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 第11話 次が来る前に

 現場で最も危険な瞬間は、勝った直後だ。


 油断ではない。

 疲労でもない。


 ――「次がある」という事実を、忘れることだ。

 翌朝、女が林から出てきた。


 昨夜と同じ時間帯。

 昨夜と同じ足取り。


 ミルヴァが先に気づいていた。


「来た」


「一人ですか」


「一人。ただし急いでいる」


 急いでいる。


 昨日とは違う。


 俺は前に出た。


──────────────────────────────────────


 女の表情は、変わらなかった。


 だが、歩幅が広い。

 昨日より、わずかに速い。


 《可視化》を展開した。


 色が、読みにくい。

 相変わらず、意図的に錯乱されている。


 だが、その奥に何かが見えた。


 緊張、に近い色だ。


 この女が、緊張している。

 ――それ自体が、異常だった


「昨夜の戦闘を見ていましたね」


 俺が先に言った。


 女は少し止まった。


「見ていました」


「それで、今日来た」


「はい。お伝えしなければならないことが増えました」


──────────────────────────────────────


 集会所に入った。


 今日はミルヴァだけでなく、アーヴィンも同席させた。


 女は座り、静かに口を開いた。


「次の群れが来ます。規模は昨夜の倍以上です」


 倍以上。


 五十体を超える可能性がある。


「時期は」


「三日以内。おそらく、二日後の夜です」


「根拠は」


「東の森の奥に、集結地点があります。

 魔物の密度が上がっています。

 これまでの観察パターンから、二日後が最も可能性が高い」


 観察パターン。


 この女は、長期間にわたって記録を取っていた。


「方角は東だけですか」


「いいえ」


 女は俺を見た。


「南からも来ます。林の外縁部を通って、村の西側に回り込む動きが出ています」


 二方向。


 東と西。


 昨夜のシャドウリンクスが西側の影に潜んでいたのは、偵察だった可能性がある。


──────────────────────────────────────


 アーヴィンが口を開いた。


「その情報を、なぜ今日持ってきた」


 短く、鋭い。


 女は視線をアーヴィンに移した。


「昨夜の戦闘を見て、判断が変わりました」


「どう変わった」


「あなた方は、段取りで戦う。

 であれば、情報を早く渡す方が意味がある」


 アーヴィンは黙った。


 否定しなかった。


「もう一つ聞く」


 俺が続けた。


「魔物を指示している何かが、いますか」


 女は少し間を置いた。


「います。ただし、直接確認はできていません。

 行動パターンから、そう判断しています」


「林の中に?」


「おそらく、林の更に奥です。

 私が管理している範囲の、外側です」


 管理範囲の外側。


 十年間この林を管理してきた女が、踏み込めていない場所がある。


──────────────────────────────────────


 話を終えて、女が立ち上がった。


「今日はここまでです」


「一つだけ」


「はい」


「名前を教えてもらえますか。

 呼ぶのに困っています」


 女は少し止まった。


 それから、わずかに口角が動いた。


 笑った、のかもしれない。


「サヤ、と呼んでください」


「本名ですか」


「今は、それで十分です」


 そう言って、林へ戻っていった。


 今日は影の遅れが、昨日より小さかった。


 急いでいる証拠だ。


──────────────────────────────────────


 全員を集めた。


「状況を整理します。

 二日後の夜、東と西から同時に来る可能性があります。

 規模は昨夜の倍以上」


 全員が黙った。


「今日と明日で、できることをやります。

 優先順位を決めます」


 地図を広げた。


 一つ目。南側外堀の完成を急ぐ。

 二つ目。西側に簡易の障害物を設置する。

 三つ目。コリンの結界を戦闘用に切り替える。


「アーヴィンさん、西側の障害物の設置をお願いします。

 倒木と石で構いません。侵入コストを上げるだけでいい」


「了解した」


「マユミさんは南側の掘削を。

 リクと難民全員を連れて行ってください」


「分かった」


「リアさんは今日一日、東の森の観察を。

 群れの動きに変化があれば、すぐに」


「はい」


「コリンさん、結界の切り替えについて相談させてください」


「分かりました。今から聞きます」


「ミルヴァさん」


「もう動いてる」


──────────────────────────────────────


 コリンと話した。


「今の結界は警報用です。戦闘用に切り替えると何が変わりますか」


「密度が上がります。物理的な侵入を一定時間遅らせられます。

 ただし、範囲が狭くなります」


「どれくらい狭くなりますか」


「今の半分以下です。村の中心部だけを覆う形になります」


