↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/9

0-5.森にイタもの

少し文字が多いですが区切りの都合なのでご了承ください。

また次話で残酷な描写が含まれるためご注意ください


もしかしたら、森にはいないのかも。


次第に少年の勇気にモヤが浮かぶ。本当に死んでしまって声が出せられないのかも、なんて考えもでてくる。

でも酒に酔って起きていないだけだったら、起こしてやらないと襲われてしまう。そして、すぐに助けられるのは自分ではないか。


「……どうしよう」


道は前後に長く続いているのに真っ暗で何も見えない場所に立たされたような気分に、少年の歩幅が小さくなっていく。自信も確証もなくて、迷子のようだった。

もし歩き続けて森を抜けてしまったら、戻る途中には夜になる。それは嫌だ。ならば戻ってしまうか。だけどここまで来たのに勿体ないし、まだ彼がいないかどうか分からないじゃないか。だけど、起こさなきゃいけないとは言いきれなかった。


迷い、迷う。悩んで、悩んで、汗を飲む。

こんな時、大人はどうするのだろう。どうして警備のドドルガは「五日」と言いきれたんだろう。大人の考えは分からない。色んなことを知っているのに子供にそれを教えてくれないのだ。


そういうところは、魔女と一緒じゃないか。


「ああ、ホントウに。大人も魔女もイッショだね」

「……!だれ!?」


かさり。かさり。ロープの向こうの茂みが揺れた。だが声は頭上から聞こえて、少年は上を見上げてから茂みを見つめる。腰が抜けそうだったのをなんとか引き上げ、持っていた枝を向ける。と、またかさり。草が揺れた。


「コンニチハ。もしくはハジメマシテ。または、オハヨウ。念の為、コンバンハも言っておこう。人間はアイサツが沢山だから、どれがタダシイのか分からないね」

「ひっ!な、なに……だれ、だれなの……?」


声は続く。そして声が続く度にかさり、かさりと森が鳴く。今度は左、次は右。あちこちで葉の擦れる音がする。ロープを見るが揺れていない。鈴も一切鳴っていなかった。


「ダイジョウブ。こわがらないで。ワタシは君を食べないけど、君はワタシを食べてしまうかもしれないし」

「え……?」


声は大人の色をしていた。どこか優しさもある。暖かくて、決して怒っているようには聞こえなかった。言っていることも、怒ってなさそうだった。だけど意味は全く分からないものばかりの言葉を発している。

そんな声がクスリと笑った後、少年の左斜めにあった茂みが揺れてガサッ!と大きな音が立つ。

それから、毛深い腕が出てきた。


少年は一目見て、兎の足だと思った。それぐらい小さく爪の見えない白い前足だった。

けれどもう一本足が出てきた時、少年は強い違和感を抱いて近づこうとした体を止める。


そして二本の足が草影からも抜け出して、確信した。

足しかないのだ。足から先の肉体が一切なく、靴だけが一人歩きしているようなものだった。けれど足が見えるようになると声は足の方から聞こえるようになり、まるで喉仏が動くように脚の表面が浮いたり下がったりしていた。


「さあ。これならこわくないだろう?ワタシとお話をしよう」

「な、なんで……足だけ、なのに……?」

「ああ、それはね。マホウのおかげだよ」

「魔法……」


文字通り小さな前足だけがパタパタと跳ねて獣道の真ん中までやってくる。そんな小さなものじゃロープに当たっても鈴が揺れる勢いにはならず、堂々と少年の前に現れる。少年は前足が動いても血が垂れていないことに静かに驚いた。


「そうだよ。これがマホウ。できないことができるステキなマホウだよ」

「な、なら!お前は、魔物なのか……!」

「いいやワタシはマモノではないよ。ワタシはお話をしにきただけだから、タベナイよ」

「……本当に?」


少年は試しにぢり、ぢりと近づいて枝の先で前足をつついてみた。しかし襲ってくることはない。前足は動かず毛が僅かに立っただけだ。


「そもそもカンガエテごらん。クウのにワタシは口も牙もないじゃないか」

「それは、そうだけど……でも!土の中に口が隠れてるかも!上から、食べようとしてくるかもしれないだろ!」

「ワタシはマモノじゃないのに。コマッタなあ。……なら、こうしたらコワガラナイでくれるかい?」

「えっ……」


瞬間、目の前で兎に似た前足の片割れが跳ねて木に叩きつけられる。

肉が叩かれた音。水が跳ねた音。物が小さいがゆえのか弱い音と共に僅かに血が垂れて木を汚す。それからへしゃげた前足も落ちて、茂みの中に消えていった。


息を呑み、咄嗟に少年は口を覆った。絶句すらした。だが残った前足は気にしない様子で喋り続ける。


「さあワタシはこれで足一つだけ。コワクないだろう?これならお話してくれるかい?」

「……っ、ぅあ、わかっ、た……」


裏返りそうになった声を正し、少年はゆっくり頷いた。

目の前にいるのは間違いなく魔物だ。前足だけで喋るなんてこと、ただの獣ができるはずがない。ましてや己の体をあんな風にしてしまうなんて考えられなかった。

自分の脳がもっと馬鹿だったら、今すぐ走って帰りたかった。両親が頼れる大人だったら抱きついて泣いてしまいたかった。

けれどヒューダルもメリアルでさえ消えた頭は妙に落ち着いて、逃げた時のことを考える。相手が今度こそ怒って、自分をああやって叩きつけるかもしれないのだ。捕まえようとする可能性は抜けきらない。

