第39話 持つ者、持たざる者
コンラート・ロイス。
ライマーの兄であり——。
もしも、ロイス伯爵家が今も存続していたら、やがてその家名を受け継ぐはずだったひと。
私は彼をよく知らない。
コンラートは私たちより少し年上だし、それに、
「おや。ラインフェルデン公爵令息は、新興貴族が珍しいとみえる」
「! そんなことは……」
見つめすぎていただろうか。
でも、
「ご自分の罪から逃げ回り、このような卑劣な方法を用いる相手に、礼節は必要でしょうか?」
きっと、アルフレートならそう返したはずだ。
「これは手厳しい」
言葉とは裏腹に、コンラートは薄い唇を緩めた。
「コンラート。お前も言いたいことがあるなら、しっかり裁判で申しあげろ。父親に逆らえずにやったんだろう? 理由がわかれば罪だって……」
「テオドール、貴方はなにもわかっていない。私があんな愚鈍な男の言う通りにすると思いますか?」
「……」
口を閉じたテオドールの顔色が変わる。
「全部私の設計図だった。他国と繋がりを持ったのも、商人を使って密貿易を仕切っていたのも、ね」
「なんでそんなことを……!」
「おっと、ご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした。王国の小さな太陽、ヴィルヘルム王太子殿下」
コンラートは恭しく頭を下げた。
まるで、王宮にいるみたいに。
そしてなんでもないことのように言い放つ。
「もちろん、お金のためですよ。あなた方にはわからないでしょうが」
「お前まだそんなことを言ってるのか!」
珍しくテオの語気が荒い。
「……もう、五年も前になりますか? 貴方は私を囲んでいた虫ケラたちに言っていましたね」
『くだらないことすんなよ。爵位や生まれなんて関係ないだろ。大事なのは、自分がどう生きるかだ』
「テオドール、あなたも全く変わっていない。それは生まれながらにして持っている人間の考え方です。実に偽善的だ」
「あなたは、テオに、助けてもらったんじゃないんですか?」
私は堪らなくなり、思わず口を開いた。
「ええ、助けてもらいましたよ。奴らは蜘蛛の子を散らすように逃げて行きました」
「だったら!」
「それまで何度も私がやめるように言ってもやめなかった連中が、彼の一言でやめたんです」
「……っ!」
コンラートは薄いグレーの瞳に、私を映し出す。
「公爵家のご令息は興味もないでしょうね。この国がどれほど保守的か、だなんて」
その瞳に、私はどんなふうに映っているのだろうか。
彼に嫌がらせをしていた貴族と同じだろうか。
「どんなに国に尽くしても、貴族社会からは疎外され、商家ですら蔑んでくる。『たかが十数年の伯爵家か』って。
だから、父は焦ってしまった」
全く愚かな……。
コンラートの言葉には、ぞっとするほど感情が乗っていなかった。
「コンラート・ロイス」
緊張をはらんだ声で、ヴィル様が尋ねる。
「あなたの望みはなんだ?」
「他国に行こうと思っています」
「他国に?」
「このようなくだらない国には、見切りをつけましたので」
「おい!」
「テオ、落ち着け」
苛つきを隠せずにいるテオをヴィル様が諌めるのを見て、コンラートは鼻で笑う。
「ただ、自分のものは返してもらいたいんですよ、王太子殿下。私たちの財産、それと父親と弟も」
「……それはできない」
「でしょうね」
つまらなそうに顔を背けると、コンラートは顎で男たちに合図を出した。
「王太子殿下、あなたには人質になってもらいます。私の要求に応えてもらうための材料に」
「お前……」
テオの声が一段低くなったのがわかった。
私だって!
そんなことを聞いたらますます許せない。
「私が新天地に行ったら、王太子殿下は解放しますよ」
コンラートは、愉快そうにテオドールに視線をやる。
「その時は、フロリアン王女と交換しましょうか? そうだ、かの才媛を私の妻にするのもいい……」
「ッコンラァート……‼︎」
隣にいたテオドールが、ドンッと音を立てて飛び出してた。
「えっ」
私は慌てて体勢を取り直す。
「ヴィルさまは、ここから離れないで!」
「おっと、坊や。おじちゃんが相手だ」
ほんの一瞬、敵から目を離した隙に、巨体の男が向かってきた。
どう見積もっても、力で勝てるはずがない。
けれど、ここは森だ。体格が大きいほど不利になる。
私は一歩踏み出すと、落ちている葉っぱを強く蹴り出した。
「⁉︎」
怯んだ!
私は男の懐に飛び込む。
男は慌てて剣を構えたけど握りが浅い。握り直そうとする前に、男の指を掴んで曲がるはずのない方向に捻り上げた!
「ぎゃああ……っ!」
男が、指の痛みに体を沈める。私は、その顎を目掛けて蹴り上げる。
「がっ!」
くぐもった声と共に、男が倒れ込んでいくのが見えた。
しばらく食事は無理かもね。
でも命を取り上げるよりはマシでしょ。
取り上げた剣は、草の上を滑らせるように後ろに放った。
「なんという……粗暴な戦い方ですか」
冷ややかな声の方向に視線をやると、コンラートが眉を顰めているのが見えた。
私、視力はいいの。遠くの鳥の羽模様がわかるくらいには。
「私は騎士ですが、その前に護衛なので」
少し驚いた気配を感じたけど、コンラートは、
「なるほど」
と言ったきり、それ以上は何も語らなかった。
それよりも、
「アルフレート!」
殿下の声で、私は我に返った。
ヒュンっ、と風を切る音がして、素早く左に跳びずさる。
「くそっ!」
さっきの偽騎士だ。
よく見たら、とても人相が悪い。制服って偉大ね。
「コンラート様! これも捕まえて売り飛ばしましょうよ。うちの国なら高く売れますぜ」
……はあ?
人身売買の言葉に、デボラさんちのローミを思い出した。もしかしたら、同じ国の人間なのかもしれない。
偽騎士はニヤニヤ笑いながら剣を突き出してくる。でも、切先がブレブレだ。私はその剣身を持っていた剣で弾くように叩く。
「ひゃっ!」
やっぱり偽騎士は偽騎士だ。
剣は扱えないと悟ったのか、偽騎士は懐から短剣を取り出し、切り掛かってきた。
ビュン、と振り下ろされる短剣の刃を、剣身の根元で受け止める。
グググっと上から体重を乗せ、押し込んでくる男の目は血走っていた。けどこういう時は、
「……なんっ!」
たいてい足元がお留守だ。
私は、偽騎士の足を引っ掛けるように外側に蹴り出した。
バランスを崩して地面へと倒れ込んだ男の背中に、私は勢いよく膝を落とす。
ゴッ!という音と、男の「うっ」という呻き声が同時に聞こえた。
はい、次……と言いたいとこだけど、これで二人か……。
息があがってるのが、自分でもわかる。
テオを見ると、五、六人が周囲に倒れていたが、残りが十人少し。
「三対多数か……」
さすがに厳しいな……、
その時。
ピィー——。
鳥の声が、一瞬だけ静まった森の中に響いた。
あ、
「テオ、味方です」
私の言葉に、不信感丸出しの顔をしてテオが振り向いた。
「頭でも打ったか?」
「違いますよ」
これは合図だ。姿を現していいか、聞かれてる。
「ジェイっ!」
叫ぶと同時に、巻き上がる風が五つ。
姿を現したのは、黒を身につけた五人の男たち。
「……ラインフェルデンの『影』、ですか。さすが公爵家だ」
面倒くさそうに、コンラートが目を細めた。




