第10話 段取りが、現場を守る
準備とは、最悪を想定することじゃない。
――最悪が来たとき、現場を止めないためのものだ。
――それだけで、現場の生存率が変わる。
昼過ぎだった。
頭上からリアの声が降り注いだ。
「動き始めました。東の森から。数は二十五以上」
俺は鍬を置いた。
二十五以上。
想定より多い。
だが、想定外ではない。
「全員、作業を止めてください。
村人と難民は、建物の中へ。
子供は一番奥の部屋に」
バルドが大きな声で指示を出した。
村人が動いた。
混乱はなかった。
三日間、伝えてきた。
こうなった時はこうする、と。
段取りは、この瞬間のためにある。
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全員が定位置についた。
アーヴィン、東の入口。
マユミ、南の外堀沿い。
リア、上空索敵と遠距離支援。
コリン、結界の維持と回復待機。
ミルヴァ、全体の側面。
俺は、中央。全体を見る。
「リアさん、種類は分かりますか」
「グレイウルフが中心です。ただし、大型種が三体混じっています。
シャドウリンクスも確認。数は五体前後」
グレイウルフは前編でも相手にした。
問題は、グレイウルフ・アルファとシャドウリンクスだ。
シャドウリンクスは影に潜む。
暗くなると、見えにくくなる。
「まだ日がある。今のうちに大型を先に潰します。
シャドウリンクスは、リアさんの索敵に頼ります。
コリンさん、結界は維持しながら、位置情報をリアさんと共有してください」
「はい」
返事が揃った。
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東の外堀まで、まだ完成していない。
幅は一メートル。深さは一メートル。
それでも、ないよりはいい。
最初の群れが見えた。
グレイウルフが十二体。
一塊で来ていない。
横に広がって、包囲しようとしている。
賢い動きだ。
――指示している何かがいる。
「リアさん、後方にグレイウルフ・アルファはいますか」
「います。三体とも、まだ森の縁にいます。
前衛が消耗させてから、後から来る動きです」
戦術を持っている。
「マユミさん、南側に来ようとしている群れの数は」
「七体。外堀の手前で止まっている」
「そのまま待機してください。堀を越えようとした瞬間に」
「分かった」
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東の群れがアーヴィンに向かった。
アーヴィンは動かなかった。
来るのを、待っている。
最初の一体が飛びかかった瞬間、剣が動いた。
一閃。
音もなく、倒れた。
残りが止まった。
アーヴィンの色が、深い青に研ぎ澄まされている。
迷いがない。
群れが、動揺した。
その隙に、リアの魔法が飛んだ。
「東、三体」
短く言って、次の照準を定めた。
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南の群れが動いた。
外堀を飛び越えようとした七体のうち、三体が堀に落ちた。
幅四メートル。
跳躍力の限界だった。
マユミが残りの四体に向かった。
緋閃の双刃が光る。
四体が、二十秒で片付いた。
「南、完了」
声が弾んでいた。
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前衛の群れが半分になったとき、大型が動いた。
「来ます。東から。グレイウルフ・アルファ、二体」
リアの声。
「アーヴィンさん、一体お願いします。
マユミさん、東に回ってください」
「了解した」
「行く」
グレイウルフ・アルファは、通常のグレイウルフの倍近い大きさだった。
アーヴィンが正面から受けた。
《沈黙の長剣》が、グレイウルフ・アルファの突進を受け止めた。
押される。
だが、足が動かない。
アーヴィンの足元の土が、抉れた。
それだけだった。
次の瞬間、剣が角度を変えた。
グレイウルフ・アルファが、横に倒れた。
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もう一体のグレイウルフ・アルファは、マユミが迎えた。
正面からではない。
斜めに入った。
緋閃の双刃がグレイウルフ・アルファの横を抜けた。
大型が回転しようとした。
その瞬間、双刃が戻ってきた。
終わった。
「二体、完了」
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残りは、シャドウリンクスだ。
「ミルヴァさん、位置は」
