第百三十二話「動き出す」
翌朝だった。
朝食が出た。
干し肉のスープだった。
黒パンがついていた。
普通の日の食事だった。
食べ終わってから、セリウスさんから呼ばれた。
全員で向かった。
セリウスさんが、机の前に立っていた。
いつもは座っていた。
今日は立っていた。
それだけで、わかった。
「カゲツさんから、連絡が来ました」
マユミが少し前に出た。
「内容は」
「動ける、と」
室内が静かになった。
マユミが俺を見た。
俺は少し間を置いた。
「詳しく教えてください」
セリウスさんが書状を広げた。
「記録が消えてから、監視が薄くなっていた。昨夜、完全に外れた。理由はわかっていない。ただ、今なら動ける」
「監視が外れた理由に心当たりはありますか」
「魔族側が動き始めたことと、無関係ではないと思います。人員を別の方向に向けた可能性があります」
「俺たちの方向に、ですか」
「そうかもしれません」
俺は少し間を置いた。
監視が外れた。
カゲツが動ける。
でも、魔族がこちらに向いている。
二つが、同時に動いていた。
「カゲツさんは今どこにいますか」
「街の東、半日ほどの場所です。小さな村があります」
「一人ですか」
「一人です」
「保護の手段は」
「セリウスさんが手配できます」
セリウスさんが言った。
「ギルドの施設に匿うことができます。ただし、移送の間が問題です」
「移送中が一番危ない」
「はい。監視が外れたとはいえ、完全に安全とは言えません」
俺は全員を見た。
「迎えに行きます」
マユミが言った。
「俺も行く」
「はい。全員で行きます」
「全員で、か」
ミルヴァが言った。
「魔族がこちらに向いているなら、パーティを分けるのは危険です。全員で動いて、全員で帰ります」
「わかった」
セリウスさんが言った。
「一つだけ、確認させてください」
「はい」
「カゲツさんは、まだ情報を持っています。移送の際に、話を聞く機会があるかもしれません。ただし」
「ただし」
「強制はできません。カゲツさんが話すかどうかは、カゲツさんが決めることです」
俺は少し間を置いた。
「わかりました。話してくれれば聞きます。話さなければ、それでも構いません」
セリウスさんが静かに頷いた。
「では、準備ができ次第、出発してください」
「はい」
宿に戻った。
装備を確認した。
コリンが補給を確認した。
ミルヴァがルートを確認した。
三十分で準備が整った。
出発した。
東の道を進んだ。
街道だった。
人通りがあった。
でも、半日も進むと、細くなった。
人が減った。
静かになった。
ミルヴァが言った。
「後ろに、気配がある」
俺は羅針盤を確認した。
「二つです。ついてきています」
「距離は」
「百メートルほど後ろです。近づいていません」
「尾行か」
「様子を見ています。攻撃の意図はまだありません」
マユミが言った。
「振り切るか」
「振り切りません」
「なぜだ」
「振り切ると、向こうが判断を変える可能性があります。今は様子を見させておいた方がいい」
「カゲツのところまで連れて行くのか」
「カゲツさんの手前で対処します。村に入る前に、ミルヴァさんに動いてもらいます」
ミルヴァが言った。
「わかった」
俺はミルヴァに小声で段取りを伝えた。
ミルヴァが頷いた。
全員が歩き続けた。
村が見えてきた。
小さかった。
十軒ほどの家が並んでいた。
村の手前、二百メートルの地点だった。
「ここです」
全員が止まった。
ミルヴァが消えた。
音がしなかった。
全員がそのまま歩き続けた。
後ろの気配が、近づいてきた。
八十メートル。
六十メートル。
五十メートルで、止まった。
それから、声がした。
短い声だった。
それから、静かになった。
ミルヴァが戻ってきた。
「片付いた」
「ありがとうございます。怪我は」
「なし」
「相手は」
「人間だ。魔族の手下だな。気絶させた。縛ってある」
「セリウスさんに回収を頼みます」
「もう連絡した」
「さすがです」
「当然だ」
