第百十八話「セリウスと、全部の話」
翌日だった。
朝食を終えてから、全員でギルドに向かった。
セリウスさんに話があると、前日のうちに伝えていた。
部屋に通された。
全員が入った。
椅子が足りなかった。
セリウスさんが追加の椅子を用意した。
全員が座った。
セリウスさんが全員を見た。
「何かありましたね」
「はい。全部、話します」
俺は順番に話した。
コリンとリアの師匠の死のこと。
魔力が完全に消失していたこと。
両師匠が同時期にノルファに滞在していたこと。
ミルヴァが調べた旧記録のこと。
五年から三年前にかけてノルファで術師が七人消えたこと。
共通点が特殊スキル持ちだったこと。
仲介業者がノルファで活動していたこと。
レインがノルファ出身だったこと。
全部話し終わった。
セリウスさんが静かに聞いていた。
途中で何も言わなかった。
最後まで聞いた。
長い沈黙があった。
セリウスさんが口を開いた。
「知っていることがあります」
全員が静かになった。
「全部は、話せません。ただ、今日は話せる範囲で話します」
「お願いします」
セリウスさんが少し前を向いた。
「ノルファで術師が消えていたことは、知っていました。ただ、七人という数は把握していませんでした」
「そうですか」
「情報ギルドの記録は、冒険者ギルド本部にも一部が届いていました。ただ、その時点では個別の事案として処理されていました」
「繋がっていると気づいていなかった、ということですか」
「そうです。今日、あなたたちの話を聞いて、初めて全体像が見えてきました」
ミルヴァが言った。
「情報は分断されていた」
「そうですね。意図的に分断された可能性もあります」
「組織的な隠蔽ですか」
「可能性があります」
セリウスさんが少し間を置いた。
「一つ確認させてください」
「はい」
セリウスさんがマユミを見た。
「マユミさんの父親について、何か知っていることはありますか」
全員が止まった。
マユミが少し前を向いた。
「十二のときに、短剣を教えてもらった。それ以来、会っていない」
「父親の職業は」
「詳しくは知らない。旅をしていると聞いている」
「名前は」
「カゲツだ」
セリウスさんが少し目を細めた。
「カゲツ」
「知っているのか」
セリウスさんが少し間を置いた。
「その名前が、ノルファの記録に出てきます」
マユミが少し止まった。
「どういうことだ」
「術師が消えていた時期に、ノルファで活動していた人物の記録があります。武器職人として記録されていますが、実際には別の役割を担っていた可能性があります」
「別の役割、というのは」
「仲介業者と接触していた記録があります。ただし」
セリウスさんがマユミを見た。
「敵側にいたわけではないと思います」
「どういう意味だ」
「記録の中で、カゲツという人物は複数回、術師たちに警告を与えようとしていた形跡があります。ただし、間に合わなかった」
マユミが少し間を置いた。
「父は、術師たちを助けようとしていたということか」
「そう読み取れる記録があります。ただし、確証はありません」
「今は、どこにいる」
セリウスさんが少し前を向いた。
「わかりません。ただ、生きている可能性が高いと思います」
「なぜだ」
「仲介業者にとって、カゲツという人物は利用価値があります。消すより、使う方が得策です」
「利用価値というのは」
「彼が何かを知っているからです。ただ、何を知っているかまでは、記録からはわかりません」
「わかりません、ということは」
「カゲツという人物が仲介業者と接触しながらも、術師たちに警告しようとしていた。それだけで、相手にとっては監視対象になり得ます。知りすぎた人間は、消すより使う方が得策です」
マユミが少し間を置いた。
「会えるか」
「わかりません。ただ、探すことはできます」
「どうやって」
セリウスさんがミルヴァを見た。
「ミルヴァさん、情報ギルドの伝手を使えますか」
「限界はある。ただ、やってみる」
「お願いできますか」
「わかった」
マユミが俺を見た。
「ヒコ」
「はい」
「段取りを組めるか」
俺は少し間を置いた。
「情報が揃えば、組めます。今はまだ材料が足りません」
「いつ揃う」
「わかりません。ただ、急ぎません」
マユミが少し前を向いた。
「急ぎたい」
「気持ちはわかります」
「でも、急いだら崩れる」
「そうです」
「わかった」
マユミが短く言った。
でも、色が変わっていた。
オレンジに近い赤の中に、複雑なものが混ざっていた。
怒りではなかった。
焦りでもなかった。
何かを待つ色だった。
それが、今のマユミだった。
セリウスさんが続けた。
「もう一つ、話します」
「はい」
「レインについてです」
アーヴィンさんが少し動いた。
「レインがノルファ出身だったことは、知っていました。ただ、レインの消失とノルファの一連の事案が繋がっているとは、今日まで気づいていませんでした」
「五年前、レインが消えたとき、何がありましたか」
「霧の中で消えました。それはアーヴィンさんも知っています。ただ、その霧が普通の霧ではなかった可能性があります」
「オルディスが関係していましたか」
「可能性があります。ただ、オルディスはネームドです。誰かが意図的にあの場所に呼び込んだとすれば、それは人間の意図が働いていたことになります」
アーヴィンさんが静かに言った。
「誰が」
「わかりません。ただ、仲介業者が関与していた可能性があります」
「レインを消すために」
「可視化スキルを持つ人間を消すために、という方が正確かもしれません」
アーヴィンさんが少し前を向いた。
「そうか」
短かった。
でも、色が変わっていた。
深い青が、鋭くなっていた。
怒りに近い色だった。
アーヴィンさんが怒るのは、珍しかった。
でも、今日は違った。
五年間、抱えてきたものが、少し形になった日だった。
セリウスさんが全員を見た。
「今日話したことは、まだ確証のない情報です。ただ、方向性は見えてきました」
「はい」
「動くとすれば、慎重に。相手は組織として動いています」
「わかりました」
「情報が揃ったら、また来てください。一緒に段取りを組みましょう」
俺は少し間を置いた。
「ありがとうございます」
「礼は不要です。これは、俺が五年間放置してきた案件でもあります」
セリウスさんが少し前を向いた。
「急ぎません。でも、止まらない」
俺の口癖だった。
でも、今日のその言葉は、違う重さを持っていた。
部屋を出た。
全員が廊下を歩いた。
誰も何も言わなかった。
外に出た。
空が、少し曇っていた。
マユミが歩きながら言った。
「父親が生きているかもしれない」
「そうですね」
「会えるかもしれない」
「そうかもしれません」
「怖いな」
俺は少し間を置いた。
「怖いですか」
「ああ。会いたいけど、怖い」
「そうですね」
「十二のときから会っていない。もう十七だ。五年経った」
「そうですね」
マユミが少し前を向いた。
「でも、会う」
「はい」
「段取りが整ったら」
「はい。整えます」
「頼む」
「任せてください」
全員が歩いた。
宿に向かった。
段取りの材料が、また増えた。
まだ足りなかった。
でも、近かった。
急ぎません。
でも、止まらない。
それが、現場仕込みだ。
第百十八話「セリウスと、全部の話」 了




