第百二十一話「三方向からの視線」
翌日だった。
朝食を終えてから、一人でギルドに向かった。
全員には、先に行くと伝えた。
マユミが言った。
「一人か」
「はい。スキルの話は、まず俺一人で話す方がいいと思います」
「そうか。気をつけろ」
「はい」
セリウスさんの部屋に通された。
セリウスさんが待っていた。
「来ましたね」
「はい。二つ、報告があります」
「座ってください」
椅子に座った。
「一つは、スキルの変化についてです。もう一つは、仲介業者の拠点についてです」
「スキルの話から聞かせてください」
「はい。見えすぎている、という感覚が大きくなっています」
セリウスさんが少し目を細めた。
「具体的には」
「全員の色が同時に感じられるようになって、しばらく経ちます。ただ、最近は輪郭が鮮明になってきています。一人ひとりの色の中に、以前より細かい情報が混ざっています」
「感情の機微がより詳しく見えるようになった、ということですか」
「そう思います。ただ、情報が多すぎて、処理が追いつかない感覚があります」
「迷う場面が増えましたか」
「まだ迷ってはいません。ただ、そうなる一歩手前にいる感じがします」
セリウスさんが少し前を向いた。
「それは、第四段階への移行が進んでいるということです」
「そうですか」
「ただ」
セリウスさんが少し間を置いた。
「同時に、狙われやすくなっているということでもあります」
「わかっています」
「スキルが成長するほど、外から感知できる人間には見えやすくなります。今の段階は、かなり目立ちます」
「三方向から追われているという情報があります」
セリウスさんが少し止まった。
「三方向、というのは」
「本部、魔族側、仲介業者です。ミルヴァさんからの情報です」
「本部が追っているのは、保護の目的もあります。ただ」
「魔族側と仲介業者は、違う目的ですね」
「そうです」
セリウスさんが静かに言った。
「動き方を、慎重にする必要があります」
「はい。ただ、慎重にするだけでは解決しません」
「そうですね」
「攻めの段取りが必要です。受けているだけでは、状況が変わらない」
セリウスさんが少し俺を見た。
「二つ目の報告を聞きましょう」
「はい。仲介業者の拠点が、この街から東にある可能性が高いです。ベルガン件の残党が、別の形で活動を続けています」
「東の拠点」
「はい。カゲツさんの記録も、そこにある可能性があります」
「カゲツさん、というのは」
「マユミの父親です。仲介業者に利用されている人物です。記録を消せば、逃げられる可能性があります」
セリウスさんが少し間を置いた。
「マユミさんの父親が、そういう立場にいたとは知りませんでした」
「俺たちも、最近知りました」
「そうですか」
セリウスさんが少し前を向いた。
「拠点について、ギルド本部に確認します。単独で動くのは危険です」
「そうですね。ただ、本部に情報が伝わることで、仲介業者側に漏れる可能性はありますか」
セリウスさんが少し止まった。
「その懸念は、正しいです」
「情報の分断が意図的に行われていたなら、本部の中にも繋がりがある可能性があります」
「慎重に動きます。信頼できる範囲で確認します」
「お願いします」
セリウスさんが俺を見た。
「一つだけ聞かせてください」
「はい」
「今、怖いですか」
俺は少し間を置いた。
「怖くはないです。ただ」
「ただ」
「見えることが増えるほど、背負うものが増える感じがします。前世で現場を仕切っていたときも、同じ感覚がありました」
「どうしていましたか」
「段取りを組みました。全部一人で抱えず、役割を分けました」
「それは、今もできますか」
「はい。仲間がいるので」
セリウスさんが少し笑った。
「そうですね」
「ただ、セリウスさんにも一つお願いがあります」
「なんですか」
「スキルが第四段階に移行したとき、何が起きるか。事前に教えてもらえますか」
「わかっている範囲で、話します」
「お願いします」
セリウスさんが少し前を向いた。
「第四段階では、ステータス数値全体が見えるようになります。ただし、それだけではありません」
「他に何がありますか」
「相手の意図が、色に混ざって見えるようになる可能性があります。感情だけでなく、行動の方向性が」
