第百十九話「父親と、再会と」
数日後だった。
ミルヴァが夕方に戻ってきた。
いつもより少し早かった。
全員が食堂にいた。
「場所がわかった」
全員が止まった。
マユミが立った。
「カゲツという人物の、現在の所在が」
「どこだ」
「この街から二日の距離にある、カルタという小さな町だ」
「確かか」
「確かだ。ただし」
ミルヴァが少し間を置いた。
「監視がついている。二人。交代で動いている」
俺は少し考えた。
「仲介業者の人間ですか」
「そうだと思う。カゲツは自由に動けるが、常に見られている」
「近づき方を考える必要がありますね」
「そうだ。正面から行けば、監視に気づかれる。カゲツ自身も警戒するかもしれない」
マユミが言った。
「どうする」
「段取りを組みます。一晩、考えさせてください」
「わかった」
マユミが短く言った。
いつもより静かだった。
色を確認した。
オレンジに近い赤の中に、複雑なものが混ざっていた。
期待と、恐れが、同時にあった。
五年間会っていない父親だった。
そういう色になるのは、当然だと思った。
その夜だった。
俺は羅針盤を手に持ちながら、頭の中で段取りを組んだ。
条件は三つだった。
監視に気づかれないこと。
カゲツ本人に警戒させないこと。
全員の安全を確保すること。
正面から行くのは難しかった。
六人が揃って動けば、目立つ。
監視はすぐに気づく。
では、どうするか。
ミルヴァに監視を外してもらう。
その間に、小人数で接触する。
カゲツに近い立場の人間が行く。
それしかなかった。
翌朝、全員に伝えた。
「段取りを話します」
全員が聞いた。
「カルタまで全員で移動します。ただし、町に入るのは小人数にします」
「何人ですか」
「三人。マユミ、ミルヴァさん、俺です」
「なぜその三人ですか」
「マユミは父親に会う当事者です。ミルヴァさんは監視の動きを把握して外せます。俺はスキルで状況を確認します」
「残りは」
「アーヴィンさん、リアさん、コリンさんは町の外で待機してもらいます。何かあれば合図を出します」
アーヴィンさんが静かに言った。
「わかった」
「リアさんは索敵を外から続けてください。何か異常があればすぐに教えてください」
「はい」
「コリンさんは待機中も結界の準備をしておいてください」
「了解です」
「ミルヴァさん、監視を外すのにどのくらいかかりますか」
「状況次第だ。ただ、三十分あれば何とかなる」
「その間にカゲツと接触します」
「わかった」
マユミが言った。
「父は、会ってくれるか」
「わかりません。ただ、セリウスさんの情報では、術師たちを助けようとしていた人物です。話は聞いてくれると思います」
「そうか」
「ただ、距離を取る可能性があります。巻き込みたくないと思っているかもしれません」
「それでも、会う」
「はい」
マユミが少し前を向いた。
「行こう」
翌日の朝だった。
マルティナさんが朝食を出した。
塩スープだった。
硬めのパンと、干し肉がついていた。
依頼前の食事だった。
全員が食べた。
静かだった。
マルティナさんが言った。
「全員で帰ってこい」
「はい」
扉を出た。
二日かけてカルタに着いた。
小さな町だった。
人の往来は少なかった。
静かな場所だった。
町の外れで、三人と三人に分かれた。
「何かあれば、これで合図を」
俺はアーヴィンさんに信号弾を渡した。
「わかった」
「リアさん、索敵をお願いします」
「はい。開始します」
「コリンさん」
「待っています。気をつけてください」
三人が町に入った。
ミルヴァが先行した。
しばらくして戻ってきた。
「監視は二人。一人は市場の近くにいる。もう一人は宿の前だ」
「カゲツはどこにいますか」
「宿の中だ。部屋にいる」
「宿の前の監視を外せますか」
「外せる。ただ、時間は限られる」
「わかりました。市場の監視はどうします」
「そちらは動いていない。今は問題ない」
「では、宿の前を頼みます。外れたら合図を」
「了解」
ミルヴァが消えた。
マユミが俺の隣に立った。
「緊張するな」
「そうですか」
「こんなに緊張したのは、久しぶりだ」
「そうですね」
「戦闘の方が、まだ楽だ」
「気持ちはわかります」
マユミが少し笑った。
力のない笑いだった。
でも、笑えていた。
それで十分だった。
しばらくして、ミルヴァから合図が来た。
「行きます」
「ああ」
宿に入った。
受付に声をかけた。
「カゲツという方に会いに来ました。知り合いです」
受付が少し考えた。
「少々お待ちください」
奥に行った。
戻ってきた。
「どうぞ。二階の突き当たりです」
「ありがとうございます」
二階に上がった。
廊下を歩いた。
突き当たりの扉の前に立った。
マユミが少し止まった。
俺は色を確認した。
オレンジに近い赤が、今日は落ち着いていた。
覚悟が決まった色だった。
マユミが扉を叩いた。
少し間があった。
扉が開いた。
男が立っていた。
四十代くらいだった。
短剣を腰に下げていた。
顔を見た。
マユミに、少し似ていた。
男がマユミを見た。
少し間を置いた。
「……マユミか」
「ああ」
静かだった。
廊下が、しんとしていた。
男が俺を見た。
