第百二十四話「東の拠点へ、段取りを組む」
依頼をこなした翌日だった。
朝食を終えたところだった。
ミルヴァが戻ってきた。
夜中に出かけていた。
朝になって戻ってきた。
疲れた顔はしていなかった。
でも、色が少し違った。
灰色の中に、緊張に近いものが混ざっていた。
「わかったことがある」
全員が集まった。
ミルヴァが話し始めた。
「東の拠点の詳細が、ほぼ把握できた」
「どういう場所ですか」
「この街から東に半日の距離にある廃村だ。五年以上前から使われている。表向きは廃墟だが、地下に施設がある」
「人数は」
「常時五人から七人程度。ただし、交代で動いているので、常に全員がいるわけではない」
「警備は」
「入口に二人。地下への扉に一人。記録を管理している部屋に一人。合計四人が常時配置されている」
「記録はどこにあります」
「地下の最奥だ。鍵がかかっている。ただし」
ミルヴァが少し間を置いた。
「記録は書類だけではない。魔法による封印も施されている。単純に踏み込んで燃やせばいい、というものではない」
「封印を解く必要がある、ということですか」
「そうだ。封印を解かないまま記録を破壊すると、別の場所に複製が送られる仕組みになっている可能性がある」
「バックアップがある、ということですか」
「そう考えた方がいい」
俺は少し考えた。
封印の解除。
バックアップの遮断。
それを同時にやる必要があった。
「封印を解ける人間が必要ですね」
「そうだ」
リアが言った。
「封印の種類によっては、解除できます。ただし、事前に確認が必要です」
「封印の情報はありますか」
ミルヴァが言った。
「結界系の封印だ。複数層になっている」
「コリンさんは」
コリンが言った。
「結界系なら、解除の糸口を見つけられると思います。ただし、時間がかかります」
「どのくらいですか」
「封印の強さによります。五分から十五分、というところでしょうか」
「その間、周囲を抑える必要があります」
「そうですね」
俺は頭の中で段取りを組み始めた。
役割が見えてきた。
ミルヴァが先行して内部を制圧する。
アーヴィンさんが入口を抑える。
マユミが中を制圧する。
コリンが封印を解除する。
リアがバックアップの遮断を担当する。
俺が全体を把握して指示を出す。
「もう一つ確認します。バックアップの遮断は、どうすればできますか」
ミルヴァが言った。
「魔法的な通信を遮断する必要がある。記録が送られる前に、通信路を塞ぐ」
「リアさん、できますか」
リアが少し間を置いた。
「風魔法で通信を阻害することは、理論上可能です。ただし、どういう魔法で通信しているかによります」
「現地で確認する形になりますか」
「はい。ただし、対応できると思います」
「わかりました」
ミルヴァが言った。
「もう一つ、伝えておく」
「はい」
「拠点の人間は、戦闘員ではない。管理者と連絡役が中心だ。ただし、護衛が二人いる。そこそこの実力だ」
「具体的には」
「Cランク相当。ただし、暗殺に慣れている。正面からではなく、不意打ちを得意とする」
「ミルヴァさんと同系統ですか」
「似た動き方をする。あたしが対応する」
「お願いします」
全員が俺を見た。
「段取りを話します」
全員が聞いた。
「役割はこうです。ミルヴァさんが先行して入口の二人を制圧。音を立てずに。アーヴィンさんが入口を固めて外部からの増援を遮断。マユミが地下への扉の一人を制圧。コリンさんが封印の解除を開始。リアさんがバックアップ通信の遮断を担当。俺は全体の状況を把握して指示を出します」
「わかった」
「了解」
「はい」
「問題はありません」
アーヴィンさんが静かに言った。
「いつだ」
「準備ができれば明後日に決行したいと思います。明日は最終確認と準備に使います」
「わかった」
「セリウスさんには今日中に報告します。ただし、本部への連絡は慎重にとお願いします」
ミルヴァが言った。
「情報料だが」
「はい」
「今回は、パーティ内案件として扱う。無料だ」
全員が少し止まった。
マユミが言った。
「珍しいな」
「カゲツの件が絡んでいる。あたしも、この案件を終わらせたい」
マユミが少し間を置いた。
「ありがとう」
「礼は終わらせてからでいい」
「わかった」
静かになった。
俺は全員を見た。
「今日は準備に集中します。消耗品の補充、装備の確認、体力の温存。明日も同じです。明後日の朝、出発します」
「了解」
「わかりました」
「はい」
「問題はありません」
全員が散った。
俺は羅針盤を確認した。
針が、東を向いていた。
はっきりと、東だった。
拠点の方向だった。
北の反応は、今日は薄かった。
でも、消えてはいなかった。
かすかに、北も感じていた。
両方、確かにあった。
段取りが、最終段階に入った。
現場が、近かった。
その日の午後、セリウスさんのところに行った。
一人だった。
「東の拠点への段取りが、ほぼ整いました」
セリウスさんが少し目を細めた。
「明後日、動きます」
「そうですか」
「封印の解除とバックアップの遮断が課題です。コリンさんとリアさんが対応します」
「わかりました」
「本部への連絡は、事後にしてほしいです。事前に漏れると、拠点が動く可能性があります」
「わかっています。慎重に動きます」
「一つお願いがあります」
「なんですか」
「カゲツさんの記録を消した後、カゲツさんが安全に動けるよう、ギルドとして何か手を打てますか」
セリウスさんが少し間を置いた。
「できる範囲で動きます。ただし、カゲツさん自身の意思が必要です」
「本人は、逃げる意思があります。条件が整えば動けると言っていました」
「わかりました。こちらでも準備します」
「ありがとうございます」
「礼は不要です」
セリウスさんが少し前を向いた。
「気をつけてください」
「はい」
「全員で帰ってきてください」
「はい。それだけは、必ず」
部屋を出た。
廊下を歩いた。
段取りが整っていた。
現場が、明後日に来る。
準備をする。
それだけだった。
出発前日の夜だった。
マルティナさんが夕食を出した。
香草焼き肉だった。
濃いスープがついていた。
焼き野菜が並んでいた。
成功時の食事だった。
まだ、出発していなかった。
でも、マルティナさんには何かがわかっていた。
「食え」
「いただきます」
全員が食べた。
うまかった。
マユミが少し前を向いたまま食べていた。
いつもより、静かだった。
でも、色は落ち着いていた。
覚悟が決まった色だった。
アーヴィンさんが静かに食べていた。
深い青が、今日は澄んでいた。
ミルヴァが少し早く食べ終わった。
コリンが言った。
「明後日、頑張りましょう」
「頑張るな」
マユミが言った。
「え」
「段取り通りやるだけだ。頑張るとか、そういう話じゃない」
コリンが少し笑った。
「そうですね。失礼しました」
「いい」
リアが言った。
「段取り通りやれば、終わります」
「そうですね」
「合理的に進めます」
「はい」
マルティナさんが厨房から顔を出した。
「全員で帰ってこい」
「はい」
「それだけでいい」
マルティナさんが引っ込んだ。
全員が少し静かになった。
それだけでいい。
マルティナさんの言葉が、部屋に残った。
うまかった。
段取りは、整っていた。
あとは、動くだけだった。
第百二十四話「東の拠点へ、段取りを組む」 了




