第百二十九話「分断」
翌日だった。
朝食が出た。
塩スープだった。
硬めのパンと干し肉だった。
二日続けて、同じ食事だった。
マルティナさんは何も言わなかった。
でも、全員分をきっちり並べた。
食べ終わってから、立った。
「行きます」
「全員で帰ってこい」
「はい」
昨日確認した獣道を進んだ。
霧はなかった。
でも、空気が重かった。
森の奥に向かうほど、静かになった。
鳥の声がなかった。
虫の声もなかった。
ミルヴァが言った。
「ここから先は、生き物の気配がない」
「魔物も、ですか」
「魔物も、だ」
俺は羅針盤を確認した。
針が、北東を向いていた。
安定していた。
でも、その先に、強い反応があった。
昨日より、強くなっていた。
「反応が大きくなっています」
「近づいているからか」
「それだけではないと思います。何かが、集まっています」
マユミが双剣に手をかけた。
「集まっているのは何だ」
「まだわかりません」
獣道が広がった。
開けた場所に出た。
遺跡だった。
石造りだった。
古かった。
草が生い茂っていた。
でも、入口だけが、草に覆われていなかった。
誰かが、最近使っていた。
「ここだ」
ミルヴァが入口を確認した。
しゃがんで、地面を見た。
「複数の足跡がある。人間のものと、そうでないものが混ざっている」
「そうでないものとは」
「爪痕がある。大きい」
俺は羅針盤を確認した。
内部に、複数の反応があった。
数えた。
七つ、あった。
「内部に七つの反応があります」
「全部生きているか」
「全部、動いています」
ミルヴァが立ち上がった。
「先行する」
「お願いします。ただし、今日は」
「わかってる。すぐ戻る」
ミルヴァが入口に入った。
音がしなかった。
全員が入口の外で待った。
五分経った。
戻らなかった。
十分経った。
戻らなかった。
俺は羅針盤を確認した。
ミルヴァの反応はあった。
消えていなかった。
でも、方向がおかしかった。
内部に入っているはずが、反応は外を向いていた。
内側から、外を向いていた。
「ミルヴァさんの反応がおかしいです」
「どういうことだ」
マユミが言った。
「内部にいるはずが、外を向いている。空間が、ズレているかもしれません」
「空間がズレる」
「内部の構造が、外から見える地形と一致していない可能性があります」
アーヴィンさんが入口を見た。
「入るか」
「入ります。ただし、全員で同時に入るのは危険です」
「なぜ」
「ミルヴァさんの反応が外を向いている。内部に入ると、方向感覚が狂う可能性があります。バラバラになるかもしれない」
「では」
「二手に分けます」
全員が俺を見た。
「アーヴィンさんとマユミさんが先に入る。俺とリアさんとコリンさんは外で待機して、羅針盤で内部の反応を追います。五分後に異常がなければ、俺たちも入ります」
「分かれて動くのか」
マユミが言った。
「はい。全員が一度に飲み込まれるよりは、外に把握できる人間を残す方が安全です」
「ヒコが外に残るのか」
「羅針盤が必要です。俺が外にいれば、内部の全員の位置を追えます」
マユミが少し間を置いた。
「わかった」
アーヴィンさんが頷いた。
二人が入口に入った。
消えた。
俺は羅針盤を確認した。
二人の反応があった。
でも、すぐに方向がズレた。
ミルヴァと同じだった。
内部にいるはずが、反応の向きがおかしかった。
「やはりズレます」
「二人は無事か」
リアが言った。
「反応はあります。動いています」
五分経った。
異常はなかった。
三人で入口に向かった。
入った瞬間だった。
視界が、変わった。
外の光が消えた。
石の廊下が続いていた。
松明が壁に並んでいた。
誰かが灯していた。
でも、アーヴィンさんもマユミもいなかった。
「二人はどこですか」
コリンが言った。
俺は羅針盤を確認した。
六つの反応があった。
全員、生きていた。
でも、全員、バラバラだった。
ミルヴァは一人。
アーヴィンさんは一人。
マユミは一人。
俺とリアとコリンは、同じ場所にいた。
「分断されました」
リアが言った。
「予想通りです」
「はい。ただ、羅針盤で全員の位置は把握できます」
「全員、生きていますか」
「全員、動いています」
コリンが少し息を吐いた。
「よかった」
「ただし、それぞれが別の場所にいます。内部の構造が、入った人間を分散させる仕組みになっています」
「罠だったということか」
「罠というより、この遺跡そのものの機能だと思います」
俺は廊下を見た。
どこまでも続いていた。
分岐があった。
左と右だった。
「どちらに進むか」
リアが言った。
「まず、全員の位置を確認します」
俺は羅針盤を使って、全員の方向と距離を把握した。
ミルヴァは左の奥。
アーヴィンさんは右の奥。
マユミは、上だった。
「マユミさんが上にいます」
「上、とは」
「この廊下より上の階層にいます」
「階層がある遺跡か」
「そのようです」
コリンが言った。
「一人ずつ合流しますか」
「はい。近い順に動きます。まずミルヴァさんです」
左の廊下を進んだ。
静かだった。
松明の光だけがあった。
壁に、文字が刻まれていた。
読めなかった。
古い言語だった。
リアが壁を見た。
「読めますか」
「少しだけ」
リアが壁に近づいた。
「警告です」
「何の警告ですか」
「中に入った者は、出るための代価を払え、と書いてあります」
俺は少し間を置いた。
「代価とは何ですか」
「書いていません」
俺は羅針盤を確認した。
ミルヴァの反応が、近くなっていた。
三十メートルほど先だった。
