表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

148/203

 第5話 難民が来た

 現場に余裕がないとき、追加の問題が来る。


 ――しかも、重なるようにくる。


 だから段取りは、余白を作っておかなければならない。

 朝、外堀の掘削が始まった。


 コリンが昨日確認した南側の掘削適地。

 俺とアーヴィン、バルドが連れてきた村人四人。


 鍬を入れると、土は素直に掘れた。


 柔らかい。

 水はけも悪くない。

 コリンの見立ては正確だった。


 村人たちは最初、黙って手を動かしていた。


 領主が鍬を持って隣に立っている。

 それが、どういうことか。


 まだ決めかねている目をしていた。


──────────────────────────────────────


 一時間ほど掘ったとき、リクが近づいてきた。


「……俺も、やる」


 短く言った。


「ありがとうございます。あちらの列に入ってください」


 リクは頷き、鍬を受け取った。


 最初は力任せだった。

 二十分もすると、隣の村人のリズムに合わせ始めた。


 飲み込みが早い。


──────────────────────────────────────


 昼前だった。


 ミルヴァが走ってきた。


 ミルヴァが走ることは、ほとんどない。


「ヒコ」


「何がありましたか」


「難民。村の入口に来ている。五人。うち子供が二人」


 俺は鍬を置いた。


「状態は」


「全員歩ける。ただし消耗している。一人、足を引きずっている」


「何があったか聞きましたか」


「隣の村が、やられたと言っている」


 やられた。


「魔物ですか」


「そう言っている。ただ――」


 ミルヴァは少し間を置いた。


「話が、合わない。……細かいところが」


──────────────────────────────────────


 難民は五人だった。


 三十代の男と女。

 年配の女。

 そして子供が二人、七歳前後に見えた。


 全員、土と血で汚れていた。


 誰も、後ろを振り返ろうとしなかった。


 追われているからではない。

 振り返る余裕が、残っていないだけだ。


 ――何かを“置いてきた”人間の目だった。


 俺は《可視化》を展開した。


 色は、くすんでいる。

 恐怖。疲労。混乱。


 嘘をついている色ではない。


 ただ――男の色だけが、少し違った。


 怯えの中に、何かが混ざっている。

 焦り、ではない。


 怯えとは別の“意図”が混ざっている。


「名前を教えてください」


 男が答えた。


「カイン。隣の区画の者です。村が――昨夜、魔物に」


 声が震えていた。


 だが、視線だけは揺れていなかった。

 一度も、井戸の方を見ていない。


「落ち着いてください。今、安全なところに案内します。

 話は、休んでからでいいです」


──────────────────────────────────────


 コリンが五人を診た。


 足を引きずっていたのはカインだった。

 右足に浅い切り傷。魔物の爪ではなく、岩で擦ったような傷だ。


 コリンは何も言わずに手当てをした。


 子供二人には、マユミが水を持っていった。


 マユミは普段、子供への接し方が不器用だ。

 それでも、黙って水を差し出した。


 子供のひとりが、おそるおそる受け取った。


──────────────────────────────────────


 午後、カインから話を聞いた。


 ミルヴァも同席した。


「昨夜、村に魔物が来ました。数は……十以上だったと思います。

 皆、逃げました。村長は――逃げられなかった」


「あなたたちはどうやって逃げましたか」


「東の道を。暗くて、よく見えなかった。

 気づいたら、ここへ向かっていました」


「東の道、というのは」


「村から東に出て、森を抜けると、この領地に続く道があります。

 昔からある道です」


 俺はミルヴァを見た。


 ミルヴァが静かに頷いた。


 昨日確認した、人工的に整備された道とは別の道だ。

 だが、東という方角は一致する。


「その道を、これまでも使っていましたか」


「いえ。昨夜が初めてです。ただ、道があることは知っていました」


「誰から聞きましたか」


 カインは少し間を置いた。


「……村の古老から、です」


 色が、わずかに揺れた。


 嘘ではない。

 だが、全部ではないかもしれない。


