第百六話「霧が晴れて、報告へ」
四層と五層を確認した。
異常はなかった。
四層の霧は、いつもの濃さに戻っていた。
三層への侵食は、消えていた。
五層も、静かだった。
ストーンコロッサスを倒した場所だった。
今は何もなかった。
全員無傷で、地上に戻った。
入口を出たとき、空気が変わった。
外の空気だった。
霧のない、普通の空気だった。
マユミが大きく息を吸った。
「うまい」
「そうですね」
コリンが言った。
「終わりましたね」
「はい」
「よかったです」
ミルヴァが入口を振り返った。
何も言わなかった。
でも、しばらく見ていた。
アーヴィンさんも、入口を見た。
少し間を置いた。
「行くか」
「はい。セリウスさんに報告します」
全員が歩き始めた。
街に戻った。
ギルドに向かった。
受付で名前を告げた。
すぐに奥に通された。
セリウスさんが待っていた。
立っていた。
全員が入ってくるのを確認した。
「全員、無事ですね」
「はい」
「よかった」
セリウスさんが椅子を勧めた。
全員が座った。
「報告を聞かせてください」
「はい」
俺は順番に話した。
一層二層の魔物が消えていたこと。
三層全体が霧に包まれていたこと。
二層で霧の塊に遭遇したこと。
三層でオルディスと接触したこと。
語りかけてきたこと。
分身七体を展開したこと。
リアの風魔法と羅針盤で本体を特定したこと。
マユミの《緋閃の双刃》で核を破壊したこと。
霧が晴れたこと。
全員無傷だったこと。
セリウスさんが静かに聞いていた。
途中で何も言わなかった。
最後まで聞いた。
「語りかけてきた、というのは」
「はい。頭の中に直接来る感じでした。言葉は『見えるか』でした」
「二回、ですね」
「そうです」
セリウスさんが少し間を置いた。
「五年前も、同じことがありました」
全員が静かになった。
「レインに、語りかけていました」
アーヴィンさんが少し動いた。
「そうか」
「はい。そのときは、レインが答えませんでした。答えなかったことで何が起きたかは、わかりません。ただ」
セリウスさんが俺を見た。
「あなたは答えた」
「はい」
「それが良かったのか悪かったのか、今は判断できません。ただ、今日全員が無事に戻ってきた」
「そうです」
「それは、確かなことです」
セリウスさんが少し前を向いた。
「オルディスが消えたことで、しばらくは霧の異常は起きないと思います。ただ、永続的な解決ではない可能性があります」
「また現れますか」
「わかりません。ただ、備えは必要です」
「わかりました」
セリウスさんがリアを見た。
「一つ、確認させてください」
リアが俺を見た。
俺が頷いた。
「リアさん、今回の戦闘で霧の流れを風魔法で制御しましたね」
「はい。索敵魔法が通らない環境で、霧の歪みを読む方法を使いました」
「それは、今まで使ったことがありましたか」
「ありませんでした。今回、初めて機能しました」
「なるほど」
セリウスさんが少し目を細めた。
「索敵が通らない環境で、別の方法で本体を特定した。それは高度な対応です」
「合理的な判断をしただけです」
「そうですか」
セリウスさんが静かに言った。
「ギルドとして、今回の戦闘を評価したいと思います」
全員が少し止まった。
「リアさんのBランク昇格を推薦します」
静かになった。
リアが少し間を置いた。
「理由を聞かせてください」
「霧環境での索敵確立。攻撃と制御の同時運用。今回の戦闘でそれが証明されました」
「わかりました」
「異論はありますか」
「ありません」
リアが短く言った。
いつもの口調だった。
でも、色が少し変わっていた。
澄んだ青が、深くなっていた。
コリンが言った。
「おめでとうございます、リアさん」
「ありがとう」
マユミが言った。
「やっぱりな」
「そうですか」
「今日の動き、見てたから」
「合理的な判断をしただけです」
「それがすごいんだよ」
リアが少し間を置いた。
「そうですか」
それだけだった。
でも、色の変化は続いていた。
澄んだ青の中に、温かいものが混ざっていた。
珍しかった。
アーヴィンさんが静かに言った。
「次は全員だ」
また言った。
前にも言った言葉だった。
でも、今回は違った。
現実が、一段近づいていた。
セリウスさんが手続きを進めた。
リアのBランク昇格が、正式に決まった。
固定給が変わる。
来月から、金貨五枚になる。
リアが俺を見た。
「収支の計算が変わりますね」
「そうですね。来月から更新します」
「お願いします」
「合理的ですね」
「そうですか」
リアが少し目を細めた。
笑ったわけではなかった。
でも、嫌ではなさそうだった。
ギルドを出た。
夕方だった。
空が、橙色になっていた。
全員で歩いた。
宿に向かった。
マユミが言った。
「今日は疲れたな」
「そうですね」
「霧の中は、頭が疲れる」
「情報が多いので」
「お前はどうだ」
「俺も疲れています。ただ、段取りが通ったので、気持ちはいいです」
「現場仕込みか」
「はい」
マユミが少し笑った。
ミルヴァが言った。
「腹が減った」
「珍しいですね、そういうことを言うのが」
「腹は減る」
「そうですね」
コリンが言った。
「マルティナさんの飯が楽しみですね」
「そうですね。今日は何が出るでしょう」
宿の扉を開けた。
マルティナさんがいた。
全員を見た。
一人ずつ確認した。
六人、全員いた。
「帰ったか」
「はい」
「全員か」
「全員です」
マルティナさんが少し間を置いた。
「座れ」
全員が座った。
マルティナさんが夕食を出した。
香草焼き肉だった。
濃いスープがついていた。
焼き野菜が並んでいた。
六人分、きっちり並んでいた。
成功したときの食事だった。
何も言わなかった。
でも、わかった。
「いただきます」
うまかった。
リアが少し箸を止めた。
「マルティナさん」
マルティナさんが振り返った。
「Bランクになりました」
マルティナさんが少し間を置いた。
「そうか」
「はい」
「食え」
それだけだった。
でも、リアの器に、焼き野菜が一つ追加された。
静かに、置かれた。
何も言わなかった。
リアが少し器を見た。
「ありがとうございます」
マルティナさんが厨房に戻った。
コリンが小声で言った。
「マルティナさん、優しいですね」
「そうですね」
「でも、言わないんですね」
「そういう方です」
マユミが言った。
「リアへの一品追加か。うらやましいな」
「そうですか」
「俺も何か言えばよかったか」
「言っても、出なかったと思います」
「なんでだ」
「タイミングがあると思うので」
マユミが少し笑った。
「そういうもんか」
「そういうものです」
全員が食べた。
うまかった。
霧が晴れた日の夜だった。
一段、整った。
次が来る。
でも、今は食べる。
それでいい。
第百六話「霧が晴れて、報告へ」 了




