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辺境領主編 最弱スキル《可視化》持ちの50歳元ゼネコン課長、無敵の要塞を築く 第1章 領地初視察  第1話 現場が死んでいる

 地図と、現実が、合わない。


 それだけで、十分だった。


 長く現場にいた人間なら分かる。

 図面より先に、違和感が答えを教えてくる。


 ――この場所は、うまく回っていない。


 戦えない。

 若くもない。

 体力も、並以下だ。


 ――だが、見える。

 星見の地に着いたのは、昼を少し過ぎた頃だった。


 馬車を降りると、乾いた風が頬を撫でた。

 土の匂いは薄く、代わりに埃の気配が残る。


 俺はしゃがみ込み、地面に触れた。


 固い。


 踏み出しかけて、止めた。


 ――そこだけ、色が違う。


 半歩ずらして足を置く。


 直後、さっきの場所が崩れた。


 ……


 助かった。


 ただ乾いているだけじゃない。

 踏み固められている。


 ゆっくりと視線を上げる。


 道の削れ方。

 丘の輪郭。

 草の倒れ方。


 ――魔物だ。


 人の営みではこうはならない。


 村へ続く道は緩やかな下り坂で、左右には低い丘が続いている。

 見通しはいい。


 だが、それは同時に、隠れる場所がないということでもある。


 守るには不利な地形だ。


「ヒコ」


 ミルヴァが隣に立つ。

 気配が薄い。


「前方、約二百。三人。こちらを視認している」


「村の人でしょうか」


「可能性は高い。警戒が強い」


 俺は頷いた。


 視界に、薄く色が重なる。


 世界に膜が一枚かかったように、情報が浮かび上がる。


 ――最初から、見えていた気がした。


 色は感情。

 濃淡は余裕。

 揺らぎは迷い。


 そして、嘘は歪む。


 遠くの三人は、くすんだ橙だった。


 疲労。

 警戒。

 わずかな怯え。


 ――限界が近い。


「行きましょう」


──────────────────────────────────────


 出迎えたのは、年配の男だった。


 白髪に刻まれた皺。

 頬に残る古傷。


 だが、背筋はまっすぐだった。


 長く現場に立ってきた人間の立ち方だ。


「領主様が、来てくださったのですか」


 その声には戸惑いがあった。


 歓迎ではない。

 確認に近い。


 来ると思っていなかったのだろう。


「ヒコ・フォルティスです。状況を教えてください」


 短く名乗り、すぐに本題に入る。


 礼よりも、時間が重い。


 男は一瞬だけ目を細め、それから口を開いた。


「バルド・グレイン。元民兵隊長です」


 やはり、という印象だった。


「昨夜も来ました」


「魔物ですか」


「ええ。ここ最近は、毎晩です」


 静かな声の奥に、疲労が滲んでいた。


──────────────────────────────────────


 話を聞きながら、俺は村の中を歩いた。


 《可視化》は切らない。


 地面の荒れ方。

 建物の歪み。

 人の動き。


 細かな情報が、少しずつ積み上がる。


 やがて一つの像になる。


 ――この村は、無理をして持ちこたえている。


 問題は三つあった。


 一つ目。防衛線がない。

 二つ目。水場が一箇所に集中している。

 三つ目。


 地図と現地が、合っていない。


 これが最も厄介だった。


「バルドさん」


「はい」


「この地図は、いつのものですか」


 差し出すと、バルドは眉をひそめた。


「……分かりません。先代の頃から使っていたものです」


「北の丘は低く描かれています。東の水路は干上がっている。南の林も記載がない」


 事実だけを並べる。


 三人が黙った。


「誰かが手を加えた可能性があります」


 断定はしない。


 だが、見過ごせる話でもない。


「この地図は使わないでください」


──────────────────────────────────────


 広場に戻ると、村人たちが集まっていた。


 不安と期待が、そのまま視線になっている。


 子供が一人、こちらを見ていた。


 幼いが、状況は理解している。


 目が揺れている。


「ヒコ」


 アーヴィンが報告する。


「東に獣道三本。侵入路は二つ」


「分かりました」


 簡潔で正確だ。


「南側、掘れる場所あるよ。土、柔らかい」


 マユミが軽く言う。


「ありがとうございます」


「現在、周囲に魔物は確認できません。ただし――来ます」


 リアの声は静かだったが、迷いがない。


「結界は張れます。ただ、広げるほど薄くなります」


 コリンが続ける。


「密度優先でお願いします」


 全員が即応する。


 ――十分に戦える。


──────────────────────────────────────


 やるべきことは一つだ。


 今夜を、越える。


「バルドさん」


「はい」


「今夜の警備はこちらで行います。住民の方は日没前に屋内へ」


「……六人で、ですか」


 当然の疑問だ。


 普通なら、無理だ。


 だが――


「はい。六人で」


 視線を受け止める。


 ここで揺れれば、現場は崩れる。


 短く指示を出す。


 全員が迷わず動いた。


──────────────────────────────────────


 夜。


 風が冷たくなり、音が減る。


「来ます。東からグレイウルフ三体」


 《可視化》を絞る。


 ……違う。


 一体、動きが遅い。


 後ろ足。


 わずかに、引きずっている。


「アーヴィンさん、中央は後回し。右から潰してください」


「なぜだ」


「一体、脚を痛めています。崩れます」


「アーヴィンさん、右。マユミさん、左。コリンさん、展開」


 短く指示する。


 俺は動かない。


 全体を握る。


 それが最適だ。


──────────────────────────────────────


 戦闘は短時間で終わった。


 被害はない。


 静寂が戻る。


──────────────────────────────────────


「……本当に来たんだな」


 バルドが呟いた。


「来ました」


「なぜだ」


「任されたからです」


 それ以上の理由はない。


 バルドは少し考え、そして言った。


「一つだけ聞く」


「はい」


「民を守るとは、何だと思う」


 少しだけ考える。


 言葉を選ぶ。


「……数字じゃなくて、顔、だと思います」


 沈黙。


 やがて、バルドが頷いた。


「……同じだ」


「そうですか」


 小さく息を抜く。


「正しい答えは、きっと同じ場所に行き着くんでしょうね」


──────────────────────────────────────


 現場が死んでいる。


 それは間違いない。


 だが、終わってはいない。


 まだ立て直せる。


 段取りを整えれば、現場は動く。


 現場が動けば、人は生きる。


 ――だからやる。


 ここを、立て直す。


 そう考えたときだった。


 《可視化》の端に、わずかな歪みが走った。


 色が、にじむ。


 自然な揺らぎじゃない。


 誰のものでもない。


 ――視線だけが、ある。


 一瞬だけ、そう思った。


 だが次の瞬間には、消えていた。


 気のせいかもしれない。


 ――今は、まだいい。



 第1話 現場が死んでいる 了

【次回】


 翌朝、外周の詳細調査を開始する。


 地図との差異は、想定以上だった。


 そして南の林の奥で、

 “何か”が動き始めていた。


──────────────────────────────────────


【領地収支】


・所持金 :金貨87枚(変動なし)

・収入  :なし

・支出  :なし(初日調査のみ)


※報奨金 金貨100枚(王都より後日支払い予定)


【発展進捗 第1フェーズ開始】


・防衛  :0%(外周無防備・夜間手動警戒のみ)

・食料  :20%(備蓄わずか・農地荒廃)

・水   :30%(井戸一本・汚染リスクあり)

・住居  :40%(建物は存在・修繕が必要)

・インフラ:0%(下水なし・道整備なし)


 今日の進捗:現地確認完了。課題の把握。今夜の防衛成功。

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