第百二十話「帰り道と、段取りの続き」
帰り道だった。
二日かけて街に戻った。
道中、全員が少し静かだった。
いつもと違う静かさだった。
重いわけではなかった。
でも、全員が何かを考えていた。
マユミが隣を歩いていた。
前を向いていた。
何も言わなかった。
俺も何も言わなかった。
言わなくていいと思った。
街に着いた。
宿に戻った。
マルティナさんが全員を見た。
一人ずつ確認した。
「全員か」
「全員です」
「そうか」
それだけだった。
でも、今日の夕食は少し違った。
具だくさんのスープだった。
厚切りのパンがついていた。
卵が一つずつあった。
少し良い日の食事だった。
依頼に出ていたわけではなかった。
でも、マルティナさんには何かがわかっていた。
「食え」
「いただきます」
うまかった。
マユミが黙って食べていた。
いつもより、ゆっくりだった。
食べ終わってから、少し器を見ていた。
マルティナさんが厨房から顔を出した。
「もう一杯飲むか」
マユミが少し顔を上げた。
「いただきます」
スープが追加された。
何も言わなかった。
でも、それだけで十分だった。
夜になってから、マユミが俺に声をかけた。
「少し、いいか」
「はい」
食堂の隅に座った。
二人だった。
「段取り、組めるか」
「組めます。ただ、もう少し情報が必要です」
「何が必要だ」
「仲介業者が持っているカゲツさんの記録が、どこにあるか。それを消す方法。その二つです」
「ミルヴァに頼むか」
「はい。それが一番早いと思います。ただ、今夜は話しかけません。明日にします」
「なぜだ」
「今日は全員、疲れています。段取りは、頭が動く状態で組む方がいいです」
マユミが少し間を置いた。
「そうだな」
「はい」
「お前は、いつもそういう判断をするな」
「現場仕込みなので」
「知ってる」
マユミが少し前を向いた。
「父さんのこと、みんなに話した方がいいか」
「全員、カルタでの話を聞いていません。帰り道でも話しませんでした。全員に共有した方がいいと思います」
「明日か」
「はい」
「わかった」
マユミが少し間を置いた。
「ヒコ」
「はい」
「父さんが言っていた。いい仲間を持ったなって」
「そうですね」
「俺もそう思う」
俺は少し間を置いた。
「俺もです」
マユミが少し笑った。
今日は、力のない笑いではなかった。
少し違った。
それだけだった。
二人が立った。
部屋に戻った。
翌朝だった。
朝食を終えてから、全員を集めた。
「カルタでのことを、全員に話します」
全員が聞いた。
マユミが話した。
父が生きていたこと。
仲介業者に利用されていること。
ノルファで術師たちに警告しようとしていたこと。
《緋晶鋼》の採掘場所を最初に見つけた人物だったこと。
ガデルに伝えた人物だったこと。
カグラとヒナギの名前を知っていたこと。
逃げるには、仲介業者の記録を消す必要があること。
全部話した。
全員が静かに聞いていた。
話が終わった。
アーヴィンさんが言った。
「生きていたか」
「ああ」
「それはよかった」
短かった。
でも、アーヴィンさんが「よかった」と言うのは珍しかった。
本心だと思った。
コリンが言った。
「《緋晶鋼》の採掘場所を見つけた方が、カゲツさんだったんですね」
「そうだ。知らなかった」
「繋がっていたんですね」
「そうなる」
リアが言った。
「仲介業者の記録を消すことが、カゲツさんを救う条件です。それが次の課題になります」
「そうですね」
「合理的に進める必要があります」
「はい」
ミルヴァが言った。
「記録の場所について、心当たりがある」
全員がミルヴァを見た。
「仲介業者の動き方は、ベルガンの件と同系列だ。記録の管理方法も似ている可能性がある」
「ベルガンの件では、どこに記録がありましたか」
「本拠地に集約されていた。ただし、複数の場所に分散して保管していた可能性もある」
