日支払い予定)
【発展進捗 第3章開始】
・防衛 :83%(土塁構築着手・北側結界補強着手)
・食料 :12%(農地復活・責任者確定・資材調達手配済み)
・水 :50%(変化なし)
・住居 :40%(変化なし)
・インフラ:0%(変化なし)
今日の進捗:サヤの正体開示・協力関係の確立。農地責任者にエルナ就任。農業資材の調達開始。外周に人間の目印を発見(経過観察)。




