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 第13話 全部、動いた 

 現場の本番は、準備が終わった瞬間に来る。


 早すぎもしない。

 遅すぎもしない。


 ――現場とは、そういうものだ。

 夜明け前だった。


 サヤが来た。


 いつもより早い。

 空がまだ暗いうちに、林の縁に立っていた。


 ミルヴァが気づいて、俺を呼んだ。


 外に出ると、サヤはまっすぐこちらを見ていた。


「今夜です」


 俺は頷いた。


「南からも来ますか」


「はい。林の中から出てきます。

 私の管理範囲を通過してきます」


「止められませんか」


「一体一体なら止められます。

 ただし、数が多い。私一人では限界があります」


 俺は少し考えた。


「林の中での戦闘は避けたい。

 林の出口で受けたい」


「わかりました」


 サヤは頷いた。


「林の出口を、私が絞ります。

 一度に出てこられる数を減らします。

 ただし――」


「ただし?」


「指揮している存在が、林の奥にいます。

 今夜、初めて動く可能性があります」


──────────────────────────────────────


 全員を集めた。


「今夜、三方向から来ます。東・西・南」


 全員が黙った。


「南は林の出口から。サヤさんが出口を絞ってくれます。

 東と西は昨夜と同じ動きだと想定します」


「三方向を、六人で対応するのか」


 マユミが聞く。


「いいえ」


 俺は全員を見た。


「今日から、ゾルドさんとリクに手伝ってもらいます」


──────────────────────────────────────


 ゾルドを呼んだ。


 リクも一緒に来た。


「今夜、三方向から来ます。

 二人に頼みたいことがあります」


 ゾルドは腕を組んだ。


「戦えと言うのか」


「いいえ。戦わなくていいです」


 ゾルドが少し眉を上げた。


「堀に落ちた魔物を、上がってこないようにしてほしい。

 石を落とすだけでいい。

 それだけで、アーヴィンさんとマユミさんの負担が減ります」


「……それだけか」


「今夜は、それが一番重要な仕事です」


 ゾルドは少し黙った。


「リク」


「はい」


「やるか」


 リクは迷わなかった。


「やります」


──────────────────────────────────────


 午後、役割を確定させた。


 東:アーヴィン(正面)+ゾルド・リク(堀の上から石)

 西:マユミ(正面)+ミルヴァ(側面)

 南:コリン(結界で出口を補助)+リア(遠距離支援)

   サヤ(林の出口を絞る)

 中央:俺(全体把握)


