第百三十八話「出発の朝」
一週間が、静かに過ぎた。
装備を整えた。
コリンが補給を確認した。
ミルヴァが王都までのルートを確認した。
リアが魔法の消耗品を補充した。
アーヴィンさんが《沈黙の長剣》の手入れをした。
マユミが《緋閃の双刃》の状態を確認した。
俺は羅針盤と《現場管理袋》の中身を確認した。
全部、問題なかった。
カゲツに会いに行った。
短い時間だった。
カゲツが言った。
「気をつけて行ってこい」
「はい」
「マユミを頼む」
「俺の方が頼ってますが」
カゲツが少し笑った。
「そうか」
マユミが横で聞いていた。
「何が可笑しい」
「何でもない」
二人が少し間を置いた。
それで十分だった。
セリウスさんに挨拶をした。
「王都では、無理をしないでください」
「急ぎません」
「そうですね」
セリウスさんが少し間を置いた。
「ヒコさん」
「はい」
「あなたが来てから、この街はずいぶん変わりました」
「俺は段取りを組んだだけです」
「それで十分です」
セリウスさんが静かに笑った。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
ガデルに顔を出した。
作業場だった。
ガデルが金属を叩いていた。
全員を見た。
「王都か」
「はい」
「マユミ」
マユミが前に出た。
「双剣の調子は」
「問題ない」
「カグラとヒナギが何か言うか」
「カグラはうずいている。ヒナギは静かだ」
「そうか。カグラがうずいているなら、まだ仕事がある、ということだ」
「わかってる」
ガデルが少し間を置いた。
「帰ってきたら、また見せに来い」
「来る」
ガデルが全員を見た。
「全員で帰ってこい」
「はい」
ゴルフに挨拶をした。
商会の事務所だった。
ゴルフが書類から顔を上げた。
「王都に行くとは聞いていました」
「はい」
「戻ってきたら、また依頼を出します」
「ありがとうございます」
「ただ」
ゴルフが少し間を置いた。
「戻ってきたとき、立場が変わっているかもしれませんね」
「どういう意味ですか」
「叙勲の話は、街でも出ています」
俺は少し間を置いた。
「噂が早いですね」
「商人は情報が命です」
ゴルフが少し笑った。
「立場が変わっても、指名依頼は出せますか」
「段取りが変わっても、仕事は仕事です。出せる形があれば、出させてもらいます」
「そうですか。では、お待ちしています」
全員で宿に戻った。
出発の朝だった。
マルティナさんが朝食を出した。
塩スープだった。
硬めのパンと干し肉だった。
依頼前の食事だった。
全員が黙って食べた。
うまかった。
食べ終わって立った。
荷物を持った。
全員が揃った。
マルティナさんが全員を見た。
一人ずつ確認した。
六人、全員いた。
それから、扉を開けた。
「全員で帰ってこい」
いつもと同じ言葉だった。
「はい」
全員で扉を出た。
朝の空気だった。
馬車が、門の前で待っていた。
大きな馬車だった。
御者が頭を下げた。
「準備ができております」
「ありがとうございます」
全員が乗り込んだ。
馬車が動き始めた。
街が、窓の外を流れた。
ギルドが見えた。
セリウスさんが立っていた。
手を上げた。
俺も手を上げた。
見えなくなった。
宿が見えた。
マルティナさんが扉の前に立っていた。
何もしなかった。
ただ、立っていた。
見えなくなった。
街が、遠くなった。
マユミが窓の外を見ていた。
「どこにも行くな」
「はい」
「わかってる」
しばらく沈黙があった。
コリンが言った。
「王都は初めてです」
「俺も」
マユミが言った。
「リアさんは」
「初めてです」
「ミルヴァさんは」
「二度ほど。あまり良い思い出はない」
「なぜですか」
「仕事で行った。裏の仕事だ。表の顔は知らない」
「今回は表ですね」
「そうだ。落ち着かないな」
ミルヴァが少し笑った。
珍しかった。
アーヴィンさんが窓の外を見ていた。
「アーヴィンさんは王都に行ったことはありますか」
「一度だけ」
「どうでしたか」
「人が多かった」
それだけだった。
でも、全員が少し笑った。
馬車が進んだ。
道が続いた。
街が見えなくなった。
俺は羅針盤を確認した。
針が、静かだった。
揺れていなかった。
北を向いていた。
安定していた。
窓の外を見た。
空が広かった。
雲がなかった。
晴れていた。
マユミが隣に座っていた。
「ヒコ」
「はい」
「王都って、どんな場所だと思う」
「人が多くて、段取りが複雑な場所だと思います」
「現場みたいだな」
「どこでも現場です」
マユミが少し笑った。
「そうだな」
馬車が進んだ。
三日の道だった。
でも、全員が一緒だった。
急がない。
止まらない。
王都へ。
次の現場へ。
第百三十八話「出発の朝」了




