第百三十話「再集結」
宿に戻った。
夕食が出た。
肉の煮込みだった。
柔らかいパンがついていた。
温野菜がついていた。
依頼後の食事だった。
全員が黙って食べた。
うまかった。
食べ終わってから、テーブルに地図を広げた。
白紙だった。
遺跡の内部を、全員で書き起こした。
ミルヴァが廊下の形を書いた。
マユミが糸の部屋の位置を書いた。
アーヴィンさんが岩の部屋の位置を指で示した。
コリンがそれを書き写した。
リアが分岐の数を確認した。
俺が羅針盤で方角を補正した。
三十分ほどで、内部の地図ができた。
粗かった。
でも、全員が経験した情報だった。
「整理します」
全員が俺を見た。
「入口から入ると、空間が分断される。俺たちは三か所に散った。ミルヴァさんが左の廊下、アーヴィンさんが右の岩の部屋、マユミさんが上の階層、俺たちが中央の廊下だった」
「全部、別々だった」
マユミが言った。
「はい。ただ、共通点があります」
「何だ」
「全員、単独で対処できる状況に置かれた」
室内が少し静かになった。
「どういうことですか」
コリンが言った。
「アーヴィンさんはドゥルガンと一対一でした。ドゥルガンは強い。でも、倒せない相手ではなかった。マユミさんの部屋は、糸に気づけば動けた。ミルヴァさんの罠は、触れなければ安全だった」
「殺しに来ていない、ということか」
ミルヴァが言った。
「はい。消耗させる設計だと思います。全員を別々に削って、合流したときに弱らせる」
「今日はどうだった」
「全員、ほぼ無傷です。消耗は想定より少なかった」
「なぜだ」
「アーヴィンさんが持ちこたえた。マユミさんが動かなかった。ミルヴァさんが罠を見極めた」
全員が少し間を置いた。
「それぞれが、正しい判断をしました」
俺はそれだけ言った。
余計なことは言わなかった。
でも、全員に伝わっていた。
「奥に、まだいます」
全員が俺を見た。
「羅針盤に反応があります。遺跡の奥、今日行けなかった先です」
「何が」
「わかりません。ただ、強い」
ミルヴァが地図を見た。
「左の廊下の罠の先だ」
「はい。その先に、何かがあります」
俺は少し間を置いた。
「それと」
「何だ」
羅針盤を取り出した。
全員に見えるように、テーブルの上に置いた。
針が、北を向いていた。
「今日の遺跡の奥と、この針の方向が、一致しています」
室内が静かになった。
「レインか」
アーヴィンさんが言った。
短かった。
「可能性があります」
「可能性、か」
「確認しないと、断言できません。ただ、今まで北を向いていた針が、今日初めて遺跡の方角と一致しました」
アーヴィンさんが羅針盤を見た。
何も言わなかった。
でも、色が変わった。
深い青が、少し揺れていた。
「セリウスさんに報告します。判断を仰いでから、次の段取りを組みます」
「俺も行く」
アーヴィンさんが言った。
「はい」
翌朝だった。
全員でギルドに向かった。
セリウスさんのマスター室だった。
遺跡の内部地図を広げた。
全員の経験を、順番に報告した。
討伐した個体の申告もした。
霧統べる者、岩殻王、糸縛りのヴェナ、三体分だった。
セリウスさんが書類を確認した。
「三体ですか。報酬は後日になります」
「わかりました」
セリウスさんが静かに口を開いた。
「羅針盤が遺跡の方角と一致した、というのは」
「はい。昨夜確認しました」
セリウスさんが少し間を置いた。
「その遺跡は、五年前にも報告が上がっていました」
室内が静かになった。
「誰からですか」
「レインからです」
アーヴィンさんが、少し前を向いた。
「レインが、報告していた」
「はい。ただ、当時は詳細な調査ができなかった。その直後に、消えましたから」
セリウスさんが静かに言った。
「もしかすると、レインはその遺跡で何かを見つけていたのかもしれません」
「見つけた、とは」
「わかりません。ただ」
セリウスさんが羅針盤を見た。
「その針が、今もそこを向いているなら」
俺は少し間を置いた。
「行く必要があります」
「はい。ただし、一つだけ条件があります」
「条件は」
「全員で戻ってくること、です」
セリウスさんが静かに言った。
それだけだった。
「わかりました」
全員が頷いた。
ギルドを出た。
空は晴れていた。
コリンが隣を歩いた。
「ヒコさん」
「はい」
「この前、支えられてよかったです」
「俺もそう思います」
「また止まるかもしれません」
「そのときはまた支えます」
俺は少し間を置いた。
「コリンさん、いつから気づいていましたか」
「霧の戦闘の途中からです。情報が多くなってきたとき、ヒコさんの足が少し遅くなりました」
「そこまで見ていたんですか」
「後衛の仕事です」
コリンが少し笑った。
「前を守る人を、後ろから見るのが俺の仕事です」
俺は少し間を置いた。
「助かっています」
「お互い様です」
宿への道を歩いた。
マユミが俺の隣に来た。
「ヒコ」
「はい」
「レインって、どんな人だったんだ」
「会ったことはありません」
「そうか。でも、羅針盤で感じるか」
「感じます。ただ、感情は読めません。気配、という方が近いです」
「怖いか」
俺は少し間を置いた。
「怖くないです。不思議ですが」
「なぜだ」
「悪意がないからだと思います」
マユミが少し前を向いた。
「そうか」
「アーヴィンさんが知っている人間です。それだけで、信用できます」
マユミが少し間を置いた。
「俺もそう思う」
宿が見えてきた。
夕方だった。
マルティナさんが扉を開けた。
全員を見た。
「全員か」
「全員です」
「そうか」
それだけだった。
夕食の準備が始まった。
具だくさんのスープだった。
厚切りのパンがついていた。
卵が一つ、乗っていた。
少し良い日の食事だった。
全員が座った。
食べた。
うまかった。
明日、遺跡の奥に行く。
レインがいるかもしれない。
いないかもしれない。
でも、行かなければわからない。
段取りは整っている。
全員が揃っている。
それで十分だった。
急がない。
止まらない。
明日も、現場に行く。
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次回予告 第百三十一話「遺跡の奥で」
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翌朝、全員で遺跡に向かった。
今日は分断されなかった。
左の廊下を進んだ。
罠の前に来た。
ミルヴァが言った。
「解除できる」
「お願いします」
ミルヴァが動いた。
罠が、消えた。
その先に、扉があった。
古い扉だった。
でも、鍵はかかっていなかった。
俺は羅針盤を確認した。
針が、扉の向こうを指していた。
まっすぐに。
強く。
第百三十話「再集結」了