「アーヴィンさん、昨夜の肩は」


「問題ない」


「無理はしないでください」


「問題ない」


 それ以上は言わなかった。


 アーヴィンがそう言うなら、そうなのだ。


「コリンさん、結界は昨夜より負担が大きくなります」


「分かっています。南側の出口付近に集中させます」


「リアさんは南側優先。東が崩れそうなときだけ切り替えを」


「はい」


「ミルヴァさん」


「分かった。西の側面と、南の異変を同時に見る」


「お願いします」


──────────────────────────────────────


 日が沈んだ。


 バルドが村人を全員、集会所と隣の建物に移した。


 ルナが入り口で立っていた。


「中に入っていてください」


「……うん」


 ルナは頷いた。


 ただ、入る前に振り返った。


「守ってね」


「守ります」


 ルナは中に入った。


──────────────────────────────────────


 夜が来た。


 リアの声。


「東から。グレイウルフ、数、三十以上」


 少し間を置いて、続けた。


「西からも接近。グレイウルフに加えて――シャドウリンクスを確認。数、二十以上」


 さらに、視線を南へ向ける。


「南は――林の中、未確認魔物反応。種類は不明。ただし群れ。数、十以上」


 三方向同時。


 《可視化》を最大まで広げた。


 仲間の色が、全員研ぎ澄まされている。


 迷いがない。


「全員、定位置へ」


──────────────────────────────────────


 東の群れが外堀に向かった。


 アーヴィンが正面で受ける。


 堀に飛び込もうとしたグレイウルフの群れに、ゾルドが石を落とした。


 重い音がした。


 一体が堀の底に沈んだ。


「もう一個」


 リクが石を転がした。


 また一体。


 ゾルドは無表情だった。


 石を落とす。

 鈍い音。


 骨が折れる音が、遅れて響く。


 堀の底で、まだ動く気配。


「まだだ。動いてる」


 さらに石を落とす。


 今度は、音が止まった。


 ――そのときだった。


 堀の中から、視線を感じた。


 落ちたはずの一体。


 まだ、生きている。


 こちらを見ている。


 目が合った。


 ゾルドの手が、一瞬止まった。


 冷たいものが、背中を走る。


 昔の光景が、よぎる。


 守れなかった夜。

 何もできなかった自分。


 また同じになる。


 ――そう思った瞬間。


「ゾルド!」


 リクの声だった。


 ゾルドは、息を吐いた。


 止まっていた手を、無理やり動かす。


 石を掴む。


 落とす。


 今度こそ、動きが止まった。


 ゾルドは何も言わなかった。


 今度は、手は止まらなかった。


──────────────────────────────────────


 西の群れは、昨夜より動きが読みやすかった。


 マユミがすでに、パターンを把握していた。


 緋閃の双刃が、闇の中で軌跡を描く。


 ミルヴァが側面から合わせる。


 二人の動きが、噛み合っていた。


 マユミが一歩踏み込む。


 その半歩外側に、ミルヴァが滑り込む。


 視線を合わせない。

 合図もない。


 だが、次の動きだけは、互いに分かっている。


──────────────────────────────────────


 南が動いた。


「来ます。林の出口から」


「種別、判別できるか」


「……判別できました」


 リアが短く息を吐く。


「ファングボア。突進型。装甲が厚い」


 土を踏み砕く音が、林の奥から響いた。


 重い。


 グレイウルフとは違う、質量の音だ。


「数は」


「三から五。ですが、連続して来ます」


 サヤが出口を絞っている。


 機能している。


「コリン、南の出口に結界を」


「展開します」


 光の膜が、林の出口付近を覆った。


 突進してきたファングボアが結界に当たり、勢いを削がれる。


 その瞬間――


「撃ちます」


 リアの声と同時に、火が走った。


 圧縮された炎が一直線に伸び、先頭の一体に直撃する。


 爆ぜる音。


 装甲の隙間から焼き切るように炎が侵入した。


 一体、沈む。


「次、来ます」


「同じ対応で」


 火と結界で、流れが固定された。


──────────────────────────────────────


 戦闘が続いた。


 三十分。

 四十分。


 東の群れが減ってきた。


 アーヴィンが押し返し始めた。


 そのとき、リアの声が変わった。


「南の林の奥が――動いています。

 大きい。魔物ではない気配です」


 指揮している存在だ。


 今夜、動いた。


「サヤさんに伝わりますか」


 ミルヴァが俺を見た。


「無理だ。林の中にいる」


 俺は《可視化》を林の奥に向けた。


 色が見えた。


 大きい。

 複雑だ。

 だが――


 揺れている。


 迷っている色だ。


 なぜ、迷っている。


──────────────────────────────────────


 次の瞬間、林の奥で光が走った。


 リアが叫んだ。


「サヤさんが、戦っています。林の中で」


「一人で?」


「はい。ただし――押されています」


 俺は一瞬、止まった。


 時間にして、ほんのわずか。


 だがその一瞬で、全部を見る。


 東。持つ。

 西。終わりかけている。

 南。維持できる。


 順番が決まる。


 林の中。


 ――空白だ。


 判断を分ける。


 足が、前に出る。


 怖い、と思う前に。


 次にやることが、決まっている。


 距離。人員。時間。


 足りないものと、足りているもの。


 並べる。


 選ぶ。


 それだけだ。


 俺は顔を上げた。


「マユミさん、西の残りを頼みます」


 間を置かない。


「アーヴィンさん、東が落ち着いたら南の出口に回ってください」


「了解した」


 短い返答。


 迷いはない。