俺の色を、確認するような目をした。
羅針盤が、少し動いた。
男の色を感じた。
複雑な色だった。
安堵が少し混ざっていた。
でも、それより大きいものがあった。
警戒だった。
そして、もう一つ。
申し訳なさに近い色だった。
「中に入れ」
男が言った。
低い声だった。
でも、拒絶ではなかった。
三人が部屋に入った。
扉が閉まった。
部屋は狭かった。
荷物が少なかった。
いつでも動ける状態だった。
男が椅子に座った。
俺とマユミが立った。
ミルヴァは扉の近くに立った。
男がマユミを見た。
「大きくなったな」
「五年経ったから」
「そうだな」
マユミが少し前を向いた。
「なぜ、消えた」
男が少し間を置いた。
「巻き込みたくなかった」
「何に」
「俺が関わっていることに」
「どういうことだ」
男が俺を見た。
「お前は、何者だ」
「冒険者です。マユミのパーティリーダーです」
「スキルを持っているな」
俺は少し間を置いた。
「はい」
「何が見える」
「色が見えます」
男が少し目を細めた。
「可視化か」
「そうです」
男が少し前を向いた。
「そうか。だから、マユミと一緒にいるのか」
「どういう意味ですか」
「可視化を持つ人間は、いずれ狙われる。マユミの周りにそういう人間がいれば、マユミも危険になる」
「知っています。ただ、全員で動いているので、一人でいるより安全です」
男が少し間を置いた。
「そうかもしれないな」
マユミが言った。
「父さん」
男が少しマユミを見た。
「お前が消えた理由を、全部話せ」
男が少し前を向いた。
「長くなる」
「構わない」
「監視がある」
「今は外れています。時間は限られますが」
ミルヴァが言った。
「三十分ある」
男が少し頷いた。
「わかった。話す」
男が口を開いた。
五年前のことだった。
ノルファにいたときのことだった。
術師たちが次々と消えていくのを見ていたこと。
仲介業者の存在に気づいたこと。
警告しようとしたが、間に合わなかったこと。
その後、仲介業者に存在を知られたこと。
消されないために、利用される立場になったこと。
マユミに近づけば、危険が及ぶと判断して、距離を置いたこと。
全部話した。
マユミが静かに聞いていた。
俺も聞いていた。
色を確認していた。
男の色が、話しながら変わっていった。
申し訳なさが、少し薄くなっていった。
代わりに、疲れに近い色が出てきた。
ずっと、一人で抱えていた人間の色だった。
男が話し終わった。
マユミが少し間を置いた。
「緋閃の双刃のことを、知っているか」
男が少し止まった。
「知っている」
「どうして知っている」
「《緋晶鋼》の採掘場所を、俺が最初に見つけた」
全員が止まった。
「火山地帯の奥だ。十年前に、偶然見つけた。その場所を、後に別の人間に伝えた」
「誰に」
「ガデルという鍛冶師だ。あの素材を打てる腕を持つ人間を探していた。ガデルなら打てると思った」
俺は少し間を置いた。
「ガデルさんは、知っていますか。あなたのことを」
「知っているはずだ。ただ、俺が誰かは、言っていない」
マユミが《緋閃の双刃》を鞘から少し出した。
赤い光が漏れた。
男が、その光を見た。
少し目を細めた。
「完成したのか」
「ああ」
「そうか」
男が少し前を向いた。
「カグラとヒナギが、応えているな」
「知っているのか」
「あの素材に宿っていた精霊の名前だ。荒々しい方がカグラ。静かな方がヒナギ。俺が見つけたとき、すでにいた」
マユミが剣を収めた。
「父さんが、この剣の出発点だったのか」
「偶然だ。俺が意図したわけじゃない」
「でも、繋がっている」
「そうだな」
静かになった。
ミルヴァが言った。
「時間だ。監視が戻る」
「わかりました」
俺はカゲツを見た。
「一つだけ聞かせてください。逃げられますか。仲介業者から」
カゲツが少し間を置いた。
「条件がある」
「条件というのは」
「仲介業者が持っている、俺に関する記録を消すことだ。それがある限り、逃げても追われる」
「記録の場所はわかりますか」
「だいたいは」
「わかりました」
俺は少し間を置いた。
「急ぎません。でも、段取りを組みます」
カゲツが俺を見た。
「お前、面白い人間だな」
「そうですか」
「マユミ」
「なんだ」
「いい仲間を持ったな」
マユミが少し間を置いた。
「ああ」
短かった。
でも、その一言に、全部が入っていた。
三人が部屋を出た。
廊下を歩いた。
宿を出た。
ミルヴァが合図を出した。
監視が戻る前に、町を出た。
三人が合流した。
アーヴィンさんが全員の顔を確認した。
「会えたか」
「はい」
「どうだった」
マユミが少し前を向いた。
「生きてた」
「そうか」
「それだけで、十分だった」
アーヴィンさんが頷いた。
「そうだな」
全員が歩き始めた。
帰り道だった。
マユミが少し後ろを振り返った。
カルタの町が、小さくなっていた。
また振り向いた。
前を向いた。
色が、変わっていた。
オレンジに近い赤の中に、何か新しいものが混ざっていた。
俺にはまだ、うまく言葉にできなかった。
でも、悪い色ではなかった。
確かなことだった。
第百十九話「父親と、再会と」 了




