0-6.はじまりはじまり
前話で忠告しました通り強い描写が含まれていきます
ご注意ください
「魔女だッ!魔女が現れた!!」
少年が森から急いで町へ戻ると、そんな声があちらこちらから聞こえた。どこかから聞こえる遠吠えも異様であったが、何より手足を震わしたのは町の景色だった。
爆発でも受けたのか姿形が思い出せないほど瓦礫になった建物や、大きな炎を奇抜な屋根としているものが殆どでどこに目を向けても熱く煤が目に入る。
さらに割れた看板や窓、鉢植えらが地面を彩り目に入る景色全てに得体のしれない穴が散乱していた。
「な、なんだ、これ……」
沢山の人が少年の視界を横切る人も入れば血を流して倒れている人もいた。しかし認識できないほどの熱気と煙が酷く、殆どの人間の輪郭をぼやけさせ何もかもが歪んでいるように見えた。
少年は町のどこになにがあったのか全て見たことがあって、全てを覚えていた。そう自負していた。しかし今こうして見える景色と記憶は何もかもが重ならない。悪夢の中を歩いているようだ。目眩と吐き気に襲われながら、少年はふらつく足取りで町の中を歩く。
ここは、どこだというのか。さっきまで何もなかった。何もなくていつも通り、平和にみんなが暮らしていた町だったはずなのに。
「あの魔物の仕業なのか……?」
少年は先程の前足を思い浮かべる。てっきり足だけの存在と思っていたが本体がいたのだろうか。はたまた、足は囮程度の物体だったのかもしれない。いっそあれを掴んで来ればよかった、と奥歯を噛んでいると目の前に孤児院の子供が大人に抱えられているのを見つけ、はっとする。
「そうだ、メリアルは……」
「!おい!待て、孤児院の方に行くなッ!」
思い出すがまま北に行こうとする。と、後ろから誰かに腕を捕まれ反射的に振り返った。帽子を被った髭の濃い男、警備のドドルガだった。
「離して!メリアルを探しにいきたいんだ!」
「探さなくていい!今逃げねえと殺されちまうぞ!」
「っだめだよ、彼女がいるなら、置いていけない!」
「違う!違うんだ……ッ!くそ!」
ドドルガの言葉に確信を得た少年は走り出した。彼程度の力で振りほどけた手が伸ばされていても、見向きもせず孤児院へと向かう。
燃えたぎる炎に喉が焼けそうになる。それでも、掠れんばかりに轟く悲鳴や怒号に埋もれぬよう少年は彼女の名を叫んだ。
あちらこちらに飛び交う声の根元にある、母が子を助けようとする思いや愛する人への思いはどれも背を比べる必要のない尊いものだろう。しかし、少年もそれらに負けられなかった。自分の思いも同等な自信があるからだ。例え鉄板の上に自分の命を転がされる恐れがあっても、友を見捨てる覚悟は彼にはない。そしてもちろん、そんな度胸もないままだった。
「待て!行くな!そっちは危ない!」
時折、こんな声をかけられたが少年は止まらない。見向きもしない。たしかに足を止めて話を聞きたい根っからの真面目さはあった。生きててよかったと抱きつきたかった。しかし止まってる間に友達が危ない目に遭うかもしれない。丁度背後で倒れた壁に埋もれたパン屋のように彼女も潰れてしまうかもしれない。
自分は死体に会いたくて走っている、自分はメリアルの死を確かにするために走っている。そうならないように、少年は片方の靴が転げてしまっても絶えず足を動かし続けた。
「メリアル……っ、メリアル……!」
そうして、やっと着く。小さな町の小さな孤児院。まだ火の手は浴びて無さそうだが相変わらず煙臭く灰色がかっている。それにいつもよりずうっと静かなのが不安を掻き立てた。メリアル以外の子供たちも、ドーブル院長も見当たらない。走っている時に院長とはすれ違わなかったので早々に避難したか、はたまた。