全員で村に入った。
村の外れに、古い家があった。
セリウスさんから聞いた場所だ。
ミルヴァが先行した。
確認してから、戻った。
「中に一人いる。動いていない。待っている」
「行きます」
全員で向かった。
俺が扉を叩いた。
しばらくして、開いた。
カゲツだった。
前に会ったときより、少し痩せていた。
でも、立っていた。
マユミを見た。
マユミがカゲツを見た。
どちらも、すぐには動かなかった。
カゲツが先に口を開いた。
「来たか」
「来た」
マユミが短く言った。
それだけだった。
でも、色が変わった。
マユミの色が、オレンジに近い赤から、少し柔らかくなっていた。
カゲツの色は、複雑だった。
安堵と、申し訳なさと、何か別のものが混ざっていた。
「入ってください」
俺が言った。
「立ち話よりも、中の方が安全です」
カゲツが頷いた。
全員で中に入った。
狭い部屋だった。
でも、座れた。
カゲツが全員を見た。
「全員で来たのか」
「はい。分けるより全員の方が安全だと判断しました」
「そうか」
カゲツが俺を見た。
「お前がヒコか」
「はい」
「マユミが世話になっている」
「いいえ」
「現場仕込みの男だと」
「おかげさまで」
カゲツが少し間を置いた。
「記録を消してくれた」
「はい」
「ありがとう」
「全員でやりました」
カゲツが全員を見た。
それから、少し目を伏せた。
「話すことがある」
室内が静かになった。
「無理には」
「いや」
カゲツが言った。
「話す。それが、俺にできる最初のケジメだ」
俺は少し間を置いた。
ケジメ、という言葉だった。
マユミが少し俺を見た。
「聞かせてください」
カゲツが静かに話し始めた。
「可視化スキルを持つ者が消える理由は、魔族が直接手を下しているわけではない」
「では、誰が」
「可視化スキルは、ある段階を超えると、世界の構造が見え始める。魔族にとって、それは都合が悪い」
「都合が悪い、とは」
「魔族が人間の世界に仕掛けていることが、全部見えるようになる。だから、その前に消す」
「消すのは、仲介業者ですか」
「そうだ。魔族は直接動かない。人間を使って、人間を消す」
室内が静かになった。
「レインもか」
アーヴィンさんが言った。
短かった。
カゲツがアーヴィンさんを見た。
「レインを知っているか」
「知っている」
「そうか」
カゲツが少し間を置いた。
「レインは、消される前に何かを残した。俺はその話を、仲介業者から聞いた。詳細はわからない。ただ」
「ただ」
「レインは、自分が消えることを知っていた」
アーヴィンさんが、何も言わなかった。
でも、外套の内側を、少し押さえた。
石がある場所だった。
俺は何も言わなかった。
カゲツが続けた。
「緋閃の双刃の素材、緋晶鋼の採掘場所を俺が見つけたのは偶然じゃない。可視化スキルを持つ者に渡るように、仕込んであった」
「誰が仕込んだんですか」
「レインだ」
マユミが少し動いた。
「俺の双剣が、か」
「そうだ。レインが、次の可視化持ちに繋がるように、素材の場所を残した。俺がそれを見つけて、ガデルに伝えた。」
マユミが双剣を見た。
カグラとヒナギが、かすかに光った。
「知らなかった」
「知らなくていいことだった」
カゲツが静かに言った。
「でも、今は話す。全部が繋がった方が、これからの段取りが組みやすい」
俺は少し間を置いた。
レインが残したものが、二つあった。
石と、緋晶鋼だった。
両方が、今ここにあった。
「カゲツさん」
「何だ」
「もう一つだけ聞かせてください」
「何だ」
「ベルガンは、今どこにいますか」
カゲツが少し間を置いた。
「知っている」
「教えてもらえますか」
「教える。それが、俺の最後のケジメだ」
カゲツが静かに言った。
室内が静かになった。
マユミがカゲツを見た。
カゲツがマユミを見た。
「終わったら、飯でも食うか」
マユミが少し間を置いた。
「食う」
短かった。
でも、それで十分だった。
第百三十二話「動き出す」了