だから、少年は前足と向き合うことにした。


「どうしてモリにいるんだい?」

「……人を、探してるから」

「人?それはどんなヒトだい?」

「町の人。靴職人さんなんだ。でも、二日前からいなくなっちゃって、それで……」


少年は忘れていたヒューダルのことを思い出し、ぽつりぽつりと質問に返していく。


「そのヒトは君のカゾクなのかい?」

「違うよ。でもお世話になったんだ。それに探さないと皆心配してるから」

「どうして君なの?」

「え?」


聞き返されると思わず、少年は言葉が詰まる。

少年の瞬きが多くなる。森がざわめいた気がした。この周囲に生える植物たち全てが、少年にそう聞きたそうにしていたように。


「君じゃなくてもよかっただろうに」

「だ、けど……僕、ヒューダルさんのこと好きだから。早く見つかった方がうれしいんだ。それに、あと五日も見つからなかったら、死んだことになるって」

「もっと前から、シンダって思わないのかい?ヒトはシンダら話がデキナイから会わなくてもイイのだろう?」

「っ何が言いたいんだよ!たしかにヒューダルさんはもう襲われたりして、死んでるかもしれない!でも、誰かに言われて死んだって納得できるわけないじゃないか!」


少年は枝先で前足を刺した。貫けはしなかったが、毛の中に深く埋もれていった。

やっぱり、やっぱりそうなんだ。魔物には人の心は分からないのだ。誰かを思うことも、死を受け止めることが大変なことも自分の体を雑に扱うような生き物にはきっと伝わらない。人に聞いた通りだった。

魔物は人と相容れない存在だ。獣とだって並べられない。話ができるからと少しでも期待したのが愚かだったのだ。


「死んでたとしても……、お葬式はあげてあげたいんだ。だから探している。魔物なんかに分からないだろうけど、人は血が繋がってなくたって人を大事にするんだよ……っ!」

「……へえ。そうなんだ。人のアタラシイことを知れたよ。ありがとう。じゃあオレイにワタシも、キミにとってイイことを教えてあげないとね」


そう言うと前足は枝が埋まったまま、隠していた爪を一本を立てた。


「シッテイルかい?知っていることをオシエナイのはそれがトクで、リエキで、ヨイことに繋がるからだよ」

「……知ったようなことを言うんだな。魔物のくせに」

「だからワタシはマモノじゃないよ。主が言っていたのさ。ヒトも魔女もマモノもケモノも、言わない方がヨイからオシエナイし言わないのさ。ああ、これじゃあ本当にミンナ一緒だね」

「何が、言いたいの……」


少年はこの枝をもっと刺してやろうと思った。いっその事貫いて、持ち上げ投げ捨ててやろうと思った。見えないのに語る憎たらしい口に対して、表情が強ばっていくのを自覚する。

大人に教えられなかったことを謎の前足に言われるのは、言い表しにくい屈辱感があったのだ。自分の中では分かっている気でいたけれど思い込みでしかなかった事。それを知ったように語る口の方が偉いと言われている気がして、木の汁が手に滲んでいった。


「ヒューダルとかいうオトコもそうだったのかもしれない。知られたくなくて、言いたくないことがあったから、カッテに消えたのかもしれないよ」

「そんな、そんなことない!だって、ヒューダルさんは……むしろ……っ」


アーリーさんともっと話したいと言っていたんだ。


少年は詰まった喉を振り払うように腕を上げる。我慢ならなくて、この減らず口をついに潰してしまおうと思った。


だが、前足に向かってこの枝を落とそうとした瞬間、少年の手元で真っ二つに折れてしまう。情けない音と共に地面へ転がった片割れを、前足は興味深そうにつつきだした。と、それは偶然に起こる。まるで必然のようだったが、たしかに偶然だったのだ。


突然、少年の背に向かって強い風が走ってそのまま彼を通り過ぎる。あまりの強さに一歩踏み出してしまうぐらいのものだった。少年はそれだけでも充分驚いたが、異変は止まらない。


風に攫われかけた少年が振り返ると、木の頭上から灰色が浮いているのが見えた。それはすぐに黒色混じりの煙だと分かる。だが少し遠くの方であがっているようだ。

どこだろうと自然に考える。森の向こう側、それは例えば町がある辺りとか。


「な、なに……?なんで、煙が……」


虫が這う感覚がした。なぜか口の奥から鉄の味が染み出してきて不快感に鳥肌が立つ。それでも瞬きを忘れるくらい茫然と空を見ていると、前足から再び声がかかった。


「おや。もうお話をするヒツヨウはないね。さあ、イッテおいで。キミを主はマッテいるよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。