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第百十六話「魔法袋と、リアの静かな怒り」

 ゴルフさんの護衛依頼の報酬を受け取った翌日だった。


 全員で収支を確認した。


 金貨二枚だった。


 六人で割ると、一人あたり銀貨三十三枚相当になった。


 固定給と合わせると、今月は手元が厚かった。


 マユミが言った。


「使い道、どうする」


「確認させてください。全員、今欲しいものや必要なものはありますか」


 全員が少し考えた。


 マユミが言った。


「戦闘強化。双剣の扱いをもっと磨きたい。訓練に使いたい」


「わかりました」


 コリンが言った。


「ポーションの補充が必要です。在庫が少なくなっています」


「そうですね」


 リアが言った。


「魔力触媒の補充が必要です。霧の中での風魔法で消耗しました」


「把握しました」


 アーヴィンさんが静かに言った。


「特にない」


「わかりました」


 ミルヴァが言った。


「情報収集の経費が必要だ。外部情報の取得に使う」


「請求書を出してください」


「わかった」


 全員の意見が出た。


 俺は少し整理した。


「消耗品の補充は必須です。訓練と情報収集も必要。ただ、今月は一つ大きな投資を考えています」


「何ですか」


 コリンが聞いた。


「魔法袋です」


 全員が少し止まった。


 ミルヴァが言った。


「長期依頼を受けるなら必須だ。あたしも言おうと思っていた」


「そうですね。今回の三日間護衛で、荷物の管理に限界を感じました。素材・装備・回復薬を同時に運ぶには、今の体制では効率が悪い」


「どこで買えますか」


 コリンが聞いた。


「ゴルフさんに紹介してもらえると思います。話が通じる商人を知っているはずです」


「そうですね」


「今日、聞いてみます」



 午後になった。


 ゴルフさんのところに行った。


 ヒコとコリンとマユミの三人だった。


「魔法袋を探しています。信頼できる商人を知っていますか」


 ゴルフさんが少し考えた。


「一人知っている。安くはないが、損はさせない」


「紹介してもらえますか」


「構わない。ついてこい」


 連れていってもらった。


 街の東側だった。


 小さな店だった。


 でも、中に入ると広かった。


 壁に、様々な袋が並んでいた。


 店主が出てきた。


「何をお探しですか」


「魔法袋を二つ。用途が違います。一つは即応性重視、もう一つは品質保持重視です」


 店主が少し目を細めた。


「わかりました。こちらへ」


 二つを出してきた。


 一つは少し大きめだった。


 もう一つは中型だった。


「こちらが《現場管理袋》。取り出し速度が速い。雑多な収納に対応しています。容量は外見の約百倍」


「こちらが《後方支援袋》。自動整理機能があります。ポーション・触媒・結界資材を分類して保持します。品質保持機能もあります」


「値段は」


「合わせて、金貨二十七枚です」


 一瞬、空気が止まった。


 マユミが小声で言った。


「高っ」


 コリンが言った。


「ですが、必要です」


 俺は少し間を置いた。


「買います」


 店主が少し頷いた。


「確かなお目で」


 支払いをした。


 金貨二十七枚だった。


 月収パーティ合計金貨三十枚の、約一か月分だった。


 でも、迷わなかった。


 現場が楽になるなら、安い。


 消費ではなく、投資だった。



 宿に戻った。


 全員に見せた。


「《現場管理袋》は俺が持ちます。《後方支援袋》はコリンさんにお願いします」


「わかりました」


 コリンが袋を受け取った。


 中にポーションを入れてみた。


「……入りますね」


「分類されていますか」


「はい。自動で整理されています」


 俺も試した。


 装備を入れた。


 消えた。


「……入りますね」


 マユミが言った。


「もっと早く欲しかった」


 ミルヴァが言った。


「だから言った」


「言ってなかったろ」


「今日言った」


 マユミが少し笑った。


 リアが言った。


「前線と後方で物資ラインが分離されました。継戦能力が上がります」


「そうですね」


「合理的な投資です」


「ありがとうございます」


 コリンが袋の中を確認しながら言った。


「これは、便利ですね」


「そうですね」


「ヒコさんが持っている方も、取り出しが速いですか」


「試してみます」


 俺は袋に手を入れた。


 取り出したいものを思い浮かべた。


 すぐに出てきた。


「速いです」


「すごいですね」


 アーヴィンさんが静かに見ていた。


「重さは」


「軽いです。ほぼ感じません」


「そうか」


 アーヴィンさんが少し前を向いた。


「使える」


 それだけだった。


 でも、それがアーヴィンさんの評価だった。


 パーティの格が、一段上がった気がした。


 装備だけではなかった。


 運用が変わった。


 それが、今日の本当の成果だった。


 コリンがもう一度袋の中を確認した。


 少し止まった。


「ヒコさん」


「はい」


「少し、見てもらえますか」


 コリンが袋を差し出した。


 中を見た。


 ポーションが整列していた。


 触媒が分類されていた。


 その中に、一つだけ違うものがあった。


 小さな布製の道具入れだった。


 見覚えがあった。


 いや、見覚えがあったのは、コリンの方だった。


「これは」


「師匠の道具入れです。ずっと持ち歩いていました」


「そうですか」


「袋の中に入れていたのを、忘れていました。自動整理されて出てきました」


 コリンが道具入れを手に取った。


 少し間を置いた。


「師匠から貰ったものです」


「大事にしてください」


「はい」


 コリンが道具入れをしまった。


 リアが、その様子を少し見ていた。


 何も言わなかった。


 でも、色が少し変わった。


 澄んだ青の中に、揺れが混ざった。


 俺は何も言わなかった。


 でも、何かが動き始めた気がした。