「どこ!?どこにいるの、メリアル!みんな!」
ひしゃげた鉄柵を押し退け中庭へと入る。喉に血が絡むほど叫んでいるのに、誰も答えてくれない。それは少年に嫌な予感を孕ませ頭を痛ませる。額から下へ汗が流れる度に指先が痺れていき、削いだ木の幹と変わらぬ足は徐々に歩幅がせばまっていく。姿勢の良さが自慢だったのに、酷い猫背にもなっていた。
「院長……?みんな……」
外から見て見当たらないのなら、きっと中にいる。少年はそう信じて目の前の慣れ親しんだ扉を開けようとした。しかし、扉が押せなかった。手を当てても力が出ないのだ。勝手に力は抜けて膝が痙攣する。歯がぶつかり合う。体が思うように動かせず、深呼吸をした。気を落ち着かせようとする。けれど溜まった唾が苦くて飲めずに詰まってしまう。
押さなければ。行かなければ。言い聞かせなければならないほど体が動かない理由に、少年は尚も知らないフリをし続けた。
目の前まで火の手があがっているのに孤児院に届いていない事。荒れているわけではないのに唯一壊されてしまって歪んだ鉄柵。避難所から一番遠いはずなのに、孤児院の子が一人あぶれていたこと。「危ない」「行ったら殺される」とかけられた言葉の意味。無知な少年でも煮える釜の具材は沢山とあった。
それでも少年は知らないと言い張って、蓋を閉めた。煮えて、消えてしまえと願いながらぎゅっと閉じていた目を開ける。
そして、体重をかけて一歩踏み込んだ。どうやら何か突っかかっていたらしく、自分が通れるギリギリの隙間を作れば滑り込むようにして中へと進む。
「め、めりッあ゛……!」
抜き出た先で、奥に誰かが立っていた。大きくない背丈に友人を思い浮かべる。すぐに駆け寄ろうとしたが、なにかに足が引っかかって受け身も取れず倒れてしまった。孤児院の古びた木の板が遠慮なく少年の足や服に擦れ、破けた皮膚からじんわりと痛みが入る。
「な、なに……ッうわああ!?」
刺さる痛みに足元を見ると、少年は気づく。気づかなくても目に入ったのだ。自分が引っかかったそれは単なる小物や倒れた物、などではなく喉に木の板が突き刺さった子供の死体であることを。顔は床に伏していて分からないが、孤児院の揃いの服だった。つまり、一度や二度は会ったことがあるはずの子。友達かもしれない子。そう思うと、少年は反射的に蹴ろうとした足を引っ込め転がるように死体から離れる。
「うわっ、あっ、お、ぉ゛えっ……!う゛ぅぶ……!」
だが死体を認識してしまうと死臭も認識してしまい、ついには吐き気、嗚咽を飛び越え胃液が溢れ出る。手で抑えても喉を逆撫でるそれは止まらず、全てを吐き出す頃には膝近くまで広がっていた。
「はあ゛……!はあ……!な、なんで、なんでっ」
「逆に、どんな理由なら納得するの?」
「うああ!?あっ、あ……?め、メリアル……!?」
「さっきぶり!もしかして手伝いに来てくれたの?嬉しい!……あれ?顔が真っ青だよ。どうしたの?怪我して痛いの?死体を見て気持ち悪い?走ってきて疲れた?信じられなくて見たくない?いいよぉ、分かる分かる!そういう人間いーっぱい見てきたからあなたも同じだって分かるよ!だって普通の男の子だもんね?普通の、男の子。でもちょっぴり勇敢だよね。本当に森に行くなんて思わなかった!足止めしといてよかったあ!ほら大丈夫?立てる?立てない?手を出してあげよっか!ああ、でもその汚物塗れの手は嫌かも。女の子と手を握る時はちゃんと水で洗ってお花の匂いをしてないとっていつも言ってるのにねー!」
彼女は、だれだ?




