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 第6話 正しい不満

 現場で一番扱いにくいのは、間違った意見じゃない。


 ――正くて、否定できない不満だ。


 反論できない。

 だから、向き合うしかない。

 朝、村の広場に人を集めた。


 村人が二十人ほど。

 難民の五人。

 そして、バルド。


 全員が立ったまま、こちらを見ていた。


 俺は真ん中に立った。


「昨日、隣の区画から難民が来ました。

 今後の扱いについて、皆さんと話したいと思います」


 沈黙。

 誰も視線を逸らさない。

 空気が、重い。


「まず聞かせてください。不満がある方は、言ってください」


 すぐに声が上がった。


──────────────────────────────────────


 声を上げたのは、四十代の男だった。


 がっしりした体格。

 日焼けした顔。

 腕を組んで、こちらを見ていた。


 ゾルド。


 《可視化》で色を確認した。


 暗い赤に近い橙。

 怒り、ではない。

 くすんでいる。


 ――積み重なった不満だ。


 少し間を置いてから、ゾルドが口を開いた。


「うちらだって、余裕はない。

 食料は足りない。家も狭い。

 それなのに、余所者を入れるのか」


 声は荒くなかった。

 だからこそ、重かった。


「ゾルドさん、ですね」


「そうだ」


「おっしゃる通りです」


 ゾルドが少し黙った。


 反論を予想していたのかもしれない。


「食料は足りていない。それは事実です。

 難民を受け入れれば、さらに減る。それも事実です」


「なら――」


「ただ、もう一つ事実があります」


 俺は全員を見た。


「隣の村が昨夜、やられました。

 魔物の数は十以上。

 同じことが、この村にも起きる可能性があります」


 静かになった。


「難民を追い返すことはできます。

 でも、追い返した五人が向かう先はどこですか。

 別の場所に行けるほど、この周辺に安全な場所はありません」


 正しい不満だ。


 だから、切り捨てない。


──────────────────────────────────────


 ゾルドは黙っていた。


 俺は続けた。


「受け入れる代わりに、難民の皆さんにも働いてもらいます。

 掘削の人手が足りていない。農地の整備も必要です。

 食料は共有しますが、労働も共有です」


「……それは、あちらが同意するのか」


 ゾルドがカインを見た。


 カインは立ち上がった。


「やります。当然です」


 迷いのない声だった。


 昨夜とは違う色をしている。


 ――腹を決めた色だ。


「子供たちは?」


 ゾルドが言う。


「できる仕事をしてもらいます。水汲みでも、見張りの補助でも」


「……分かった」


 ゾルドは短く言って、腕を解いた。


 納得したわけではないかもしれない。

 だが、筋は通ったと判断した。


 そういう人間だ。


──────────────────────────────────────


 話し合いが終わった後、ゾルドが近づいてきた。


「一つだけ聞く」


「どうぞ」


「あんたは、いつまでここにいる」


 俺は少し考えた。


「長くいるつもりです」


「前の領主は来なかった」


「知っています」


「その前も来なかった」


「知っています」


 ゾルドは俺を見た。


 色が揺れている。

 怒りではない。


 ――傷に近い色だ。


「俺たちは何度も、誰かに期待して、捨てられた。

 だから信用しない。

 それだけだ」


「分かりました」


「……分かった、だけか」


「言葉より先に、現場を見てください。

 毎日、少しずつ変わっていきます」


 ゾルドは何も言わなかった。


 ただ、背を向けて歩いていった。


 くすんだ色は、変わらなかった。


 ――今は、それでいい。


──────────────────────────────────────


 午後、掘削が再開した。


 村人に、難民が加わった。


 最初はぎこちなかった。

 隣り合って立っても、言葉を交わさない。


 一時間ほどで、少しずつ変わり始めた。


 鍬のリズムが合ってくる。

 合ってくると、自然に呼吸が揃う。


 リクが難民の若い男に何かを言った。

 相手が短く答えた。


 会話ではない。

