第5話 難民が来た
現場に余裕がないとき、追加の問題が来る。
――しかも、重なるようにくる。
だから段取りは、余白を作っておかなければならない。
朝、外堀の掘削が始まった。
コリンが昨日確認した南側の掘削適地。
俺とアーヴィン、バルドが連れてきた村人四人。
鍬を入れると、土は素直に掘れた。
柔らかい。
水はけも悪くない。
コリンの見立ては正確だった。
村人たちは最初、黙って手を動かしていた。
領主が鍬を持って隣に立っている。
それが、どういうことか。
まだ決めかねている目をしていた。
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一時間ほど掘ったとき、リクが近づいてきた。
「……俺も、やる」
短く言った。
「ありがとうございます。あちらの列に入ってください」
リクは頷き、鍬を受け取った。
最初は力任せだった。
二十分もすると、隣の村人のリズムに合わせ始めた。
飲み込みが早い。
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昼前だった。
ミルヴァが走ってきた。
ミルヴァが走ることは、ほとんどない。
「ヒコ」
「何がありましたか」
「難民。村の入口に来ている。五人。うち子供が二人」
俺は鍬を置いた。
「状態は」
「全員歩ける。ただし消耗している。一人、足を引きずっている」
「何があったか聞きましたか」
「隣の村が、やられたと言っている」
やられた。
「魔物ですか」
「そう言っている。ただ――」
ミルヴァは少し間を置いた。
「話が、合わない。……細かいところが」
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難民は五人だった。
三十代の男と女。
年配の女。
そして子供が二人、七歳前後に見えた。
全員、土と血で汚れていた。
誰も、後ろを振り返ろうとしなかった。
追われているからではない。
振り返る余裕が、残っていないだけだ。
――何かを“置いてきた”人間の目だった。
俺は《可視化》を展開した。
色は、くすんでいる。
恐怖。疲労。混乱。
嘘をついている色ではない。
ただ――男の色だけが、少し違った。
怯えの中に、何かが混ざっている。
焦り、ではない。
怯えとは別の“意図”が混ざっている。
「名前を教えてください」
男が答えた。
「カイン。隣の区画の者です。村が――昨夜、魔物に」
声が震えていた。
だが、視線だけは揺れていなかった。
一度も、井戸の方を見ていない。
「落ち着いてください。今、安全なところに案内します。
話は、休んでからでいいです」
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コリンが五人を診た。
足を引きずっていたのはカインだった。
右足に浅い切り傷。魔物の爪ではなく、岩で擦ったような傷だ。
コリンは何も言わずに手当てをした。
子供二人には、マユミが水を持っていった。
マユミは普段、子供への接し方が不器用だ。
それでも、黙って水を差し出した。
子供のひとりが、おそるおそる受け取った。
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午後、カインから話を聞いた。
ミルヴァも同席した。
「昨夜、村に魔物が来ました。数は……十以上だったと思います。
皆、逃げました。村長は――逃げられなかった」
「あなたたちはどうやって逃げましたか」
「東の道を。暗くて、よく見えなかった。
気づいたら、ここへ向かっていました」
「東の道、というのは」
「村から東に出て、森を抜けると、この領地に続く道があります。
昔からある道です」
俺はミルヴァを見た。
ミルヴァが静かに頷いた。
昨日確認した、人工的に整備された道とは別の道だ。
だが、東という方角は一致する。
「その道を、これまでも使っていましたか」
「いえ。昨夜が初めてです。ただ、道があることは知っていました」
「誰から聞きましたか」
カインは少し間を置いた。
「……村の古老から、です」
色が、わずかに揺れた。
嘘ではない。
だが、全部ではないかもしれない。
今は問い詰めない。
崩せば、何かが出る。
だが今は、その順番じゃない。
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カインたちの話を終えてから、ミルヴァと話した。
「どう見ますか」
「本物の難民だと思う。逃げてきたのは本当」
「ただし」
「カインの話に、抜けがある。道のことを誰かから聞いた。それが古老かどうか、怪しい」
「同じことを感じました」
「問い詰めるか」
「今はいいです。ただ、目は離さないでください」
「了解」
ミルヴァは短く言って、立ち上がった。
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バルドを呼んだ。
「難民の受け入れについて、意見を聞かせてください」
バルドは腕を組んだ。
「……どう思う、と聞くのか」
「バルドさんが知っている村の事情がある。俺には見えていない部分がある」
バルドは少し考えた。
「隣の区画の連中とは、仲が悪いわけじゃない。
ただ、今の村に余裕があるかといえば――ない」
「受け入れることで、村人の不満が出る可能性がありますか」
「出る。食料が足りないと感じている奴がいる。
一人増えれば、一日分が減る。
それが五人だ。
そこに余所者が来れば、誰かが言う」
「分かりました」
受け入れる、と即決はしない。
切る判断より、残す判断の方が難しい。
だが、追い返すことも選択肢にない。
「今夜は集会所を使わせてください。明日、村人も含めて話し合いをしたいと思います」
「話し合い?」
「俺が決めることもできます。ただ、長く続く話は、みんなが納得している方がいい」
バルドは黙った。
それから、短く言った。
「……段取りか」
「ええ。段取りです」
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夜、子供たちが眠った後。
カインが俺に近づいてきた。
「フォルティス様」
「ヒコでいいです」
「……ヒコさん。一つだけ、聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「この村に、長くいるつもりですか」
逃げ道を探している質問ではない。
“どこまで粘るか”を測る問いだ。
俺は少し考えてから答えた。
「いるつもりです」
「逃げませんか」
「逃げません」
カインは、しばらく俺を見た。
色が揺れている。
複雑な色だ。
何かを、測っている。
「……そうですか」
それだけ言って、離れていった。
何を測っていたのかは、分からない。
――だが、分かる日が来る気がした。
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現場に余裕がないとき、追加の問題が来る。
だから余白を作る。
余白があれば、新しい問題を受け止められる。
受け止めた問題を、一つずつ処理する。
それが、現場を死なせない唯一の方法だ。
――段取りとは、余白を作る技術のことだ。
俺は地図に、隣の区画の位置を書き加えた。
東の道が、また一本増えた。
問題も、一つ増えた。
《可視化》を薄く広げる。
南の林から、何も来なかった。
――来なかった、だけだ。
来る必要が、まだないのかもしれない。
あるいは、もう中に入っているのか。
第5話 難民が来た 了
【次回】
翌朝、村人と難民を集めた話し合いが始まった。
予想通り、反対意見が出た。
それを言ったのは、ヒコが最も警戒していた人物だった。
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【領地収支】
・所持金 :金貨87枚(変動なし)
・収入 :なし
・支出 :なし(難民の食事・集会所使用:村の備蓄から一時的に拠出、後日補填予定)
※報奨金 金貨100枚(王都より後日支払い予定)
【発展進捗 第1フェーズ】
・防衛 :10%(外堀掘削着工・南側第一区画に着手)
・食料 :15%(難民受け入れで備蓄がさらに減少・農地整備急務)
・水 :50%(井戸の罠解除済み・安全確保)
・住居 :40%(建物は存在・修繕が必要・難民の居場所が課題)
・インフラ:0%(下水なし・道整備なし)
今日の進捗:外堀掘削着工。難民五人を保護。カインの不審な色を確認。明日、村人との話し合いを設定。