「それは」
「便利でもあります。ただ、嘘をつく人間や、自分でも気づいていない意図を持つ人間を見たとき、情報が混乱する可能性があります」
「見えすぎることで迷う、というのが、より強くなるということですか」
「そうです。第四段階は、スキルの本質に一番近い段階です。それだけ、負荷も大きい」
「わかりました」
「ただ、あなたには羅針盤があります。それが、情報を整理する助けになります」
「そうですね」
「それと」
セリウスさんが少し間を置いた。
「パーティがいます」
「はい」
「一人で見すぎないことです。全員が役割を持っている。あなたは全部を見なくていい」
俺は少し間を置いた。
「段取りですね」
「そうです」
「わかりました」
立ち上がろうとした。
セリウスさんが言った。
「もう一つだけ」
「はい」
「羅針盤が、最近変化していませんか」
俺は少し止まった。
「東の方向を指すことが増えています」
「そうですか」
「拠点がある方向だと思っていました」
「それもあると思います。ただ」
セリウスさんが少し前を向いた。
「羅針盤は、スキルと連動して成長します。方向を示すだけでなく、やがて何かを伝えようとするかもしれません」
「何を伝えるんですか」
「わかりません。ただ、その変化を、見逃さないでください」
「はい」
部屋を出た。
廊下を歩いた。
頭の中で整理した。
第四段階への移行が進んでいる。
狙われやすくなっている。
仲介業者の拠点が東にある。
本部の中にも繋がりがある可能性がある。
羅針盤が変化しようとしている。
整理すると、やることは変わらなかった。
段取りを組む。
全員で動く。
見えすぎても、迷わない。
それだけだった。
ギルドを出た。
外の空気を吸った。
少し、頭が軽くなった。
宿に戻った。
全員がいた。
「報告します」
全員が俺を見た。
順番に話した。
第四段階への移行が進んでいること。
狙われやすくなっていること。
本部の中にも繋がりがある可能性があること。
羅針盤が変化しようとしていること。
全員が静かに聞いた。
マユミが言った。
「お前が狙われると、全員が危険になるな」
「そうです」
「でも、お前がいないと段取りが組めない」
「他の人間でも組めます。ただ、スキルがなくなると情報が減ります」
「そういうことじゃない」
マユミが少し前を向いた。
「お前がいないと、困る。それだけだ」
俺は少し間を置いた。
「いなくなりません」
「そうか」
「段取りを組んで、全員で帰ってくる。それが俺のやり方です」
「知ってる」
アーヴィンさんが静かに言った。
「守る」
短かった。
でも、その一言が、部屋に残った。
ミルヴァが言った。
「情報管理を強化する。お前の動きを、外に漏らさないようにする」
「お願いします」
「ただし」
「情報料は別途請求ですね」
「そうだ」
ミルヴァが少し口元を動かした。
コリンが言った。
「結界の範囲を、ヒコさんを中心に広げる練習をしてみます」
「ありがとうございます」
「ヒコさんを守れれば、段取りが続きます。それが一番合理的です」
リアが言った。
「索敵を、ヒコさんの周囲に集中させる局面を想定します」
「そうですね」
「合理的な防護体制です」
「ありがとうございます」
全員が、それぞれの言葉で言った。
俺は少し間を置いた。
「ありがとうございます」
「礼はいい」
マユミが言った。
「段取りを組め」
「はい」
「次は何をする」
「仲介業者の拠点の詳細を確認します。セリウスさんが信頼できる範囲で本部に確認します。ミルヴァさんは引き続き情報を集めます」
「それが終わったら」
「拠点への段取りを組みます。カゲツさんの記録を消す。それが、次の大きな動きです」
「わかった」
「急ぎません。でも、止まらない」
「お前らしいな」
「現場仕込みなので」
マルティナさんが夕食を出した。
干し肉のスープだった。
黒パンがついていた。
いつもの基本食だった。
でも、今日はそれで十分だった。
「いただきます」
うまかった。
三方向から見られている。
でも、六人がここにいる。
それだけで、十分だった。
段取りが、また動いていた。
第百二十一話「三方向からの視線」 了




