第百十五話「ミルヴァと、アーヴィンの夜」
ゴルフさんの護衛依頼が終わった夜だった。
三日間の行程だった。
大きな問題はなかった。
ただ、一か所だけ、道中で盗賊に遭遇した。
四人組だった。
ミルヴァが先行していた。
俺たちが気づく前に、ミルヴァは気づいていた。
戻ってきた。
音がしなかった。
「四人。前方の林の中。武装している。こちらを待ち伏せしている」
「位置は」
「道の左右に二人ずつ。タイミングを計っている」
段取りを組んだ。
「アーヴィンさんが正面を歩いてください。囮になります。ミルヴァさんは左側を。マユミは右側を」
「わかった」
「了解」
「リアさんとコリンさんはゴルフさんの荷車を守ってください。俺は全体を把握します」
「はい」
「わかりました」
全員が動いた。
アーヴィンさんが前を歩いた。
普通に歩いていた。
でも、気配を消していた。
盗賊たちが飛び出してきた。
その瞬間だった。
アーヴィンさんが動いた。
同時に、ミルヴァが左側から動いた。
アーヴィンさんが動く前に、ミルヴァはすでに動き始めていた。
一歩、早かった。
アーヴィンさんの動きを、読んでいた。
左の二人が、気づいたときには終わっていた。
右の二人はマユミが片付けた。
全部で、十秒もかからなかった。
ゴルフさんが言った。
「早いな」
「練習の成果です」
「頼もしい」
依頼は無事に終わった。
報酬は金貨二枚だった。
六人で割った。
十分だった。
宿に戻った夜だった。
全員が食事を終えた。
各々が散り俺は自分の部屋に戻ろうとした。
廊下を歩いた。
二階に上がった。
アーヴィンさんの部屋の前を通った。
そのとき、扉が動いた。
今、開いたところだった。
ミルヴァが出てきた。
俺と目が合った。
ミルヴァが少し間を置いた。
「見たか」
「見ていません」
「そうか」
ミルヴァが廊下を歩いた。
俺も歩いた。
何も言わなかった。
階段の手前で、ミルヴァが少し止まった。
「一つだけ言う」
「はい」
「あたしのことは、段取りに入れるな」
俺は少し間を置いた。
「わかりました」
「それだけだ」
ミルヴァが自分の部屋に向かった。
俺は自分の部屋に入った。
扉を閉めた。
羅針盤を確認した。
針が、静かに動いていた。
色を確認した。
ミルヴァの灰色が、今日は少し違った。
温かいものが、はっきり混ざっていた。
アーヴィンさんの深い青も、いつもより少し柔らかかった。
それだけで、十分だった。
人のことは、人が決める。
俺の仕事は、段取りを組むことだった。
段取りには、入れない。
それだけだった。
翌朝だった。
朝食の時間だった。
全員が集まった。
いつもと変わらなかった。
アーヴィンさんがいた。
ミルヴァがいた。
二人とも、いつも通りだった。
特に何も言わなかった。
ただ、俺だけが気づいていることがあった。
アーヴィンさんが食堂に入ってきたとき、ミルヴァが一瞬だけ視線を向けた。
ミルヴァは気づかれないようにしていた。
でも、俺には色でわかった。
灰色に、温かいものが混ざった。
一瞬だけだった。
すぐに元に戻った。
アーヴィンさんはわかっているのかいないのか、何も言わなかった。
マルティナさんが朝食を出した。
干し肉のスープだった。
黒パンがついていた。
いつもの基本食だった。
「いただきます」
全員が食べた。
うまかった。
マユミが俺を見た。
「今日の依頼は」
「確認します。昨日戻ったばかりなので、今日は休んでもいいと思います」
「休むか」
「はい。無理をする必要はないです」
「そうだな」
マユミが少し前を向いた。
「でも、体を動かしたい」
「訓練にしますか」
「そうする」
「わかりました。午前中は自由に使ってください」
「了解」
全員が散り俺は食堂に残った。
羅針盤を取り出した。
確認した。
針が、いつもより少し複雑な動き方をしていた。
全員の色が、同時に流れ込んでいた。
六つ、全部あった。
でも、今日はそれぞれの色に、いつもより多くのものが混ざっていた。
アーヴィンさんの深い青に、柔らかさが増していた。
ミルヴァの灰色に、温かさが定着し始めていた。
マユミのオレンジに近い赤が、少し落ち着いていた。
リアの澄んだ青が、深くなっていた。
コリンの落ち着いた緑が、安定していた。
全員が、それぞれの場所で変わっていた。
Bランクになって、数日だった。
でも、変化は続いていた。
止まっていなかった。
セリウスさんが言っていた。
「見えすぎることで迷う」という本質的な弱点がある、と。
でも、今日は迷っていなかった。
見えているものが、多かった。
でも、それが全員の状態だとわかっていた。
全員が変わっている。
全員が動いている。
それで、十分だった。
マルティナさんが厨房から顔を出した。
「まだいるのか」
「少し考えていました」
「考えすぎるな」
「そうですね」
「飯、うまかったか」
「うまかったです」
「そうか」
マルティナさんが引っ込んだ。
俺は羅針盤をしまった。
立った。
午前中の時間が、始まった。
強くなっているのに、見えすぎている。
その違和感が、少しずつ大きくなっていた。
でも、今日はまだ、それを言葉にする必要はなかった。
急ぎません。
でも、見続ける。
それが、現場仕込みだった。
第百十五話「ミルヴァと、アーヴィンの夜」 了




