第百四十二話「王都の最後の夜」
叙勲から三日が経った。
王都での用事を片付けた。
ミルヴァが南方の情報を集めた。
リアとコリンが動いた。
師匠の件だった。
王都の記録館に向かった。
俺も一緒に行った。
記録館だった。
古い建物だった。
天井まで書棚が並んでいた。
書類が積まれていた。
管理人が案内してくれた。
リアが目的を告げた。
「三年から五年前、ノルファ出身の術師に関する記録を確認したい」
「お調べします」
しばらく待った。
書類が出てきた。
リアが確認した。
コリンも確認した。
俺は少し離れて待った。
時間がかかった。
一時間ほどして、リアが言った。
「ありました」
俺が近づいた。
「何がありましたか」
「師匠の名前が、記録に残っています。ただ」
「ただ」
「死因の欄が、空白です」
コリンが言った。
「シグレの記録も同じです。死因が書かれていません」
俺は少し間を置いた。
「空白、とは」
「記録されていない、ということです。病死として処理されたはずが、死因の欄だけが抜けています」
「意図的ですか」
「わかりません。ただ」
リアが少し間を置いた。
「同時期に消えた術師七人、全員の死因欄が空白でした」
室内が静かになった。
「七人全員が、同じ状態ですか」
「はい」
「誰かが消した可能性があります」
「あります。ただし、今の段階では証明できません」
コリンが静かに言った。
「でも、わかりました」
「何がわかりましたか」
「偶然ではない、ということが」
リアが書類を閉じた。
「記録しました。これを持って動きます」
「どこで動きますか」
「領地に落ち着いてから、改めて調べます。王都で動ける範囲は、今日で限界です」
「わかりました」
記録館を出た。
外の空気だった。
リアが少し前を向いていた。
コリンがリアの隣を歩いた。
何も言わなかった。
でも、近かった。
それで十分だった。
夕方だった。
宿に戻った。
全員が食卓に集まった。
ミルヴァが地図を広げた。
「南方辺境、第七区画だ」
地図を見た。
小さな印があった。
街からは遠かった。
王都からも遠かった。
でも、確かにそこにあった。
「星見の地、と呼ばれている」
「星見の地、ですか」
「そうだ。夜空が綺麗な場所らしい。それだけが、表向きの特徴だ」
「裏向きは」
ミルヴァが少し間を置いた。
「魔力濃度が高い。鉱物が出る可能性がある。ダンジョンが発生しやすい地形だ」
「それが、隠れた価値ですか」
「おそらく」
コリンが言った。
「鉱物というのは、緋晶鋼のようなものですか」
「同系統かもしれない。確認しないとわからない」
「魔力濃度が高いのは、なぜですか」
「地形的に、魔力が溜まりやすい場所がある。盆地か、あるいは地下に何かある可能性だ」
リアが言った。
「ダンジョンが発生しやすいなら、私の索敵が活きます」
「はい」
「問題は」
「問題は、魔物が頻出することです。防衛機構がない村に、定期的に魔物が来る」
「それが、今の状態ですか」
「そうだ。村人は何とか対処しているが、限界が近いと聞いた」
俺は少し間を置いた。
「急ぎます」
全員が俺を見た。
「今回だけは、急ぎます。村人が限界なら、段取りを組む前に現地を確認する必要があります」
「方針が変わりましたか」
マユミが言った。
「急がない、ではないんですか」
「急がない、というのは無闇に動かない、という意味です。急ぐべき理由があれば、急ぎます」
「なるほど」
「現場では、状況によって段取りを変えます。今がその状況です」
ミルヴァが言った。
「出発を早める、ということか」
「はい。明日、出発します」
「予定より早い」
「はい。問題はありますか」
全員が少し間を置いた。
「問題ない」
「はい」
「問題はありません」
「わかりました」
「あたしも」
全員が頷いた。
「ありがとうございます。今夜、荷物を確認してください」
「わかりました」
全員が動いた。
夜だった。
荷物を確認した。
問題なかった。
窓から王都を見た。
明かりが多かった。
最後の夜だった。
マユミが来た。
「ヒコ」
「はい」
「明日から、また現場か」
「はい」
「王都は、どうだった」
俺は少し間を置いた。
「大きかったです。でも、やることは同じでした」
「そうか」
「マユミさんは」
「疲れた」
「正装がですか」
「それもある。でも」
マユミが少し間を置いた。
「慣れない場所にいると、疲れる」
「そうですね」
「早く現場に行きたい」
俺は少し間を置いた。
「俺もそう思っています」
マユミが少し笑った。
「お前と俺は似ているな」
「そうかもしれません」
「現場が好きなんだろう」
「好きです」
マユミが窓の外を見た。
「星見の地、か」
「はい」
「星が綺麗な場所らしいな」
「そうです」
「楽しみだ」
俺は少し間を置いた。
「俺もです」
マユミが部屋を出た。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
扉が閉まった。
静かになった。
俺は羅針盤を確認した。
針が、南を向いていた。
今まで北を向いていた針が、南を向いていた。
静かだった。
揺れていなかった。
まっすぐだった。
次の現場が、南にあった。
急がない。
でも、今回は少し急ぐ。
眠った。
第百四十二話「王都の最後の夜」了