 今は問い詰めない。


 崩せば、何かが出る。

 だが今は、その順番じゃない。


──────────────────────────────────────


 カインたちの話を終えてから、ミルヴァと話した。


「どう見ますか」


「本物の難民だと思う。逃げてきたのは本当」


「ただし」


「カインの話に、抜けがある。道のことを誰かから聞いた。それが古老かどうか、怪しい」


「同じことを感じました」


「問い詰めるか」


「今はいいです。ただ、目は離さないでください」


「了解」


 ミルヴァは短く言って、立ち上がった。


──────────────────────────────────────


 バルドを呼んだ。


「難民の受け入れについて、意見を聞かせてください」


 バルドは腕を組んだ。


「……どう思う、と聞くのか」


「バルドさんが知っている村の事情がある。俺には見えていない部分がある」


 バルドは少し考えた。


「隣の区画の連中とは、仲が悪いわけじゃない。

 ただ、今の村に余裕があるかといえば――ない」


「受け入れることで、村人の不満が出る可能性がありますか」


「出る。食料が足りないと感じている奴がいる。

 一人増えれば、一日分が減る。

 それが五人だ。

 そこに余所者が来れば、誰かが言う」


「分かりました」


 受け入れる、と即決はしない。


 切る判断より、残す判断の方が難しい。


 だが、追い返すことも選択肢にない。


「今夜は集会所を使わせてください。明日、村人も含めて話し合いをしたいと思います」


「話し合い?」


「俺が決めることもできます。ただ、長く続く話は、みんなが納得している方がいい」


 バルドは黙った。


 それから、短く言った。


「……段取りか」


「ええ。段取りです」


──────────────────────────────────────


 夜、子供たちが眠った後。


 カインが俺に近づいてきた。


「フォルティス様」


「ヒコでいいです」


「……ヒコさん。一つだけ、聞いてもいいですか」


「どうぞ」


「この村に、長くいるつもりですか」


 逃げ道を探している質問ではない。

 “どこまで粘るか”を測る問いだ。


 俺は少し考えてから答えた。


「いるつもりです」


「逃げませんか」


「逃げません」


 カインは、しばらく俺を見た。


 色が揺れている。

 複雑な色だ。


 何かを、測っている。


「……そうですか」


 それだけ言って、離れていった。


 何を測っていたのかは、分からない。


 ――だが、分かる日が来る気がした。


──────────────────────────────────────


 現場に余裕がないとき、追加の問題が来る。


 だから余白を作る。


 余白があれば、新しい問題を受け止められる。


 受け止めた問題を、一つずつ処理する。


 それが、現場を死なせない唯一の方法だ。


 ――段取りとは、余白を作る技術のことだ。


 俺は地図に、隣の区画の位置を書き加えた。


 東の道が、また一本増えた。


 問題も、一つ増えた。


 《可視化》を薄く広げる。


 南の林から、何も来なかった。


 ――来なかった、だけだ。

 来る必要が、まだないのかもしれない。


 あるいは、もう中に入っているのか。


 第5話 難民が来た 了

【次回】


 翌朝、村人と難民を集めた話し合いが始まった。


 予想通り、反対意見が出た。


 それを言ったのは、ヒコが最も警戒していた人物だった。


──────────────────────────────────────


【領地収支】


・所持金 :金貨87枚(変動なし)

・収入  :なし

・支出  :なし(難民の食事・集会所使用:村の備蓄から一時的に拠出、後日補填予定)


※報奨金 金貨100枚(王都より後日支払い予定)


【発展進捗 第1フェーズ】


・防衛  :10%(外堀掘削着工・南側第一区画に着手)

・食料  :15%(難民受け入れで備蓄がさらに減少・農地整備急務)

・水   :50%(井戸の罠解除済み・安全確保)

・住居  :40%(建物は存在・修繕が必要・難民の居場所が課題)

・インフラ:0%(下水なし・道整備なし)


 今日の進捗:外堀掘削着工。難民五人を保護。カインの不審な色を確認。明日、村人との話し合いを設定。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