 夜だった。


 夕食が終わってからだった。


 コリンがリアに声をかけた。


「少し、いいですか」


 リアが振り返った。


「なんですか」


「師匠のことで、気になることがあります」


 リアが少し間を置いた。


「聞きます」


 二人が食堂の隅に座った。


 俺は少し離れた場所にいた。


 全員の色が流れ込んでいた。


 コリンの落ち着いた緑が、少し揺れていた。


 リアの澄んだ青が、静かだった。


 でも、静かすぎた。


 コリンが話し始めた。


「師匠のシグレが亡くなったのは、三年前です」


「知っています」


「死因は、病死とされています」


「そうです」


「でも、俺が当時いた街の医師は、病気ではないと言っていました」


 リアが少し止まった。


「どういうことですか」


「体の外傷はなかった。でも、内部に何かが起きていた。魔力の流れが、完全に止まっていたと」


「魔力の流れが止まる病気は」


「存在しません。少なくとも、その医師は見たことがなかったと言っていました」


 静かになった。


 リアが少し前を向いた。


「あたしの師匠も、同じでした」


 コリンが少し止まった。


「同じ、というのは」


「病死とされていました。でも、死に顔が、病人のものではありませんでした」


「どういう意味ですか」


「苦しんだ形跡がなかった。眠るように死んでいた。でも、魔力は完全に消えていた」


「魔力が消えた、というのは」


「術師の死に方ではありません。魔力は死後もしばらく残ります。それが全部、消えていた」


 コリンが少し間を置いた。


「リアさんの師匠は、ノルファ出身でしたね」


「そうです」


「俺の師匠シグレも、ノルファで修行していた時期があります」


 リアが少し止まった。


「いつですか」


「四年前です。一年間いたと言っていました」


「四年前」


「はい」


 リアが少し前を向いた。


「あたしの師匠が、四年前にノルファにいた術師の話をしていました。結界系の使い手で、腕が立つと」


「シグレは結界が専門でした」


 静かになった。


 長い静かさだった。


 リアが口を開いた。


「二人は、知り合いだった可能性があります」


「そうだと思います」


「同時期にノルファにいた」


「はい」


「同時期に死んだ」


「そうです。三年前の春、同じ季節に」


 リアが少し手を動かした。


 いつもは動かない手だった。


 テーブルの上で、少し指が動いた。


「偶然ではない可能性があります」


「そう思います」


「誰かが、消した」


 コリンが少し頷いた。


「そう考えると、説明がつきます」


「なぜ、その二人が」


「わかりません。ただ」


 コリンが少し前を向いた。


「師匠が死ぬ前、少し様子が変だったと、近くにいた人が言っていました。何かを知った様子で、でも誰にも言わなかったと」


 リアが少し間を置いた。


「うちの師匠も」


「そうですか」


「最後の一か月、ずっと何かを調べていました。何を調べているかは、教えてくれませんでした」


「それが、死に繋がった」


「可能性があります」


 静かになった。


 俺は色を確認した。


 リアの澄んだ青が、変わっていた。


 揺れていた。


 でも、崩れていなかった。


 抑えていた。


 全力で、抑えていた。


 それがわかった。


 コリンが静かに言った。


「リアさん」


「なんですか」


「怒っていますか」


 リアが少し間を置いた。


「怒っています」


 短かった。


 でも、その一言に、全部が入っていた。


 コリンが言った。


「俺も、怒っています」


 リアがコリンを見た。


「珍しいですね」


「そうですか」


「あなたが怒るのは、初めて聞きました」


「師匠のことだけは、怒れます」


 リアが少し前を向いた。


「調べる必要があります」


「はい」


「ただし、感情で動かない」


「そうですね」


「証拠が必要です。誰が、なぜ、どうやって」


「合理的です」


「合理的でなければ、また誰かが死ぬ」


 コリンが頷いた。


「ヒコさんに話しますか」


 リアが少し間を置いた。


「明日、話します。今夜は整理します」


「わかりました」


「コリン」


「はい」


「ありがとう」


 コリンが少し止まった。


「何がですか」


「話してくれたことです」


「一人で抱えていたんですか」


「ずっと」


「そうですか」


 コリンが少し前を向いた。


「俺も、ずっと一人で抱えていました」


「そうですか」


「言えなかった。でも、今日言えました」


 リアが少し頷いた。


「よかった」


 それだけだった。


 でも、その一言に、リアのいつもとは違う何かが混ざっていた。


 俺は色を確認した。


 リアの澄んだ青が、少し深くなっていた。


 揺れが、収まっていた。


 怒りは残っていた。


 でも、それが今、方向を持った。


 方向のある怒りは、力になる。


 現場でも、そうだった。


 マルティナさんが厨房から顔を出した。


「まだいるのか」


「少し話していました」


「夜更かしするな」


「はい」


「茶、飲むか」


 二人が少し顔を見合わせた。


「いただきます」


 マルティナさんが茶を持ってきた。


 何も言わなかった。


 でも、二人分、きっちり並べた。


 それだけだった。


 それを見届け俺は自分の部屋に戻った。


 廊下を歩きながら、羅針盤を確認した。


 針が、静かに動いていた。


 でも、今日は少し違う動き方をしていた。


 何かが、動き始めていた。


 師匠の謎。


 同時期の死。


 ノルファという街。


 消えた魔力。


 点が、少しずつ繋がろうとしていた。


 まだ線になっていなかった。


 でも、近かった。


 急がない。


 でも、見続ける。


 それが、現場仕込みだった。



第百十六話「魔法袋と、リアの静かな怒り」 了

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