第百五話「霧喰いのオルディス」
三方向からの同時攻撃だった。
でも、終わらなかった。
霧が、また濃くなった。
視界がなくなった。
完全な白だった。
オルディスが動いた。
形が、分かれた。
一体が、七体になった。
全部が同じ形をしていた。
マユミが言った。
「増えた。どれが本物だ」
俺は羅針盤を見た。
七つの形が、霧の中を動いていた。
針が、揺れていた。
でも、一方向だけ、強く反応していた。
「左前方です」
「わかった」
マユミが動いた。
《緋閃の双刃》が、霧の中を走った。
光の軌跡が残った。
赤かった。
でも、手応えがなかった。
「外した」
「分身だったかもしれません。もう一度確認します」
羅針盤を向け直した。
針が、また揺れた。
今度は右後方だった。
「右後方です」
アーヴィンさんが動いた。
《沈黙の長剣》が霧を裂いた。
音がしなかった。
衝撃があった。
「手応えあり」
「本体ですか」
「わからない。でも、違う」
分身だった。
オルディスが、また動いた。
圧が来た。
頭の中に、直接来る感じだった。
―― 見えているか。
前と同じ問いかけだった。
でも、今回は違う感じがした。
試していた。
揺さぶっていた。
俺は深呼吸をした。
全員の色を確認した。
六つ、全部あった。
マユミのオレンジに近い赤。
アーヴィンさんの深い青。
リアの澄んだ青。
コリンの落ち着いた緑。
ミルヴァの灰色。
全員、生きていた。
全員、動いていた。
「見えています」
また答えた。
羅針盤を握った。
針を見た。
七つの反応の中で、一つだけ違った。
重さが違った。
密度が違った。
本体は、そこだった。
「全員に伝えます。本体は正面、やや右。七体の中で一番重い反応です」
リアが言った。
「霧の流れを確認します」
風魔法が走った。
霧が動いた。
六体が揺れた。
一体だけ、揺れなかった。
「そこです」
リアが言った。
「霧が動かない個体。正面右、約八メートル」
「一致しています」
羅針盤とリアの索敵が、重なった。
本体が、確定した。
「段取りを組みます」
全員が静かに聞いた。
「アーヴィンさんが正面から踏み込んでください。本体を引きつける。ミルヴァさんはその間に背後に回る。マユミは側面で待機、核が露出した瞬間に動いてください」
「わかった」
「了解」
「リアさんは霧の制御を続けてください。タイミングを見て、もう一度視界を開けてもらいます」
「はい」
「コリンさん、結界はあとどのくらいですか」
「五分は問題ありません」
「十分です。急ぎません。でも、正確に動きます」
全員が頷いた。
アーヴィンさんが動いた。
《沈黙の長剣》を構えて、霧の中に踏み込んだ。
音がしなかった。
気配も、なかった。
完全な沈黙だった。
オルディスが反応した。
霧刃が走った。
アーヴィンさんが受けた。
また、静かな火花だった。
オルディスがアーヴィンさんに向いた。
その瞬間だった。
ミルヴァが霧の中から現れた。
音がしなかった。
背後だった。
短刀が、オルディスの背中に入った。
オルディスが動いた。
霧が揺れた。
形が崩れかけた。
でも、崩れなかった。
ミルヴァが言った。
「硬い。核じゃない」
「わかりました。もう少し引きつけてください」
「了解」
リアが言った。
「準備できています」
「タイミングを見てください。核が見えたら」
「はい」
アーヴィンさんがまた踏み込んだ。
オルディスが応じた。
霧刃が三本走った。
アーヴィンさんが二本を受けた。
一本を躱した。
ミルヴァが背後から連続で刺した。
オルディスが揺れた。
形が、崩れ始めた。
胸が、開いた。
核が、見えた。
暗い光だった。
リアが言った。
「今です」
風魔法が走った。
霧が割れた。
一瞬だった。
でも、見えた。
核が、そこにあった。
「マユミ」
俺が言った。
それだけだった。
マユミが動いた。
速かった。
霧が戻る前だった。
《緋閃の双刃》が走った。
右のカグラが先に入った。
