第百三十一話「遺跡の奥で」
翌朝だった。
朝食が出た。
塩スープだった。
硬めのパンと干し肉だった。
依頼前の食事だった。
全員が黙って食べた。
食べ終わってから、立った。
「行きます」
「全員で帰ってこい」
「はい」
遺跡に向かった。
森の空気は静かだった。
昨日と同じ獣道を進んだ。
遺跡の入口に着いた。
ミルヴァが入口を確認した。
「昨日と変わっていない」
「内部の反応は」
俺は羅針盤を確認した。
「奥に一つ、あります。昨日より強くなっています」
「強くなっている」
「はい。こちらが近づいているからだと思います」
マユミが双剣に手をかけた。
「入るか」
「入ります」
全員で入口をくぐった。
今日は分断されなかった。
廊下がそのまま続いていた。
昨日、空間が分断された場所を通った。
何も起きなかった。
「分断の仕掛けが、消えています」
ミルヴァが言った。
「昨日、俺たちが全員通ったからですか」
「わからない。ただ、今日は通れる」
左の廊下を進んだ。
罠の前に来た。
ミルヴァがしゃがんだ。
罠を確認した。
「解除できる。少し待て」
「お願いします」
ミルヴァが動いた。
細かい動きだった。
音がしなかった。
しばらくして、立った。
「消えた」
「ありがとうございます」
その先に、扉があった。
石造りだった。
古かった。
でも、鍵はかかっていなかった。
俺は羅針盤を確認した。
針が、扉の向こうを指していた。
まっすぐだった。
強かった。
「この先です」
全員が扉の前に立った。
アーヴィンさんが扉に手をかけた。
押した。
重かった。
でも、動いた。
ゆっくりと、開いた。
中が見えた。
広い部屋だった。
天井が高かった。
石の柱が並んでいた。
中心に、台座があった。
台座の上に、何かが置かれていた。
光っていた。
青白い光だった。
俺は羅針盤を確認した。
針が、台座を指していた。
動かなかった。
ただ、そこだけを指していた。
「あそこです」
全員が台座に近づいた。
光の正体が見えた。
石だった。
小さかった。
手のひらに乗るくらいだった。
青白く光っていた。
内側から、光が漏れていた。
俺は可視化で確認した。
色があった。
青だった。
澄んでいた。
でも、普通の青じゃなかった。
レインの色に、近かった。
いや、違った。
レインの色そのものだった。
「これは」
俺は少し間を置いた。
アーヴィンさんが台座の前に立った。
石を見た。
何も言わなかった。
でも、色が変わった。
深い青が、揺れていた。
俺はアーヴィンさんに声をかけた。
「アーヴィンさん」
「わかってる」
「触れてみますか」
アーヴィンさんが少し間を置いた。
「俺が触れていいものか」
「わかりません。ただ、羅針盤はここを指してきました。レインさんが、ここに何かを残したのだとすれば」
アーヴィンさんが石を見た。
しばらく見ていた。
それから、手を伸ばした。
石に触れた。
光が、強くなった。
一瞬だった。
それから、静かになった。
光が消えた。
石が、暗くなった。
アーヴィンさんが石を手に取った。
光はなかった。
ただの石だった。
でも、アーヴィンさんが持っていた。
俺は羅針盤を確認した。
針が、動いていた。
北を向いていた。
でも、今までと違った。
揺れていなかった。
まっすぐだった。
静かだった。
何かが、決まった気がした。
「アーヴィンさん」
「何だ」
「羅針盤が、静かになりました」
アーヴィンさんが少し間を置いた。
「そうか」
「今まで揺れていました。今日は揺れていません」
「意味はわかるか」
「わかりません。ただ」
俺は羅針盤を見た。
「落ち着いた、という感じがします」
アーヴィンさんが石を握った。
何も言わなかった。
でも、それで十分だった。
マユミが小声で言った。
「レインって、ここにいたのか」
「いたのだと思います。何かを残していた」
「何のために」
「わかりません。でも、アーヴィンさんに届いた」
マユミが少し間を置いた。
「そうか」
リアが言った。
「この部屋に、他に反応はありますか」
俺は羅針盤と可視化で確認した。
「ありません。この石だけでした」
「では、終わりですか」
「この部屋は、終わりです」
コリンが天井を見た。
「静かな場所ですね」
「はい」
「レインさんは、ここを選んだんでしょうか」
「わかりません。でも、誰かに見つけてもらえるように、残したのだと思います」
コリンが少し間を置いた。
「見つかってよかった」
全員が少し静かになった。
アーヴィンさんが石を外套の内側にしまった。
振り返った。
「行くか」
「はい」
全員で部屋を出た。
廊下を戻った。
入口から外に出た。
空が見えた。
晴れていた。
森の鳥の声が戻っていた。
さっきまでなかった音だった。
ミルヴァが空を見た。
「終わったな」
「この遺跡は、終わりです」
「レインの件も」
俺は少し間を置いた。
「全部かどうかはわかりません。でも、一つ届きました」
アーヴィンさんが前を向いた。
「十分だ」
短かった。
でも、それが全部だった。
全員が歩き始めた。
街に向かった。
帰り道だった。
俺は羅針盤を確認した。
針は北を向いていた。
揺れていなかった。
静かだった。
今日は何かが終わった。
でも、まだあった。
ベルガンがいた。
魔族の動きがあった。
カゲツの救出が残っていた。
でも、今日は今日の分が終わった。
それで十分だった。
マユミが隣を歩いた。
「ヒコ」
「はい」
「アーヴィンさん、少し違う顔してたな」
「そうですか」
「お前には見えたか」
「色が、少し変わっていました」
「どんな色だ」
俺は少し間を置いた。
「落ち着いた色でした」
マユミが少し前を向いた。
「そうか」
「はい」
「よかった」
街が見えてきた。
全員が揃っていた。
誰も、欠けていなかった。
急がない。
止まらない。
次の現場へ。
第百三十一話「遺跡の奥で」了