「調べられますか」
「時間をくれ。ただし」
ミルヴァが俺を見た。
「今回は、情報料が発生する」
「わかりました。いくらですか」
「まだわからない。調べてから請求する」
「了解です」
マユミが言った。
「いくらかかっても、払う」
「そうか」
ミルヴァが少し前を向いた。
「わかった。動く」
その日の午後だった。
ミルヴァが出かけた。
単独行動だった。
俺はギルドで依頼の確認をしてから、宿に戻った。
羅針盤を確認した。
針が、いつもと少し違う動き方をしていた。
何かが、近かった。
でも、形にはなっていなかった。
スキルの変化が、また続いていた。
全員の色を同時に感じる状態が、今日も続いていた。
でも、今日は少し違った。
輪郭が、鮮明になっていた。
一人ひとりの色が、前より細かく感じられた。
マユミの色の中に、新しいものが混ざっていた。
昨日から続いているものだった。
うまく言葉にできなかった。
でも、昨日よりはっきりしてきた。
決意、に近かった。
父親に会ったことで、何かが固まったのだと思った。
アーヴィンさんの色も、少し変わっていた。
深い青の中に、静かな熱が混ざっていた。
レインのことが、また動き始めているのかもしれなかった。
リアの澄んだ青は、今日は鋭かった。
師匠の謎が動き始めたことで、方向が定まった色だった。
コリンの落ち着いた緑が、少し揺れていた。
師匠の件と、リアへの気持ちが、混ざっているのかもしれなかった。
ミルヴァの灰色は、今日は外に出ているので感じにくかった。
でも、かすかに感じた。
集中している色だった。
全員が、それぞれの方向を向いていた。
でも、全員がここにいた。
それが、今の状態だった。
強くなっているのに、見えすぎている。
その違和感が、また大きくなっていた。
スキルが成長するほど、情報が増える。
情報が増えるほど、迷う可能性が上がる。
セリウスさんが言っていた。
見えすぎることで迷う、という本質的な弱点がある、と。
今日は、まだ迷っていなかった。
でも、それは近い。
その感覚が、少しずつ大きくなっていた。
セリウスさんに、報告が必要かもしれなかった。
急がない。
でも、放置もできない。
明日、時間を作ろう、と思った。
夜になった。
ミルヴァが戻ってきた。
「わかったことがある」
「聞きます」
「記録は、この街から東にある拠点に集約されている可能性が高い。ベルガンの件で押さえた組織の残党が、まだ動いている」
「残党が」
「ベルガンは捕まったが、組織全体が潰れたわけではない。一部が生き残って、別の形で動いている」
「そうですか」
「カゲツの記録も、そこにある可能性が高い」
「拠点の場所はわかりますか」
「おおよそは。ただし、確認が必要だ」
「わかりました。セリウスさんに報告して、一緒に段取りを組みます」
「そうしろ」
ミルヴァが少し前を向いた。
「ただし、一つ言っておく」
「はい」
「その拠点、お前のことも把握している可能性がある」
俺は少し間を置いた。
「俺を、ですか」
「可視化持ちの動向を追っている。本部も、魔族側も。そしてその仲介業者も。同じ対象を、三方向から追っている」
「わかりました」
「気をつけろ」
「はい」
ミルヴァが俺を見た。
「お前が狙われると、パーティ全体が危険になる。それだけは忘れるな」
「忘れません」
「段取りの人間らしく、先を読め」
「はい。読みます」
ミルヴァが立った。
部屋に向かった。
俺は羅針盤を確認した。
針が、東の方向を向いていた。
かすかだった。
でも、確かにそちらを向いていた。
拠点がある方向だった。
何かが、そこにあった。
まだ見えていなかった。
でも、近かった。
急がない。
でも、準備は怠らない。
段取りが、また動き始めた。
第百二十話「帰り道と、段取りの続き」 了




