第12話 決戦前夜
現場に、余分な変数は要らない。
だが、現場は余分な変数を拒まない。
――予定外を、戦力に変える。それが現場だ。
夕暮れ時だった。
コリンが結界の展開テストを始めていた。
村の中心部を覆う、戦闘用の結界。
警報用より密度が高い。
薄く光る膜が、村の輪郭に沿って広がっていく。
《可視化》で確認した。
均一だ。
隙間がない。
コリンの集中力が、色に出ている。
そのとき、ミルヴァが走ってきた。
三度目だ。
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「西側の障害物が動いた」
「魔物ですか」
「違う。人だ。複数。……逃げてきている」
人が、西から来た。
ルナと同じ方角だ。
「何人ですか」
「四人。大人三人、子供一人。全員、消耗している」
「武装は」
「なし。逃げるだけで精一杯の状態」
――敵は数だけじゃない。情報と人の流れも使ってくる。
俺はコリンを見た。
「テストを一時停止できますか」
「できます。ただし、再展開に少し時間がかかります」
「構いません。保護を優先します」
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四人を村に入れた。
大人三人は、三十代から四十代。
男二人、女一人。
子供は八歳前後の男の子だった。
全員、土と血で汚れていた。
《可視化》を展開した。
色は、くすんでいる。
恐怖。疲労。混乱。
ただし、カインのときのような複雑な色はない。
純粋に、逃げてきた人間の色だ。
コリンがすぐに動いた。
声をかけながら、状態を確認していく。
子供の右腕に深い傷があった。
「これ、魔物ですか」
コリンが静かに聞いた。
「……シャドウリンクスです。逃げる途中で」
男の一人が答えた。
声が震えていた。
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話を聞いたのは、一時間後だった。
名前はドレン。四十代の男。
隣の区画の、さらに西の村から来たという。
「村が、三日前から魔物に囲まれ始めました。
昨夜、囲みが崩れた隙に逃げました」
「囲まれていた、というのは」
「村の外に出られなくなっていました。
食料が尽きかけていて――」
ドレンは言葉を切った。
「残った人は」
「……分かりません。逃げるとき、全員は動けなかった」
俺は少し間を置いた。
「今、あなた方は安全な場所にいます。
落ち着いてから、また話を聞かせてください」
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ミルヴァと話した。
「西の村が三日前から包囲されていた。
東の森の集結と時期が重なります」
「計画的に動いている」
「ええ。一点ではなく、複数地点を同時に動かしている」
「指揮している何かが、いる」
「サヤが言っていた通りです。
ただ、想定より規模が大きいかもしれない」
ミルヴァは少し考えた。
「西の村の包囲が昨夜崩れた理由が気になる」
「俺も同じことを考えていました。
こちらに戦力を集中させるために、包囲を解いた可能性がある」
「……逃げてきた人間を、こちらに流した」
「あるいは、逃げてきた人間の後を追ってくる」
ミルヴァの目が細くなった。
「追跡、か」
「可能性の一つです。今夜は西側の監視を強化してください」
「了解。ただし――」
「ただし?」
「今夜来るかもしれない。明日の夜を待たずに」
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全員を集めた。
「状況が変わりました。
西から逃げてきた人間がいます。
その背後に、追跡してくる群れがいる可能性があります。
今夜、来るかもしれない」
「予定より早い」
アーヴィンが短く言う。
「はい。ただし、準備は整っています。
南側外堀、完成済み。西側障害物、設置済み。
コリンさん、結界の切り替えを今夜に前倒しできますか」
「できます。テストは途中ですが、実戦で確認します」
「お願いします。ただし、無理はしないでください」
「大丈夫です。……たぶん」
コリンらしい答えだった。
「リアさんは上空索敵を継続。
異常があれば、すぐに全員に」
「はい」
「ミルヴァさんは西側の監視を」
「もうやってる」
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バルドを呼んだ。
