第百二十三話「可視化の、核心」
翌朝だった。
朝食を終えてから、全員を集めた。
「話があります。羅針盤のことと、レインのことです」
全員が静かになった。
アーヴィンさんが少し頷いた。
「全部、話せ」
「はい」
俺は順番に話した。
羅針盤が夜中に動いたこと。
セリウスさんに話に行ったこと。
羅針盤の以前の持ち主がレインだったこと。
セリウスさんが五年間知っていたこと。
北と東を交互に示していること。
北が《霧裂きの穴》で、東が仲介業者の拠点であること。
二つが繋がっている可能性があること。
全部話した。
全員が静かに聞いていた。
話が終わった。
マユミが言った。
「羅針盤が、レインのものだったのか」
「そうです」
「じゃあ、お前がそれを持っているのは」
俺は少し間を置いた。
「偶然ではないかもしれません」
静かになった。
コリンが言った。
「セリウスさんは、ずっと知っていたんですね」
「はい。ただ、タイミングを待っていたそうです」
「なぜ今だったんでしょう」
「羅針盤が動き始めたからだと思います。スキルが第四段階に近づいて、羅針盤の感度が上がった。そのタイミングが、話すべき時だったということだと思います」
「なるほど」
リアが言った。
「整理します」
全員がリアを見た。
「レインは可視化持ちで、羅針盤を持っていた。五年前に《霧裂きの穴》で消えた。羅針盤だけが残された。ヒコが三層で拾い、スキルと連動し始めた」
「そうです」
「仲介業者は可視化持ちを狙っている。ノルファで術師を消した組織と同系列の可能性がある。レインの消失にも関与している可能性がある」
「そうだと思います」
「羅針盤が北と東を示している。北は《霧裂きの穴》、東は仲介業者の拠点。両方を解決することが、レインの謎に繋がる」
「はい」
リアが少し前を向いた。
「合理的な構造です。全部が一本に繋がっています」
「そうですね」
ミルヴァが言った。
「一つ確認する」
「はい」
「レインが消えた、というのは、死んだということではないかもしれない、ということか」
「セリウスさんはそう言っていました。可視化スキルの性質上、ただ消えるだけでは終わらない可能性があると」
「羅針盤に残っている可能性がある」
「はい」
ミルヴァが少し前を向いた。
「情報屋として言う。死体がない失踪は、生きている可能性を残す。ただし、それは希望でもあり、罠でもある」
「罠、というのは」
「生きていると思わせておいて、動かせる。感情を利用する手口がある」
「そうですか」
「慎重に動け。レインが生きていると信じることと、そこに向かって動くことは、別の話だ」
俺は少し間を置いた。
「わかりました。段取りを組むときに、その点は考慮します」
「そうしろ」
アーヴィンさんが静かに言った。
「レインのことは、俺が判断する」
全員がアーヴィンさんを見た。
「感情で動くのは俺の役割じゃない。でも、レインのことは俺が一番知っている」
「はい」
「段取りを組むとき、俺に確認しろ」
「わかりました」
アーヴィンさんが少し前を向いた。
深い青が、今日は少し違った。
静かだった。
でも、その中に、何かが固まっていた。
五年間、答えが出なかったことが、少しずつ形になってきていた。
その色だった。
午後になった。
一人で部屋にいた。
羅針盤を手に持った。
針が、北を向いていた。
今日は、東を示していなかった。
北だけだった。
俺は少し間を置いた。
「レインさん」
声に出した。
静かだった。
でも、今日は少し違った。
針が、わずかに動いた。
一瞬だけ、揺れた。
また北に戻った。
それだけだった。
でも、確かに動いた。
応えていた。
言葉にはならなかった。
でも、そこにいた。
俺は少し間を置いた。
「段取りを組みます。急ぎません。でも、止まらない」
針が、また少し動いた。
揺れた。
止まった。
それだけだった。
でも、十分だった。
羅針盤をしまった。
立った。
窓の外を見た。
空が、少し曇っていた。
でも、光が差していた。
可視化スキルの本質が、少し見えてきた気がした。
見える力は、知る責任を伴う。
セリウスさんが言っていた。
前世で現場を仕切っていたときも、同じだった。
全部が見えているリーダーほど、抱えるものが多い。
でも、一人で抱えるわけではない。
役割を分けて、全員で動く。
それが、段取りだった。
見えすぎても、迷わない。
全員がいるから、迷わなくていい。
それだけだった。
部屋を出た。
食堂に向かった。
全員がいた。
「今日は、どうする」
マユミが聞いた。
「依頼を一本入れます。東の拠点への段取りはまだ整っていません。その間も、動きを止めない」
「そうだな」
「ミルヴァさん、引き続き情報収集をお願いします」
「わかった」
「セリウスさんには、今日の話を伝えます。全員で共有した上で動くと」
「合理的です」
リアが言った。
「今日の依頼は何にしますか」
「北東の森の間引き依頼が出ています。Bランク対応の上位種が確認されているものです」
「モスハウンドの上位種ですか」
「グリーンドレッドという種類です。広範囲擬態を持つ個体です」
「ミルヴァさんとリアさんの連携が必要ですね」
「そうです。ちょうどいい実戦になります」
全員が頷いた。
「では、行きます」
全員が立った。
玄関を出た。
マルティナさんが厨房から声をかけた。
「気をつけろ」
「はい」
「全員で帰ってこい」
「はい」
六人が、歩き始めた。
羅針盤が、ポケットの中で静かにあった。
針は、今は北を向いていた。
待っていた。
俺も、待っていた。
でも、止まっていなかった。
急がない。
でも、止まらない。
それが、現場仕込みだ。
第百二十三話「可視化の、核心」 了