「北側の影。二体。動いていない」
「待っています?」
「見ている。暗くなるのを待っているかもしれない」
日が傾いてきた。
時間があまりない。
「リアさん、北側を照らせますか」
「火属性で。ただし、広範囲は難しいです」
「点で構いません。ミルヴァさんが指定した場所だけ」
「了解です」
ミルヴァが位置を伝えた。
リアの魔法が、影を焼いた。
シャドウリンクスが飛び出した。
影から切り離された瞬間、動きが鈍くなる。
ミルヴァがすでに動いていた。
二体が、地面に落ちた。
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最後のグレイウルフ・アルファ一体が、正面から来た。
残りの群れを盾にするように。
周囲のグレイウルフが、三体残っていた。
「リアさん、周囲の三体を先に」
「はい」
魔法が三体を止めた。
グレイウルフ・アルファが、一対一になった。
アーヴィンが前に出た。
マユミが横についた。
「俺が引く。マユミさんが抜いてください」
「分かった」
アーヴィンが正面から圧をかけた。
大型がアーヴィンに集中した。
その瞬間、マユミの双刃が横から入った。
大型が倒れた。
静かになった。
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被害を確認した。
コリンが全員を見て回った。
「全員、無事です。
アーヴィンさんの左腕に擦り傷。マユミさんの右手に軽い切り傷。
どちらも、処置します」
「お願いします」
俺は東を見た。
森の縁に、動くものはない。
今夜はこれで終わりだ。
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バルドが広場に出てきた。
建物の中から、村人も少しずつ出てきた。
誰も声を上げなかった。
ただ、見ていた。
ゾルドが、俺の隣に来た。
「……終わったのか」
「今夜は終わりです」
「怪我人は」
「軽い傷が二人。命に関わるものはありません」
ゾルドは少し間を置いた。
「段取り通りに動いたのか」
「ほぼ、です。想定より大型が遅かったので、少し楽でした」
「想定していたのか」
「はい。だから、リアさんに後方確認を頼んでいました」
ゾルドは黙った。
それから、短く言った。
「……そういうことか」
何が、そういうことか。
詳しくは言わなかった。
でも、色が変わっていた。
くすんだ赤橙の中に、落ち着いた芯が見えた。
信頼とは、まだ言えない。
だが、納得の色だった。
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夜、ルナが広場に出てきた。
戦闘の後片付けをしているリクを見て、近づいた。
何か言った。
リクが頷いた。
ルナが、倒れた魔物から離れた場所で、小石を片付け始めた。
できることをやっている。
現場というのは、そういう場所だ。
誰かが必ず、できることを見つける。
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段取りが、現場を守った。
戦闘力ではなく。
装備でもなく。
誰が何をするかを、事前に決めていたから。
それだけで、誰も死ななかった。
――これが、俺の現場だ。
俺は地図を見た。
今日の戦闘で分かったこと。
大型を後方に置く戦術。
シャドウリンクスの連携。
これは、魔物の本能ではない。
指示している何かが、いる。
《可視化》を南の林に向けた。
林の奥に、薄く色が見えた。
女の色だ。
見ている。
――最初から、最後まで。
期限まで、あと四日。
第10話 段取りが、現場を守る 了
【次回】
翌朝、女が再び林から出てきた。
今度は、情報を持っていた。
「次は、もっと多い。そして、東だけではありません」
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【領地収支】
・所持金 :金貨87枚(変動なし)
・収入 :魔物素材(グレイウルフ×22・大型グレイウルフ×3・シャドウリンクス×2)換金は後日
・支出 :なし
※報奨金 金貨100枚(王都より後日支払い予定)
【発展進捗 第2フェーズ】
・防衛 :40%(初の大規模戦闘・段取り通りに機能・外堀の有効性を確認)
・食料 :10%(変化なし)
・水 :50%(変化なし)
・住居 :40%(変化なし)
・インフラ:0%(変化なし)
今日の進捗:魔物二十五体以上を撃退。全員無事。外堀が実戦で機能。魔物に戦術があることを確認。林の女が観察していたことを把握。期限まであと四日。