「今夜、来るかもしれません。
村人の移動を、今すぐ始めてください」
「分かった」
バルドは迷わなかった。
三歩で動き始めた。
現場の人間だ。
ルナが集会所の隅で、新しく来た子供の隣に座っていた。
名前はまだ聞いていない。
ルナが何か言った。
子供が少しだけ顔を上げた。
言葉より先に、体が繋がっていた。
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夜半過ぎ。
リアの声が落ちてきた。
「来ます。西から。数は……三十以上。
東からも、動き始めました」
同時だ。
「コリンさん、結界展開」
「展開します」
薄い光が村を覆った。
《可視化》を絞る。
仲間の色が変わる。
集中。
迷いなし。
「アーヴィンさんは東。マユミさんは西。
リアさんは西側優先で支援を。東はアーヴィンさんが抑えます」
「了解した」
「行く」
「分かりました」
「ミルヴァさん、西の側面を」
「もういる」
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西側から来た群れは、障害物で速度が落ちた。
落ちた隙に、マユミが入った。
緋閃の双刃が、闇の中で赤く光る。
一体、二体、三体。
止まらない。
東側は、数が多かった。
アーヴィンが正面で受けた。
押される。
だが、外堀が機能した。
飛び越えようとした群れの半分が、堀に落ちた。
「リアさん、東側に一発」
「はい」
火属性の魔法が、東の群れの中心を貫いた。
群れが、一瞬止まった。
その隙に、アーヴィンが前に出た。
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一時間かかった。
昨夜の五分とは、違う。
数が多かった。
二方向からの同時攻撃だった。
それでも、終わった。
被害を確認した。
コリンが全員を見て回る。
「……全員、無事です。
ただし、アーヴィンさんの左肩に深めの傷があります」
「処置できますか」
「はい。今すぐ」
アーヴィンは何も言わなかった。
ただ、コリンの前に座った。
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夜明け前、バルドが来た。
酒は持っていなかった。
ただ、立っていた。
「……守ったな」
「今夜は、です」
「今夜は、で十分だ」
俺は少し考えた。
「バルドさん。明日から、農地の話をしましょう」
バルドが少し目を細めた。
「……魔物が来た翌朝に、農地の話か」
「防衛の目処が立ちました。
次は食料です。
段取り通りです」
バルドは少し黙った。
それから、短く笑った。
初めて見た笑顔だった。
「……あんたは、ぶれないな」
「現場がぶれると、人が死ぬので」
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現場は、変数を受け止めた。
予定外の人間が来た。
予定より早く敵が来た。
アーヴィンが傷を負った。
それでも、誰も死ななかった。
――段取りとは、変数を潰すことじゃない。
変数が来ても崩れない現場を作ることだ。
俺は地図を見た。
今夜の戦闘範囲を書き込んだ。
東と西。
二方向からの同時攻撃。
まだ、南からは来ていない。
《可視化》を林に向けた。
サヤの色が見えた。
今夜も、見ていた。
――明日の夜が、本番かもしれない。
期限まで、あと一日。
第12話 決戦前夜 了
【次回】
翌朝、サヤが来た。
いつもより早い時間に。
「今夜です。そして――南からも来ます。
林の中から」
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【領地収支】
・所持金 :金貨87枚(変動なし)
・収入 :魔物素材(追加分・換金は後日)
・支出 :なし
※報奨金 金貨100枚(王都より後日支払い予定)
【発展進捗 第2フェーズ】
・防衛 :65%(二方向同時攻撃を撃退・結界実戦稼働確認・外堀有効性再確認)
・食料 :10%(変化なし・明日から農地着手予定)
・水 :50%(変化なし)
・住居 :40%(避難者が増加・集会所が手狭)
・インフラ:0%(変化なし)
今日の進捗:西からの避難民四人を保護。予定前倒しで今夜の戦闘発生。東西同時攻撃を撃退。アーヴィン左肩に深めの傷。期限まであと一日。