「村の外周は」


「カバーできません」


 つまり、外堀の外は結界で守れない。


「外堀の内側だけを守る、という判断でいいですか」


「それが現実的です」


「分かりました。二日後の夜から切り替えてください。

 それまでは警報用を維持して」


「はい。ただし、一つお願いがあります」


「何ですか」


「前の晩に、一度だけ戦闘用の展開テストをさせてください。

 本番前に確認しておきたい」


「明日の夜ですね」


「はい」


「了解です。お願いします」


──────────────────────────────────────


 午後、南側の外堀がほぼ完成した。


 マユミが戻ってきた。


「終わった。深さ二メートル、幅四メートル。南側全域」


「ありがとうございます。お疲れ様でした」


「リクが最後まで掘ってた。難民の連中も頑張った」


 俺は南側を見た。


 線が、完成している。


 昨日までは半分だった。


 今日、形になった。


 《可視化》で地面を確認した。


 深さは均一だ。

 幅も安定している。


 現場は、ちゃんとやっていた。


──────────────────────────────────────


 夕方、バルドが来た。


「西側の障害物、できた。アーヴィンの兄ちゃんが速い」


「ありがとうございます」


「……二日後、か」


「はい」


「昨夜より多いのか」


「倍以上の可能性があります」


 バルドは少し黙った。


「村人を、戦わせるつもりはあるか」


 俺は少し考えた。


「今の段階では、ありません。

 ただし、状況が変わる可能性はあります」


「正直に言う。戦える奴は、十人いない」


「分かっています」


「それでも、守れるのか」


 俺はバルドを見た。


「守ります。方法は違いますが」


「……方法が違う、とは」


「戦力ではなく、構造で守ります。

 外堀があります。障害物があります。結界があります。

 全部、侵入コストを上げるための仕掛けです。

 仕掛けがあれば、少ない人数でも時間が稼げます。

 時間が稼げれば、疲弊する前に片付けられます」


 バルドは少し黙った。


「……段取りか」


「ええ。段取りです」


 バルドは地面を見た。


 それから、顔を上げた。


「民に伝える。明後日の夜は、全員屋内で待機と」


「お願いします。

 それと、一番頑丈な建物に子供と年配の方を集めておいてほしい」


「分かった」


──────────────────────────────────────


 夜、ルナが隣に来た。


 いつものように、黙って座った。


「明後日、また来るの」


「来ると思います」


「怖い?」


 俺は少し考えた。


「怖くないと言えば嘘になります。

 ただ、準備があるので」


「準備があると、怖くなくなる?」


「怖さは変わりません。

 でも、動けます。

 怖くても動けるのが、準備の意味です」


 ルナは少し考えた。


「おとうさんも、そう言ってた気がする」


「どんなことを言っていましたか」


「怖いのは当たり前だって。

 怖くないやつは、危ないって」


 いい言葉だ。


「お父さんは、いい現場監督だったんだと思います」


 ルナの色が、揺れた。


 今日は、少しだけ温かい色が混じっていた。


──────────────────────────────────────


 次が来る前に、できることをやる。


 それだけだ。


 間に合わない部分は、間に合わない前提で動く。


 完璧な準備はない。


 ――ただし、やれることをやった現場は、簡単には崩れない。


 俺は地図を見た。


 南側外堀、完成。

 西側障害物、設置完了。

 東側閉鎖済み。

 北西結界、稼働中。


 あとは、二日後を待つだけだ。


 《可視化》を南の林に向けた。


 サヤの色が、薄く見えた。


 林の奥で、何かをしている。


 準備をしている色だ。


 ――準備しているのは、俺たちだけじゃない。


 期限まで、あと二日。



 第11話 次が来る前に 了

【次回】


 明日、コリンが結界の展開テストを行う。


 テスト中に、西側の障害物が動いた。


 ミルヴァが言った。


 「人だ。魔物じゃない。……逃げてきた人間が、複数いる」


──────────────────────────────────────


【領地収支】


・所持金 :金貨87枚(変動なし)

・収入  :魔物素材(換金は後日・見込み金貨3枚相当)

・支出  :なし


※報奨金 金貨100枚(王都より後日支払い予定)


【発展進捗 第2フェーズ】


・防衛  :55%(南側外堀完成・西側障害物設置・結界切替準備完了)

・食料  :10%(変化なし・農地整備は防衛完了後)

・水   :50%(変化なし)

・住居  :40%(変化なし)

・インフラ:0%(変化なし)


 今日の進捗:サヤから次の攻撃情報を入手。南側外堀完成。西側障害物設置。二日後の決戦に向けて準備完了。期限まであと二日。

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