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音速チョコレートに運命の相手はいない。  作者: モノクローマー
音速チョコレート、動揺する
11/50

11 「人間は大好きでしょ、自由が」

「どうしてそんなことを訊くの?」


「だって、男同士の夫婦って聞いたことないんだけど、俺。そういうことになって困った人がいた、みたいなの、噂か都市伝説くらいだよ」


実際問題、運命の相手とは結婚するのが通例だ。子供も作れない2人が、わざわざ運命の相手と定義づけられて結婚することってあるのか?


女神はくりっとした目をしばたかせて、平然とのたまう。


「男同士でも運命の相手はいるし、女同士もいるし、なんなら叔父や従兄弟みたいな身内の人が運命の相手って人もいるわよ」


「え、意外とそういう……」


「運命の相手は、その人を救ったり慰めたり、ぐるっと価値観を変えてしまう人のこと。同性でも血縁者でも、驚くことじゃないでしょう?」


「いや、驚くことだろ」


俺は面食らって、女神に詰め寄った。


「じゃあ、結婚は? どうすんの? 俺が知ってる限り、親戚と結婚した人はいたけど、同性の夫婦って見たことないんだけど……」


「別に、結婚したければすればいいんじゃない?」


「したくなかったら?」


「しなければいいんじゃない?」


俺はがっくりとうなだれた。


「俺も、そのくらい自由に適当に生きられたらなあ」


「あなたたちはいつだって自由よ。人間は大好きでしょ、自由が」


自由ね。まあ、多くの人間は好きだと思うけどね。


俺がこれ見よがしにため息をついた瞬間、部屋の扉が開く音がした。俺は体を大きく震わせて、慌てて振り返る。


扉のところには、1人の制服がバインダー片手に立っていた。金の髪に優しそうな目じり。男は、軽く目をみはっている。俺も驚いたけど、相手もまさかここに人がいるとは思わなかったろう。


俺が言葉を失ったままでいると、彼は静かに室内に入り、後ろ手に部屋の扉を閉めた。それから、にこやかな笑みを浮かべて口を開いた。


「女神アルメリア、ご機嫌はいかがですか?」


「あらアイセン。今日はとっても気分がいいの。友人が遊びに来てくれたからね」


「ふふ、そのようですね。お元気そうで何より、音速チョコレートさん?」


「……ども」


ハルキの一番仲のいい同期。会ったときも思ったけど、物腰柔らかで丁寧な人だ。


アイセンはバインダーの上にペンを構えて、女神に向かって問いかける。


「調子はどうです?」


「いい感じ。体も軽いわ」


「それはよかった。何か変わったことは? 困ったことなんかも」


「特に。ああ、子猫ちゃんが忍び込んできたくらいかしら? 別に困ってないけど」


「困ってるのは子猫の方かもしれませんね。あなたは話が長いから」


「アイセン?」


「失礼、女神様」


くすくすとお互いに笑みをこぼしながら、打てば響くような応酬をしている。女神の言ってた定期チェックって、これのことかな。


アイセンは少しだけペンを走らせて、女神のいる台座の周りを検分し始めた。


俺はぼんやりとそれを眺めながら尋ねる。


「俺のことひっ捕らえないの?」


アイセンはこちらを見もせず、台座のチェックをしながら返事した。


「私は定期チェックをしているだけです。女神のおしゃべりに付き合ってくれている子猫のことなんて知りませんよ」


ちょっとだけ拍子抜けして、俺は無意識に強張っていた体から力を抜いた。ついでとばかりに、アイセンは付け足す。


「問診は終わりなので、おしゃべりを続けてもらっても構いませんよ。室内は完全に防音なので、お気になさらず」


「ですってよ。――で、何の話だったかしらね?」


女神は嬉しそうに笑って、ガラスの中でくるりと一回転して見せた。俺はため息をつく。


「男同士の運命の相手の話」


「ああ、そうね、そうだったわ。結婚してもしなくてもいいじゃないってお話よ」


ゆらゆらとたゆたう桃色の髪が、神様の真意のように見える。つかみどころがない。


俺は再度深いため息をついた。


「でも、それじゃ普通の幸せには程遠いじゃん」


「普通の幸せ?」


こてりと首をかしげる女神様に、俺は口ごもった。地面に倒れ伏して泣き崩れた子の姿を思い出して、暗澹たる気持ちが湧き上がる。


「今日、あんたを恨んでる子に会ったよ」


少し嫌味な言い方をしたら、女神は目をしばたかせた。大きな瞳がまばたきをくり返す。俺はたたみかけるように言い募った。


「素敵な異性と結婚して家庭を築いて、子供を作って、一緒に年をとっていく『普通』の幸せが手に入らなかった子。俺や、ハルキみたいな」


女神は熱のこもっていないガラス玉のような瞳で、じっと俺を見ていた。俺は訊く。


「どうしてあんたは、こんな残酷なことをするの? 運命を呪いたくなる人間の気持ちを、わかってるのかよ?」


ハルキと一緒なら、うまく生きていけるんじゃないかと思ったのは、嘘じゃない。でも、運命の相手がこいつでよかったと思える日が来るのか。俺はいつか、こいつじゃなければもっと幸せになれたかも、なんて、思ったりしないだろうか。


今はまだ漠然とした不安を抱えているだけだ。でも、俺が、ハルキが、明日にでもお互いを恨まないって、誰が保証してくれるんだ。


相手を恨み合わないって未来を、女神様が保証してくれるのだとしたら。


そもそも、俺たち人間が、それを神様に託すことは、間違っていないのか?


女神が力なく俺を見上げている間に、部屋の片隅から声が飛んでくる。


「運命の相手を教えてくれと最初に神に願ったのは、人間ですよ。今の制度を作ったのは、全部人間です。女神を責めるのは、勘弁してあげてください」


はっとして俺が見やると、アイセンは寂しそうに笑って女神に言った。


「きちんと話してあげればいいのに、アルメリア。あなたは怒られない権利があるし、彼にも知る権利がありますよ」

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