第百十七話「ノルファという街と、アーヴィンの影」
翌朝だった。
朝食が終わってからだった。
リアが俺に声をかけた。
「昨夜の話を、全員に共有したいです」
「わかりました。集めます」
全員が食堂に残った。
マルティナさんが食器を片付けながら、少し動きを止めた。
「マルティナさんも、聞いてもらえますか」
マルティナさんが俺を見た。
「私に関係あるか」
「あると思います」
マルティナさんが椅子を引いた。
「話せ」
リアが話し始めた。
静かな声だった。
いつもの口調だった。
でも、全員が黙って聞いた。
両師匠が同時期にノルファに滞在していたこと。
同時期に死亡したこと。
死因が病死とされているが、魔力が完全に消失していたこと。
偶然ではない可能性があること。
話が終わった。
静かになった。
マユミが言った。
「師匠を殺した奴がいる、ということか」
「可能性があります」
「確証は」
「ありません。ただ、説明がつかないことが多すぎます」
コリンが言った。
「証拠を集める必要があります。ノルファという街のことを調べることが、最初の一歩だと思います」
「そうですね」
ミルヴァが言った。
「ノルファ。聞いたことがある」
全員がミルヴァを見た。
「情報屋として、その街の名前が出たことがある。ただし、最近ではない。五年以上前の話だ」
「どういう文脈で出たんですか」
「術師が複数、短期間に消えたという話だ。表向きは病死や事故死だったが、情報ギルドでは不審な動きとして記録されていた」
「複数、というのは何人ですか」
「三人以上。正確な数は覚えていない」
「その後は」
「沙汰やみになった。調べていた情報屋が異動になって、案件が閉じられた」
リアが静かに言った。
「組織的に消された可能性があります」
「そうだ」
ミルヴァが少し前を向いた。
「当時、あたしはまだ見習いだった。詳細は知らない。ただ、記録は残っているはずだ」
「調べられますか」
「情報ギルドを出た今、直接はアクセスできない。ただ、伝手がある。時間をくれ」
「お願いします」
そのとき、アーヴィンさんが口を開いた。
「ノルファ」
全員がアーヴィンさんを見た。
アーヴィンさんが少し間を置いた。
「俺も、知っている」
静かになった。
アーヴィンさんが少し前を向いた。
「レインが、ノルファ出身だった」
全員が止まった。
誰も何も言わなかった。
アーヴィンさんが続けた。
「五年前、レインが言っていた。生まれた街がノルファだと」
「それは」
コリンが言った。
「師匠たちが死んだのと、同じ街」
「そうだ」
「レインが消えたのは、五年前」
「ああ」
「師匠たちが死んだのは、三年前」
「時期が違う」
「そうです。でも、同じ街が関係している」
アーヴィンさんが静かに言った。
「繋がっているかもしれない」
「可能性があります」
リアが言った。
「整理します」
全員がリアを見た。
「ノルファという街で、術師が複数消えている。五年以上前から。レインはノルファ出身で、五年前に消えた。三年前、ノルファに滞在していた術師が同時期に死亡した。全員(レインは不明)、魔力が完全に消失している」
「そうなりますね」
「共通点があります。術師であること。ノルファとの関係があること。魔力が消えていること」
「可視化スキルとの関係は」
俺が聞いた。
「レインは可視化を持っていました。リアさんとコリンさんの師匠は可視化を持っていたかどうかはわかりません」
「調べる必要があります」
「はい」
ミルヴァが言った。
「それも、記録を当たれば出るかもしれない」
「お願いします」
「わかった」
アーヴィンさんが少し前を向いた。
「セリウスは知っているか」
「一部は知っていると思います。ただ、全部を知っているかどうかはわかりません」
「聞きに行くか」
「はい。ただ、今日は情報を整理してからにします。持っている情報を全部並べてから、セリウスさんに確認する順序の方が段取りとして正しい」
「そうだな」
マユミが言った。
「師匠の話が、こんなに大きくなるとは思わなかった」
