0-7.約束の魔法
前話に続き残酷な描写が含まれます(死体損害等)
苦手な人はご注意ください
目を踊らせ己の吐いた胃液を握りしめる少年へ、”メリアル”は笑顔を見せる。垂れた金髪を耳にかけ、裾から胸元まで真っ赤に染ったワンピースを払い、ゆっくりと彼へ近づいていく。
歩み寄る度、少年の手が滑った。どこで靴を落としたのか、足は真っ黒に汚れていた。そんな様相も可愛らしいと思ってしまって笑みが止まらない。
「ねーえ。本当はね、もっともっと後にする予定だったんだよ」
赤い絨毯を歩き、途中に殺した子供を踏んでいく。踏むと口から血が吐かれ割かれた腹からはみ出た臓器が潰れたが、メリアルは全く気にしなかった。牛や豚、家畜の肉は貴重だというが人間は多いのできっと多少無駄にしたって怒られないだろう。それに、人間が潰れる音は気分が良かった。
「なのにあのお人好しの老婆が妙に冴えてて。私に言ったの。あなたは魔女なの?って。あーんなに真剣な顔して言うなら言うべきじゃなかったよね。だって口封じに殺されるかもしれないのに!」
「ゔぅ……ッ、あ……あ、あれ……!」
「うん?ああ、そう!アレ。アレのせいでつい私イライラしちゃって!ごめんねー?でも私じゃないから、あの老婆のせいだから」
メリアルが足に引っかかった腸を払った時、彼女で見えなかったものが視界に入り少年は無意識に指してしまう。
最初、人と思えなかった。だからつい、人に指を向けてはいけないと教わったのに向けてしまった。
守護の神様の像が天を仰ぐその真下。教壇に寄りかかる塊は、手足があった。しかし顔を中心に長細い黒い槍が何本もそれを貫いている。おかげでどこが口だか目だか分からない。鼻を割く槍に沿って垂れ下がった舌の長さも異様だ。一体どうしたらあれほど伸びるのか。そんなどこを見ても人の顔らしい要素はない異形に、少年は目を逸らしたいのに逸らせなかった。
黒と白を基調とした服装が、ドーブル院長のもので間違いなかったのだ。
「な、なんっ、なんで……君がやったのか!?そんな、だって……」
「だって私を魔女だって口に出しやがったんだから、仕方ないじゃない」
「ま……じょ……?」
「そうだよ。私、魔女なの。魔女として会うのは初めましてだね。それともこんにちは?まだ、おはよう?でもここまで言ったらこんばんはとも言っとこっか!」
メリアルは屈託のない笑顔でくるりと一周回るとゆっくりお辞儀をする。その姿はあどけない十六の少女だった。けれど彼女から漂う匂いは瞼が痙攣するほど濃厚な鉄の味で少年の認識を否定するように頭を痛ませる。
「あなたには特別に自己紹介してあげる。名前で呼んでほしいから。それに老婆にばらされちゃったからしばらく化けられないしね。……私はね、メリアルじゃないの。正しくはメリンダ。メリンダ・プリガテ。我らがお母様の四番目の魔女よ」
「ほ……本当に?本当に、メリアルが、ま、魔女、なの……?」
「メリンダって呼んでって言ったじゃない!」
そう言って頬を膨らませると、メリンダと語る魔女は左手を突き出す。すると少年の影がかかっていた板が歪み、曲がり太い糸のようになって彼の首に巻きついた。
「ッぅえ゛……!なん゛ッ、ぐるじ……!」
そのまま少年を押し倒し、誰かの血を跳ねらせる。咄嗟に指を入れようと手を伸ばすもより一層板だったそれは絞まり圧を強めていった。
「分かった?これから私のことはメリンダって呼んで。あなたには、そう呼ばれたいの」
「め、……ッりん、だ……っ?」
「そう!そう、そうそう!嬉しい!もう覚えてくれた!本当に賢い人、他の人間もあなたみたいだったら死なずに済んだのに。可哀想よね」
少年の言葉にくるりと機嫌を戻した彼女はあと少しの距離を小躍りしながら詰めて、ついに少年の足元までたどり着いた。