「俺は林に入ります」


「ヒコ」


 マユミが振り返った。


「一人で行くな」


「ミルヴァさんを連れて行きます」


 言い終わる前に、ミルヴァが隣に立っていた。


「分かった」


 それだけで十分だった。


 俺は走った。


 後ろを確認しない。


 必要な人間は、もう動いている。


──────────────────────────────────────


 林の中は、暗かった。


 だが《可視化》があれば、色で分かる。


 サヤの色は、奥の方に見えた。


 揺れている。


 追い詰められている色だ。


 俺は走った。


 ミルヴァが音もなく並走した。


 奥へ。


 奥へ。


 木の密度が増した。


 そして、開けた場所に出た。


──────────────────────────────────────


 サヤが、大きな影と対峙していた。


 影は、人型だった。


 二メートルを超える。

 黒い霧のような輪郭。

 目だけが、赤く光っている。


 《可視化》を向けた。


 複雑な色だ。

 魔族の色に近い。


 だが――違う。


 色の中に、核がある。


 そして、その核を包むように、異質な霧が絡みついている。


 理解した。


 口に出す。


「……ミストカーン」


 霧核憑き。

 核がある。

 意思を持ち、群れを統率する個体。


 純粋な魔族ではない。

 だが、魔族に極めて近い。


 影がサヤに向けて腕を振った。


 サヤが弾き飛ばされた。


「サヤさん!」


サヤは木に激突したが、立ち上がった。


「来るな」


影が迫る。

サヤが受け止めるが、押し込まれる。


「分からない……あれは、どこを壊せばいい」


――決定打がない。


「来ました」


 一瞬の静止。


「……馬鹿だ」


「よく言われます」


──────────────────────────────────────


 ミルヴァが動いた。


 音もなく、影の背後に回った。


 影が振り返る。


 その瞬間に俺は《可視化》を最大まで絞った。


 見える。


 色の中に、核がある。


 胸の中心。

 そこだけ、色が違う。


「ミルヴァさん、中心です。胸の核を」


「見えない」


 影が動く。


 サヤが一瞬だけ止まった。


「……そこか」


「見えているのか……?」


「俺が指示します。三歩右、一歩前、そこです」


 ミルヴァが動いた。


 影が気づいた。


 振り返ろうとした。


 その瞬間、サヤが正面から動いた。


 影の注意を引きつけた。


 ミルヴァの手が、核の位置に届いた。


 光が走った。


 影が、崩れた。


 霧が、散った。


 静かになった。


 さっきまで確かにあった圧が、消えている。


 耳鳴りだけが、少し残った。


──────────────────────────────────────


 三人で、林の出口まで戻った。


 外では、戦闘が終わっていた。


 アーヴィンが東の最後の一体を仕留めたところだった。


 全員、無事だった。


──────────────────────────────────────


 サヤが、初めて深く息を吐いた。


「助かりました」


「お互い様です」


「……あなたは、核が見えたのですか」


「《可視化》です。色で見えました」


 サヤは少し黙った。


「やはり、あなたは特別なスキルを持っている」


「最弱スキルと言われています」


「……最弱ではないと思いますが」


「現場では、何でも使えるものが最強なので」


 サヤは少し、目を細めた。


 笑った、のかもしれない。


──────────────────────────────────────


 夜明けが近づいていた。


 東の空が、わずかに白み始めていた。


 全員で広場に集まった。


 誰も大きな声を出さなかった。


 ただ、立っていた。


 バルドが集会所の扉を開けた。


 村人が出てきた。


 ルナが走ってきた。


 俺の前で止まった。


「守った?」


「守りました」


 ルナは少し考えた。


 それから、小さく頷いた。


「うん」


 それだけだった。


 それで、十分だった。


──────────────────────────────────────


 全部、動いた。


 東と西と南。

 三方向同時。

 林の奥の指揮する存在。


 全部、対応した。


 誰も、死ななかった。


 ――段取りが、現場を守った。


 もう一つ、分かったことがある。


 林の奥の存在を倒した。


 だが、《可視化》で見えた色に、違和感があった。


 純粋な魔族ではなかった。


 ――ミストカーン。


 核と霧、二つの存在が混ざっていた。


 それが何なのか。


 まだ、分からない。


 俺は地図を見た。


 東の森。南の林。西の方角。


 点が、また増えた。


 ――次の段取りを、組まなければならない。



第2章 基盤整備 了

 第13話 全部、動いた 了

【次回】


 翌朝、サヤが初めて、自分のことを話した。


 「私は――人間ではありません」


──────────────────────────────────────


【領地収支】


・所持金 :金貨87枚(変動なし)

・収入  :魔物素材(大量・換金は後日・見込み金貨10枚相当)

・支出  :なし


※報奨金 金貨100枚(王都より後日支払い予定)


【発展進捗 第2フェーズ完了】


・防衛  :80%(三方向同時攻撃を撃退・林の奥の指揮者を討伐・防衛体制の実戦確認完了)

・食料  :10%(変化なし・明日から農地着手)

・水   :50%(変化なし)

・住居  :40%(避難民増加・手狭・住居整備が次の課題)

・インフラ:0%(変化なし)


 今日の進捗:三方向同時攻撃を撃退。林の奥の指揮する存在を討伐。サヤと共闘。ゾルド・リクが初めて防衛に参加。全員無事。第2章完結。

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