「そうですね」
「コリン、よく話してくれた」
コリンが少し間を置いた。
「はい。ずっと、言えなかった」
「言えてよかった」
「そうですね」
マルティナさんが立った。
食器を持って、厨房に向かった。
途中で少し止まった。
「調べるなら、気をつけろ」
全員がマルティナさんを見た。
「何かを隠した奴は、掘り返されるのを嫌がる」
それだけだった。
マルティナさんが厨房に入った。
全員が少し静かになった。
マルティナさんの言葉が、部屋に残った。
短かった。
でも、全部入っていた。
俺は羅針盤を確認した。
針が、少し速く動いていた。
何かが、近づいていた。
まだ形にはなっていなかった。
でも、確実に近かった。
午後になった。
ミルヴァが外に出た。
情報収集だった。
単独行動だった。
いつも通りだった。
でも、今日は少し違った。
出かける前に、一言だけ言った。
「夕方には戻る」
それだけだった。
でも、俺には色でわかった。
灰色の中に、決意に近いものが混ざっていた。
夕方になった。
ミルヴァが戻ってきた。
時間通りだった。
全員が食堂にいた。
「わかったことがある」
全員がミルヴァを見た。
「情報ギルドの旧記録を、伝手を使って確認した」
「どうでしたか」
「ノルファで消えた術師は、五年前から三年前にかけて、合計七人いた」
静かになった。
「七人」
「そうだ。全員、表向きは病死か事故死だ。ただ、共通点がある」
「なんですか」
「全員、何らかの特殊スキルを持っていた」
「特殊スキル、というのは」
「索敵系、結界系、精神感知系。いずれも、他者の状態や位置を把握できる系統のスキルだ」
リアが言った。
「可視化系と同じ方向性です」
「そうだ」
「つまり」
「そういうスキルを持つ術師が、狙われていた可能性がある」
コリンが言った。
「師匠のシグレは結界系でした」
「当てはまります」
「リアさんの師匠は」
「索敵・感知系でした」
「こちらも当てはまります」
俺は少し間を置いた。
「狙う理由は、なんですか」
「わからない。ただ、そういうスキルを持つ人間を消したい何者かがいる、ということは言えます」
「可視化を持つ人間が消えるのと、同じ構造ですね」
「そうだ」
アーヴィンさんが静かに言った。
「レインも、同じだ」
「はい。可視化を持っていて、消えた」
「繋がっている」
「そう思います」
ミルヴァが言った。
「もう一つわかったことがある」
「なんですか」
「七人の術師が消えた後、ノルファで活動していた人物がいる。商人を装っていたが、情報ギルドではマークしていた」
「どういう人物ですか」
「仲介業者だ。魔族と人間の間で動く」
俺は少し間を置いた。
「ベルガンの件と、同じ系列ですか」
「可能性が高い。同じ組織かどうかは、まだわからない。ただ、動き方が似ている」
全員が静かになった。
点が、また一つ繋がった。
リアが言った。
「セリウスさんに報告する必要があります」
「そうですね。明日、行きます」
「一人でいいですか」
「全員で行きましょう。これは全員が知るべき情報です」
「わかりました」
「急ぎません。でも、明日には動きます」
全員が頷いた。
マルティナさんが夕食を出した。
肉の煮込みだった。
根菜が多めに入っていた。
温野菜がついていた。
依頼後の食事だった。
今日は依頼に出ていなかった。
でも、マルティナさんには何かがわかっていた。
「食え」
「いただきます」
うまかった。
アーヴィンさんが静かに食べていた。
レインのことを考えているのかもしれなかった。
色を確認した。
深い青が、少し揺れていた。
普段は揺れない色だった。
でも、今日は違った。
俺は何も言わなかった。
言う必要がなかった。
ただ、全員の色が、今日は少し違った。
怒りと、悲しみと、決意が、それぞれの色に混ざっていた。
それが、今の全員だった。
段取りが、また変わろうとしていた。
次が来る。
でも、今日は食う。
マルティナさんの飯はやっぱりうまい。
第百十七話「ノルファという街と、アーヴィンの影」 了