見下す先にいるのは、苦しそうに足をばたつかせるしわの強ばった同い年の人間。だがやはり可愛らしいと感じた。そしてこれからへの期待に胸を膨らませると勢いよく彼の上に跨る。
「ヒューダルドットマンを探して森を探してたら同じように無事にすんだかも。もしくは、私を怪しんだ時に誰かに相談すればよかった。全部全部人間が馬鹿だから招いたことなの。ね、可哀想だよね。あなたもうんっと同情していいんだよ?」
「ハッ、ハ……!ゲホッ!ゴホ、メリンダ、はッ!どうして、どうして人間、に……」
「……ああ!人間に紛れていた理由?傷を癒したかったの。それに追いかけられてばっかも飽きちゃって、身を隠すのにちょうど良かったの、ここ。町の名前もなければ外から人は全然来ない。孤児と嘘ぶけば簡単に入れてくれた。魔法もぜーんぜん知らないしね!」
「っなら、なんで……!なんで、皆を殺そうとするんだよ……!?皆が君を告発したわけじゃ、ないだろ……!」
そんな少年の叫びに、魔女の表情から笑顔が抜けていく。次の言葉も葉を凍らすような、冷酷なものだった。
「人間が、嫌いだからよ。何をしようとしなかろうと関係ない、私たちは人間を許さない。だから殺すの。いい?殺されない方がおかしいの!勘違いしないで!」
「そ……んな……」
「でも、あなたは別。君は特別。その価値がある。さ、私と約束してた魔法、かけてあげる!」
そう言うと、魔女は恍惚とした表情が見えるように髪を後ろへ流す。そして、右腕を少年へ向けた。
見える掌、腕。ほんのりと肉付いたそれは今まで隣で見てきた友達のもので変わりなかった。
だが孤児院に漂う血の臭いと視界から外したくても外せられない死体の姿。まだ消えぬ煙と、途絶えた悲鳴の木霊。その中心に自分と彼女は居る。蜘蛛の巣に安易に踏み入った自分を除けば、こんな嬉しそうな顔をする彼女こそ、同じ人間と思えなかった。
「あ、あっ、あの魔物は!」
「うん?」
「あの魔物は、なんなの……!?前足だけの、あれはっ」
「あれ?あれは私のお気に入りの使い魔なの」
魔女は突き出した右腕に左手の指を立てる。それになぜか嫌な予感がして、逃れたい一心で発したのは大したことない時間稼ぎの言葉だった。
「魔物だったんだけど面白くて可愛いから使い魔にしたの。大丈夫、良い子だからきっといいマスターになるわから」
「ケホッ、どういう意味……?」
「んふふふ。こういう意味だよ」
少年が魔女の目を見ようとすると、阻む右腕に焦点は奪われる。
爪の整えられ五本指がバラバラと腕の皮膚で踊った後、徐々に皮膚と肉の奥へとめり込んでいった。
「さあ、飲んで!食べて!私の血肉!」
一気に埋まる指の隙間から血が吹き出し少年の顔に吹きかかる。それからすぐにガリガリという音が際立った。魔女はなんと自らの骨も引っ掻くぐらい深く指を埋め込ませているのだ。
「ぅわっ、うぶ……ガホッ、ッブ……グブッ、う゛やぇ、でッ!」
「だめ!だめよもっと飲まなきゃ!」
口を開くと血が入り込み喉へ胃へと勝手に入り込む。鼻から気管へ入り込んで咳き込んでいるというのに、鉄の味はへばりついて離れない。このままだと血で溺れ死んでしまう。ならば彼女の凶行を止めようと腕を伸ばそうとするも、手をも床に結ばれてしまった。また板を歪ませたのだろうか。視界すら遮る赤い液体の臭さにまた胃液が迫り上がってきた。
「やえ゛っで……ッガハッ、あぁ゛ら、らえ゛ろッ!!」
「あはは!何言ってるか分かんなーいよお、ちゃんと言ってってば!」
ガリガリと骨の音も止まらない。彼女の声に嫌悪感が募る。血はひたすらに不味くて堪えられない。五感の何もかもが不愉快だった。
終われ、終われ、終われ。終わってくれ。さんざん飲んだ。沢山飲んだ。誰でもいい、誰でもいいから助けてくれ。誰か、誰か!
「も、ぉ゛……ッ、あ……?」
大量の血の中で、涙が一粒落ちる。
それが少年には無性に凄く、熱く感じた。涙が落ちて頬に伝ったことがわかるくらい、熱かった。




