第40話 異端
うちでは『隠密騎士』と呼ばれている彼らの隊長は、ジェイ・ワーグナー。私の侍女、エマの兄だ。
短く固そうな髪にブラウンの瞳、目元近くまで隠れる黒いスカーフ。
ジェイが成人してからは、私でさえ素顔を見た記憶は殆どない。
少し前まではアルの依頼で殿下を護衛していたが、今は、私の補佐をしてくれていた。
「アルフレートさま、腕が鈍ったのでは?」
「……」
もちろん、私たちの事情は知っている。
「捕縛をご希望ですか?」
ジェイの問いに、ヴィルさまは、
「できる限り……」
と答えかけたが、
「いや、自分たちが生き残ることを優先してくれ。コンラートは生かして捕えろ」
と苦しそうに、言葉にした。
「聞いたか、お前ら? 降伏するなら今だぞ」
「っざっけんな……!」
男たちは、テオの言葉に従うどころか切り掛かってくる。
ヒュン!という風の音と共に、隣にいたはずのジェイが消えた。
そして、先頭の男が声もなく崩れ落ちた。
「ひっ」
すぐ後ろにいた男が、ぺたんと尻餅をつく。
一瞬にして、戦意が消失したらしい。
が、
「に、人数はこちらのが有利だ! 怯むんじゃねぇっ」
仲間のその声に、男たちは一斉に向かってくる。
その言葉は正しい。
人数は私たちの倍以上。
ここが開けた土地であれば、の話だが。
男たちは狭い木立が邪魔をして、複数で一人を攻撃できないでいたが、逆に騎士たちは木や枝を利用しながら、少ない動作で敵の急所を突いていく。
敵はあっという間に倒され、ほとんどの者が息絶えていた。
「すごいな、俺の出番がない」
いつのまにか側に戻ってきたテオが、血を拭き取った剣を鞘にしまった。
「モンベリアル家にもいるんでしょう?」
「親父と兄貴にはいる。隠密とは思えない、めちゃくちゃゴツいのが」
その時、私たちは確かに油断していた。
敵は大方倒れていたし、こちらには負傷者はいなかったから。
「……っ」
ヴィルさまの息を呑む気配で、顔を上げた私たちが見たものは——。
死んでいたはずの男に足首を掴まれている、騎士の一人で……。
ぞわり、と背中が泡立つ感覚に襲われる。
ひゅっ、と喉の奥が鳴った。
「生き返った⁉︎」
私の言葉に、
「首がもげかかってんのにか?」
テオがすぐに否定する。
たしかにテオの言う通りだった。
頭が落ちそうになっている状態で、動けるはずがない。
そして、騎士がその死体らしきもの……を蹴り飛ばすと、また動かなくなった。
が、今度は死体たちが一斉にゆらゆらと立ち上がり……。
「そんな……」
そんなはずはないのだ。
死んだ人が生き返るなんて。
寒い……。
元々ひんやりしていた森の中の温度が一気に下がった気がした。
「ネクロマンサーだ。黒魔術使いがいる!」
後ろにいたヴィルさまが、小さく叫ぶ。
ネクロマンサー……?
死体を操る者?
「この国では随分昔に廃れたと聞いていますが……」
「さすが辺境伯の息子殿だ」
テオドールの言葉に重ねてくる、不遜な声の持ち主はもちろんコンラートだった。
見れば、愉しそうに肩を揺らしている。
「確かにこの国ではいませんね」
「おい。死んだ人間を操って、何が可笑しい」
「力のあるものが正当にその力を振るうだけで、高貴な血を持つ方々が動揺する様、でしょうか」
「そこに倫理性があるのか?」
「大層模範的なお答えです、殿下」
パンパン、とコンラートはヴィルさまに向かって拍手をしてみせた。
「ですが……倫理でこの状況を覆せますか?」
コンラートの言う通りだった。
隠密騎士たちも、ジリジリとこちらへと下がってきている。
言葉にできないような見た目の死体たちが、徐々に私たちを取り囲もうとしていた。
「この近くに詠唱者がいるはずです」
ジェイが静かにつぶやいた。
「その者を倒さない限り終わらないかと」
根を断ち切らないと、いつまでも死体が起き上がる、ということか。
術者を見つけるのが先か、私たちの体力が尽きるのが先か……。
考えている間にも、草を踏み締めて死体たちが近づいているのだ。
「アル、お前は殿下を連れて逃げろ」
突然のテオの言葉にギョッとする。
「逃げる? 冗談……」
「このままだと、ヴィル様を守りきれない。俺があいつらを引き付けてる間に、隠密騎士に術者を探してもらうのが得策だ」
「だったら私が残ります!……いてっ」
ピンっとテオが私の額を小突いた。
テオの真剣な眼差しが私を射抜く。
「いいか、アルフレート。お前は護衛騎士だ」
こんなテオは、今まで見たことがない。
でも、
「だったら!」
「だから、一番カッコいい役目は隊長がやるって決まってんだよ」
いつも通り笑顔を見せたのはほんの一瞬。すぐに険しい顔に戻ると、
「ジェイ殿、殿下を頼みます。必ず、城へ」
私とヴィルさまを押し出した。
「引き受けました」
ジェイの返事と同時に、ヴィルさまはテオの両腕を掴んだ。
「城で、待ってるからな……っ」
「大袈裟な。明日からまた反省文ですよ」
ヘラヘラ笑いながらテオは答えて、前を向く。
「さ、コンラート、勝負といこう。お前の常識が勝つか、俺たちの常識が勝つか」
「……」
今、テオがどんな表情をしているのか、コンラートがどんな返事をしているのか、私は知らない。
森の中を、ジェイと殿下の背中を見ながら、ただただ駆け抜けた……。




