第9話 西から来た者
結界は、嘘をつかない。
反応があれば、何かがいる。
――問題は、それが何かだ。
夜明け前だった。
コリンが集会所の扉を叩いた。
「ヒコさん。西の結界が反応しています」
俺はすぐに起きた。
「大きさは」
「小さいです。魔物一体分より、ずっと小さい」
「動いていますか」
「ゆっくり。こちらに向かっています」
急いでいない。
魔物なら、もっと速い。
逃げているなら、もっと不規則だ。
「ミルヴァさんを起こしてください。俺も行きます」
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西の結界ラインまで、村から歩いて五分だった。
ミルヴァが先行した。
俺は《可視化》を展開しながら、後ろからついていく。
何かが、いる。
色は――薄い。
怯えている。
ただし、小さな怯えだ。
子供の色に近い。――軽い
ミルヴァが手を上げた。止まれ、の合図だ。
茂みの向こうに、何かが蹲っている。
「出てきてください。攻撃しません」
ミルヴァが低く言った。
しばらく、何も動かなかった。
それから、茂みがゆっくりと揺れた。
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子供だった。
十歳前後の女の子。
土だらけの服。裸足。
右手に、小さな荷物を抱えている。
目が大きい。
泣いた跡がある。
でも今は、泣いていない。
俺を見て、動かなくなった。
「大丈夫です。敵じゃありません」
女の子は黙っていた。
「名前を教えてもらえますか」
「……ルナ」
小さな声だった。
「ルナさん、一人で来たのですか」
頷く。
「どこから来たのですか」
西を指さした。
「歩いてきたのですか」
また頷く。
裸足の足に、傷がある。
相当な距離を歩いてきた。
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コリンがルナの足を手当てした。
ルナは最初、手を払おうとした。
コリンが穏やかに言った。
「痛くないようにします。少しだけ」
ルナは観念したように、足を差し出した。
マユミが水を持ってきた。
ルナは一口飲んで、それから一気に飲んだ。
相当、喉が渇いていた。
俺はルナの隣に、少し離れて座った。
急かさない。
しばらく待った。
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ルナが口を開いたのは、水を飲み終えてからだった。
「おとうさんが、ここへ行けって言った」
「お父さんは、今どこにいますか」
「……分からない」
色が沈んだ。
でも、崩れなかった。
「別れたのですか」
「魔物が来て。おとうさんが、自分が囮になると言って。
ルナは走れって。走ったら、声が聞こえなくなった」
静かに言った。
泣かなかった。
泣き疲れたのかもしれない。
あるいは、泣く余裕もなかったのかもしれない。
「お父さんは、なぜここへ行けと言ったのですか」
「領主様がいるって、聞いたから」
「誰から聞きましたか」
「旅の人。三日前に、村に来た人が言ってた。
南に行けば、新しい領主がいるって」
俺はミルヴァを見た。
ミルヴァが小さく頷いた。
誰かが、意図して情報を流している。
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ルナを村の年配女性に預けた後、ミルヴァと話した。
「旅の人が情報を流した」
「わざとだと思う」
「ええ。ただし、方向性が二つある」
「こちらに人を集めるため」
「もしくは、俺たちの位置を知らせるため」
ミルヴァは少し考えた。
「両方、かもしれない」
「同じことを考えていました」
「対処は」
「今は変えません。来た人を受け入れる方針は続けます。
ただし、ミルヴァさんには全員の動向を掌握してもらいたい」
「了解。ただし、一つ言う」
「はい」
「人が増えると、管理できなくなる。
いつまでも全員を動向を掌握することはできない」
「分かっています。だから、早く現場を固める必要がある」
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午前中、掘削を続けた。
ルナが、集会所の窓から作業を見ていた。
じっと見ている。
昼過ぎ、外に出てきた。
リクの隣に立って、何か言った。
リクが少し驚いた顔をして、それから頷いた。
ルナが鍬を持った。
小さすぎて、土に届かない。
リクが石を一つ持ってきて、ルナの足元に置いた。
ルナが乗った。
鍬が、土に届いた。
力は弱い。
でも、動いた。
俺は何も言わなかった。
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夕方、バルドが来た。
「子供が一人増えたな」
「はい」
「親は」
「行方不明です。生きている可能性はあります」
バルドは少し黙った。
「……あの子、一晩で何キロ歩いた」
「足の傷から見ると、十数キロ以上だと思います」
「裸足で」
「はい」
バルドは腕を組んだ。
「強い子だ」
「そうですね」
「親も、強い人間だったんだろうな」
俺は頷いた。
「ルナさんが守られてきた証拠が、足の傷に出ていました。
一番深い傷は、かばった跡に見えます。
転んだのではなく、庇って受けた傷です」
バルドは何も言わなかった。
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夜、ルナが俺の隣に来た。
何も言わずに、隣に座った。
しばらく黙っていた。
「領主様って、強いの」
「強くはないです」
「でも、みんながついてきてる」
「ついてきてもらっているのは、強いからじゃないと思います」
「じゃあなんで」
俺は少し考えた。
「段取りを作っているからじゃないですかね」
「だんどり?」
「順番を決めること、です。
何を先にやって、何を後にするか。
それが決まっていると、人は動けます」
ルナは少し考えた。
「おとうさんも、そういうことを言ってた」
「どんなことを言っていましたか」
「まず逃げろ、って。俺が囮をやる、って。
順番を決めてた」
「……お父さんは、いい段取りを作った人だと思います」
ルナは黙った。
色が揺れた。
崩れなかった。
強い子だ、とバルドが言っていた。
その通りだと思った。
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現場には、予定外のことが起きる。
ルナが来たことは、予定外だった。
だが、現場は受け止める。
受け止めて、続ける。
――それが、死なない現場の条件だ。
俺は地図を見た。
今日の進捗。明日の工程。
《可視化》を広げた。
南の林。東の森。
今夜は、静かだった。
期限まで、あと五日。
焦らない。
でも、止まらない。
第9話 西から来た者 了
【次回】
掘削四日目。南側の外堀が、半分を超えた。
そのとき、東の森から音が聞こえた。
リアが言った。
「動き始めました。数は、昨日より増えています」
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【領地収支】
・所持金 :金貨87枚(変動なし)
・収入 :なし
・支出 :なし
※報奨金 金貨100枚(王都より後日支払い予定)
【発展進捗 第2フェーズ】
・防衛 :35%(南側外堀半分近くまで進捗・東閉鎖済み・北西結界稼働中)
・食料 :10%(変化なし)
・水 :50%(変化なし)
・住居 :40%(変化なし)
・インフラ:0%(変化なし)
今日の進捗:ルナを保護。西からの情報流通ルートを確認。掘削継続。期限まであと五日。




