第百十四話「Bランクと、新しい朝」
翌朝だった。
いつもと同じ朝だった。
マルティナさんの朝食があった。
干し肉のスープだった。
黒パンがついていた。
いつもの基本食だった。
昨日の特別な食事の翌日だった。
でも、今日はいつも通りだった。
それが、マルティナさんのやり方だった。
特別な日は特別にする。
でも、次の日はまた普通に戻る。
それでいいと思った。
「いただきます」
うまい。
食べ終わってから、全員でギルドに向かった。
いつもと同じ道だった。
でも、少し違う感じがした。
自分でも、うまく言葉にできなかった。
ギルドに入った。
受付の担当者が俺を見た。
少し表情が変わった。
「おめでとうございます。Bランク昇格、確認しました」
「ありがとうございます」
「依頼板の対応が変わります。Bランク対応の依頼も確認できるようになります」
「わかりました」
依頼板に向かった。
マユミが隣に来た。
依頼板を見た。
「増えたな」
「そうですね」
Bランク対応の依頼が、新しく見えるようになっていた。
規模が違った。
報酬が違った。
難易度も、違った。
マユミが一枚の依頼書を手に取った。
「これは」
「護衛依頼ですね。長距離輸送の護衛。報酬は金貨三枚」
「高いな」
「Bランクの依頼はこういうものです」
「へえ」
マユミが依頼書を戻した。
「どれから行く」
「今日は様子を見ます。急ぎません」
「そうか」
「Bランクになったからといって、急いで動く必要はないです。まず、どういう依頼があるかを把握することが先です」
「段取りか」
「はい」
マユミが少し笑った。
「お前らしいな」
「現場仕込みなので」
依頼板を一通り確認した。
メモを取った。
種別と報酬と難易度を整理した。
全員に共有した。
「Bランク対応の依頼は大きく三種類あります。護衛・討伐・調査です。護衛は報酬が安定しています。討伐は報酬が高いが危険度も高い。調査は情報収集が主になります」
「どれを選ぶ」
「最初は護衛から始めたいと思います。Bランクとしての動き方を確認する意味でも、まずは安定した依頼が適切です」
リアが言った。
「合理的な判断です」
「そうですね」
「ただ、護衛依頼は移動が長くなる場合があります。全員の体力管理が必要です」
「その通りです。ゴルフさんへの指名依頼も続けながら、並行して進めます」
「わかりました」
ミルヴァが言った。
「Bランクになると、依頼の質が変わる。関わる人間の質も変わる」
「そうですね」
「情報屋として、改めて動く必要がある。Bランクに関わるの人間関係を把握しておく」
「お願いします」
「ただし」
「情報料は別途請求ですね」
「そうだ」
ミルヴァが少し口元を動かした。
コリンが言った。
「Bランクになっても、やることは変わらないですね」
「そうですね。ランクが変わっても、基本は同じです。依頼を受けて、段取りを組んで、全員で動いて、帰ってくる」
「それだけですね」
「それだけです」
アーヴィンさんが静かに言った。
「依頼を取ってくるか」
「はい。今日の一本目を決めます」
依頼板に戻った。
護衛依頼を確認した。
ゴルフさんからの指名依頼が、新しく出ていた。
Bランク対応になっていた。
内容を読んだ。
長距離輸送の護衛だった。
三日間の行程だった。
報酬は金貨二枚だった。
「ゴルフさんからの依頼です。長距離輸送の護衛、三日間。報酬は金貨二枚」
「話が通じる相手か」
「はい。これまでも依頼を受けてきました」
「なら、やりやすい」
「そうですね。受けます」
受付に持っていった。
「この依頼、受けます」
担当者が確認した。
「ゴルフさんからの指名依頼ですね。出発は明後日になります」
「わかりました」
「詳細はゴルフさんに直接確認してください」
「はい」
受注した。
全員に伝えた。
「明後日、ゴルフさんの輸送護衛に出ます。明日、詳細を確認します」
「わかった」
「了解です」
「はい」
段取りが、また始まった。
Bランクの初依頼だった。
でも、やることは変わらなかった。
段取りを組んで、全員で動いて、帰ってくる。
それだけだった。
宿に戻る途中だった。
ミルヴァが俺の隣を歩いた。
「少し聞いていいか」
「はい」
「アーヴィンのことだ」
俺は少し間を置いた。
「はい」
「あいつは、最近よく一人で出かけているな」
「そうですね」
「どこに行っているか、知っているか」
「鍛錬だと言っていました。それ以上は聞いていません」
「そうか」
ミルヴァが少し前を向いた。
「気になっているんですか」
「情報屋の習慣だ。気になる人間は観察する」
「なるほど」
「ただ、今回は少し違う」
「どういう意味ですか」
ミルヴァが少し間を置いた。
「気になっている、という意味が、少し違う」
俺は少し間を置いた。
「わかりました」
「余計なことを言うな」
「言いません」
「段取りの人間らしい返事だな」
「現場仕込みなので」
ミルヴァが少し前を向いた。
色が、少し変わっていた。
灰色の中に、温かいものが混ざっていた。
昨日の昇格発表のときより、少し強かった。
俺は何も言わなかった。
言う必要がなかった。
人のことは、人が決める。
俺の仕事は、段取りを組むことだった。
宿に戻った。
夕食の前に、少し時間があった。
羅針盤を確認した。
針が、静かに動いていた。
いつもの動き方だった。
異常はなかった。
スキルの変化も、今日は落ち着いていた。
全員の色が、同時に感じられた。
六つ、全部あった。
マユミのオレンジに近い赤。
アーヴィンさんの深い青。
リアの澄んだ青。
コリンの落ち着いた緑。
ミルヴァの灰色。
そして、マルティナさんの暖かいくすんだ橙色が、厨房の方から感じられた。
全員が、ここにいた。
それだけで、十分だった。
マルティナさんが夕食を出した。
肉の煮込みだった。
根菜が多めに入っていた。
柔らかいパンがついていた。
「食え」
「いただきます」
好物は最高にうまい。
Bランクの最初の夜が、静かに終わった。
第百十四話「Bランクと、新しい朝」 了