でも、動いていなかった。
「ミルヴァさんが止まっています」
「戦っているのか」
「いや、動いていない。静止しています」
進んだ。
廊下が曲がった。
その先に、ミルヴァがいた。
壁の前に立っていた。
こちらを向いていた。
「遅かった」
「すみません。合流に手間取りました」
「いや、俺が戻れなかった」
ミルヴァが壁を見た。
「ここに罠がある。触れると、別の場所に飛ばされる」
「どこへ飛ばされますか」
「わからない。試していない」
「正解です」
「ただ、この罠の先に何かある。反応がある」
俺は羅針盤を確認した。
壁の向こうに、反応があった。
強かった。
「あります。ただし、今は通りません」
「なぜ」
「全員が合流してからでないと、対処できないものが来る可能性があります」
「そうか」
ミルヴァが俺の隣に立った。
「アーヴィンとマユミは」
「追います」
四人で動いた。
右の廊下に向かった。
アーヴィンさんの反応を追った。
分岐を三度越えた。
広い部屋に出た。
アーヴィンさんがいた。
一人ではなかった。
大きな影が、部屋の中心にいた。
岩でできていた。
動いていた。
アーヴィンさんが《沈黙の長剣》を構えていた。
斬っていた。
でも、傷が塞がっていた。
「ドゥルガンです」
ミルヴァが言った。
「岩殻王か」
「自己再生があります。単独では時間がかかります」
「マユミを先に合流させます」
「アーヴィンを置いていくのか」
「アーヴィンさんは持ちこたえられます」
俺はアーヴィンさんに声をかけた。
「アーヴィンさん、マユミさんを合流させてから戻ります」
「わかった」
短かった。
でも、揺れていなかった。
四人で上を目指した。
階段があった。
上に続いていた。
上がった。
マユミの反応が近くなった。
部屋があった。
扉があった。
開けた。
マユミがいた。
壁際に立っていた。
双剣を構えていた。
部屋の中心に、糸が張られていた。
細かった。
見えにくかった。
でも、無数にあった。
「動くな」
マユミが言った。
「わかりました」
「糸に触れると、拘束される。俺は入ってすぐ一本触れた。今は切れているが」
「怪我は」
「ない。でも、動けなかった。十分ほど」
俺は糸を確認した。
羅針盤で見ると、糸の一本一本に反応があった。
繋がっていた。
中心に、核があった。
「核があります。糸の中心です」
「どこだ」
「部屋の天井、中央です」
マユミが上を見た。
「見えない」
「見えにくい場所にあります」
「どうする」
「糸を避けながら近づくか、全部を一度に無効化するかです」
コリンが言った。
「結界で糸の機能を止めることができるかもしれません。ただし、範囲が広い。魔力を使います」
「やれますか」
「やります」
「お願いします」
コリンが目を閉じた。
集中していた。
結界が広がった。
糸が、光った。
それから、動きを止めた。
「今です」
マユミが動いた。
天井に向かって跳んだ。
《緋閃の双刃》が光った。
核を、斬った。
糸が、全部落ちた。
音がした。
細い音だった。
部屋が静かになった。
「片付いた」
「ありがとうございます」
コリンが少し息を吐いた。
「少し、きつかったです」
「無理をさせました」
「いえ。でも、次はもう少し短めの方がありがたいです」
「はい」
五人でアーヴィンさんのところへ戻った。
部屋に入った。
ドゥルガンがいた。
アーヴィンさんが斬り続けていた。
傷が塞がっていた。
「合流しました」
「わかった」
アーヴィンさんが下がった。
俺は羅針盤でドゥルガンを確認した。
岩の内側に、核があった。
「弱点は腹の内側です。外の岩は囮です」
「どうやって届ける」
マユミが言った。
「割ります」
アーヴィンさんが動いた。
《沈黙の長剣》が走った。
腹を、縦に斬った。
岩が、割れた。
中が、見えた。
「今です」
マユミが跳んだ。
《緋閃の双刃》が、内側の核を貫いた。
ドゥルガンが、止まった。
倒れた。
音が大きかった。
石の床が、揺れた。
静かになった。
六人、全員揃っていた。
誰も、欠けていなかった。
「全員、確認してください」
「問題ない」
「無傷だ」
「はい」
「問題はありません」
「あたしも」
全員が応えた。
俺は少し間を置いた。
分断された。
それぞれが単独で動いた。
でも、全員が持ちこたえた。
合流できた。
連携が戻ったら、片付いた。
「出ましょう」
「出口はどこだ」
マユミが言った。
俺は羅針盤を確認した。
入口の方向を探した。
あった。
「こちらです」
全員で歩いた。
廊下を戻った。
入口が見えた。
外の光が見えた。
出た。
空だった。
晴れていた。
全員が外に出た。
ミルヴァが遺跡を振り返った。
「まだ奥がある」
「はい」
「今日は」
「今日は帰ります。全員の状態と、内部の構造を確認してから、次の段取りを組みます」
「正解だ」
全員が森を出た。
帰り道だった。
マユミが隣を歩いた。
「一人になった」
「はい」
「焦った」
「そうですか」
「焦ったが、動けた」
俺は少し間を置いた。
「それで十分です」
「お前がいなくても、動けた」
「はい」
「それが、わかった」
俺は少し前を向いた。
「でも、合流したら楽になりました」
「そうか」
「一人で動けるのと、全員で動けるのは、別のことです」
マユミが少し間を置いた。
「そうだな」
街が見えてきた。
今日は分断された。
でも、全員が戻った。
それだけで、今日は十分だった。
次の段取りが、組める。
急がない。
そして止まらない。
第百二十九話「分断」了