 でも、声が出た。


 現場というのは、そういう場所だ。

 言葉より先に、体が繋がる。


──────────────────────────────────────


 夕方、バルドが短く言った。


「うまくやったな」


「ゾルドさんが筋の通った人で助かりました」


「あいつは、損な性格をしている」


「そうですか」


「正しいことしか言わない。

 だから誰にも反論できない。

 だから孤立する」


 俺はバルドを見た。


「そういう人間は、現場では重要です」


「……どういうことだ」


「耳が痛いことを言ってくれる人がいないと、現場は腐ります。

 ゾルドさんは、この村の現場感覚だと思います」


 バルドは少し黙った。


「……そんな風に見たことは、なかった」


「俺には、まだ見えていないことがたくさんあります。

 バルドさんに教えてもらいながらやります」


──────────────────────────────────────


 夜。


 カインが、また近づいてきた。


「今日は、ありがとうございました」


「難民の皆さんが、きちんと動いてくれたからです」


「……あの、一つだけ」


「はい」


「隣の村が魔物に襲われる前に、変なことがありました」


 俺は顔を上げた。


「村の周辺で、見慣れない人間を見たという話が出ていました。

 旅人ではない。

 何かを調べているような動きだったと」


「いつ頃の話ですか」


「十日ほど前です」


 十日前。


 俺たちが王都を出発したのが五日前。

 この領地に着いたのが三日前。


 誰かが、俺たちが来る前から動いていた。


「その人間を見た村人は、今どこにいますか」


「……逃げられなかった方です」


 カインの色が、沈んだ。


 だが、完全には沈みきっていない。


「そうですか。教えてくれてありがとうございます」


 カインは頷き、離れていった。


 崩せば、何かが出る。

 だが今は、その時ではない。


 俺はミルヴァを呼んだ。


「聞いていましたか」


「聞いてた」


「どう見ますか」


「カインが本当のことを言っているなら、相手は俺たちの到着を事前に知っていた可能性がある」


「ええ」


「……厄介だな。先に手を打たれている」


「はい。ただ」


 俺は南の方角を見た。


「動きが早まるかもしれません。

 それは、こちらも同じです」


──────────────────────────────────────


 正しい不満は、向き合えば力になる。


 扱い方を間違えなければ、だが。


 逃げれば、火になる。


 ゾルドは正しいことを言った。

 だから向き合った。


 カインは何かを隠している。

 だが、今日は本当のことも言った。


 人間は、単純じゃない。


 ――だから、現場は面白い。


 面倒で、厄介で、それでも目を離せない。


 俺は地図に、隣の区画の情報を書き加えた。


 十日前から、誰かが動いていた。


 《可視化》を広げる。


 南の林から、今夜も何も来なかった。


 ――来る必要が、まだないのかもしれない。

 こちらが、整うまでは。


 だとすれば、来る必要が生まれたとき。


 それが、本当の始まりだ。



 第6話 正しい不満 了

【次回】


 掘削三日目。外堀の第一区画が形になり始めた。


 そのとき、ミルヴァが戻ってきた。


 「南の林から、人が出てきた。一人。こちらに向かっている」


──────────────────────────────────────


【領地収支】


・所持金 :金貨87枚(変動なし)

・収入  :なし

・支出  :難民五人分の食事(村の備蓄から。銀貨3枚相当)

・所持金 :金貨87枚(備蓄から拠出のため所持金変動なし・後日記録整理予定)


※報奨金 金貨100枚(王都より後日支払い予定)


【発展進捗 第1フェーズ】


・防衛  :15%(外堀第一区画掘削継続・難民加わり人手増)

・食料  :10%(難民受け入れで備蓄減少・農地整備急務)

・水   :50%(井戸安全確保済み)

・住居  :40%(難民は集会所に仮住まい)

・インフラ:0%(下水なし・道整備なし)


 今日の進捗:村人と難民の話し合い完了。ゾルド初登場・対話成立。カインから重要情報入手。掘削に難民が合流。

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