左のヒナギが続いた。
二閃だった。
光の軌跡が残った。
赤かった。
熱があった。
核に、届いた。
音がした。
静かな音だった。
でも、確かな音だった。
何かが、割れた。
霧が、動いた。
渦を巻いた。
オルディスの形が、崩れた。
分身が、消えた。
七体が、一体になった。
その一体が、また崩れた。
霧になった。
霧が、薄くなった。
少しずつ、薄くなった。
視界が広がった。
三メートル。
五メートル。
十メートル。
三層の天井が見えた。
石の壁が見えた。
全員が見えた。
六人、全員がいた。
誰も、欠けていなかった。
静かだった。
霧が晴れた場所は、しんとしていた。
マユミが《緋閃の双刃》を下ろした。
光の軌跡が、ゆっくり消えた。
アーヴィンさんが剣を収めた。
ミルヴァが霧の名残を見た。
何も言わなかった。
コリンが言った。
「結界、解除します」
「お願いします」
温かい感覚が、引いた。
全員の色が、少し遠くなった。
でも、見えていた。
羅針盤を確認した。
針が、静かに止まっていた。
反応が、なかった。
終わった。
リアが言った。
「霧の流れが正常に戻っています」
「そうですか」
「三層の霧は、消えました」
「わかりました」
俺は少し間を置いた。
頭の中を整理した。
全員、無傷だった。
核を破壊した。
オルディスは消えた。
霧が晴れた。
段取り通りだった。
いや、段取り通りではなかった。
何度も読み違えた。
何度も迷った。
でも、全員がいたから、整えられた。
現場は、理屈じゃない。
一緒に動いて、初めてできることがある。
マユミが俺を見た。
「終わったか」
「はい」
「確かか」
「羅針盤の反応がありません。リアさんの索敵も正常です」
「そうか」
マユミが少し前を向いた。
「《緋閃の双刃》が、応えた」
「そうですね」
「カグラとヒナギが、動いてくれた」
「感じましたか」
「感じた」
マユミが少し剣を見た。
「守るために使った。そういう感じがした」
「ガデルさんが言っていましたね」
「ああ」
アーヴィンさんが言った。
「行くか」
「はい。四層と五層を確認してから、報告に戻ります」
「わかった」
ミルヴァが言った。
「オルディスは消えた。でも」
「でも」
「また現れる可能性はあるか」
俺は少し考えた。
「わかりません。ただ、セリウスさんに報告して判断してもらいます」
「そうだな」
「今日のことは、全部伝えます」
「語りかけてきたことも、か」
「はい」
ミルヴァが少し前を向いた。
「あれは、お前を狙っていた」
「そうだと思います」
「可視化持ちだからか」
「おそらく」
「気をつけろ」
「わかりました」
ミルヴァが短く言った。
情報屋の口調だった。
でも、心配していた。
色に、混ざっていた。
全員が動いた。
四層へ向かった。
霧は、もう薄かった。
前回制覇したときの四層に、戻りつつあった。
三層の異常は、消えた。
でも、何かが残った気がした。
頭の中に、まだ圧の感触があった。
―― 見えるか。
あの問いかけが、残っていた。
見えていた。
でも、まだ全部は見えていなかった。
レインのことも。
魔族のことも。
まだ、見えていないものがあった。
急ぎません。
でも、見続ける。
それが、現場仕込みだ。
第百五話「霧喰いのオルディス」 了
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次回予告 第百六話「霧が晴れて、報告へ」
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四層と五層を確認した。
異常はなかった。
霧は、四層の範囲に収まっていた。
全員無傷で、地上に戻った。
セリウスさんのところに向かった。
「報告があります」
セリウスさんが俺を見た。
目が、少し変わった。
「全員、無事ですね」
「はい」
「話を聞きましょう」
全員が、部屋に入った。




