0-3.失踪
『ヒューダル氏を見かけましたら、アーリーの服屋にまで一報お願いします』
太陽が直下を覗き込む真昼の時。朝は会えなかった友達と集まっている場所へ向かう途中、少年は町の中央に位置する看板に人だかりを見つけ足を止めた。真新しい紙きれが見えたので尋ねたところ、そんな旨が書かれているというのだ。
「ヒューダルさん、いなくなっちゃったの?」
「ああ。どうやら二日前から家に帰ってないらしいんだ」
「だから、お手紙取ってなかったんだ……」
心配だ。少年は素直な気持ちに顔を俯かせる。言われてみれば見かけない日が続いていたが、まさか二日もいないとは知らなかった。
町の人は殆ど武器を持たず魔物との戦い方も知らない。なので靴屋の彼が町の外に出る理由はないに等しいし、もしも用心せず行ってしまったら魔物か盗賊に襲われてしまう。ヒューダルは腹が肥えているだけで靴磨きの魔法すら持っていない生粋の靴職人だから大変だ。きっとアーリーも気が気でないだろう。
だが、少年が関与する余地はない。関与していい立場でもない。少年は少年らしくまだ子供であるし、ドットマン家と深い間柄でもないからだ。ただ新聞を届けてやり、たまに見かけたら声をかけてあげる程度。少年だって町の外に一人で出る勇気も魔法も持っていない。だから少年は探しに行く、とは言えなかった。
「お前は絶対に外に出るなよ?きっと一口で食べられてペロリだ」
「……うん。でも、本当にヒューダルさんは外に行っちゃったの?」
「警備のドドルガさんが町を走り回っても見つからなかったそうだ。家の中には朝のスープとパンがそのまま。失踪かと思いきや金品も自慢してた時計も置きっぱなし。とくりゃ、きっと帰ろうと思ってたのに帰れない事になってしまったんだろうよ」
「……死んでしまったの?」
「さあな。だけど、もし死んじまったんなら、せめて弔う身体はかえってきてほしいもんだよな」
少年はその言葉に町の南に固まる墓場を思い浮かべる。大きくて丸い石を少しだけ削り、名前を掘っただけの簡素な墓石が集まる場所だ。そこは木々が少なく地面も雷雨で焼けこげたことから獣が寄らないため、町外れだが魂が眠るのには最適だった。そこにはドットマン家の墓もある。
「ドドルガさんはいつまでヒューダルさんを探してくれるの?いつまで、見つからなかったら死んだことになるの?」
「うーん……。もって五日かなあ。ま、子供が気にすることじゃない。そう暗いものばっか見てたらシワだらけになっちまうぞ」
そう言うと、酒屋のベリスリーは少年の頭を乱暴に撫で回し仕事場へと帰っていく。他の人達もそれにならってか、次第に看板から離れていった。ただ、小さな声でヒューダル、ヒューダルと名前を発しているのが聞こえる。皆が心配しているのに、ヒューダルはその場にも現れなかった。
「ヒューダルさん……」
仕事を終えた少年に後ろを気にする必要はない。だけどきっと、仕事があったとしてもまだ立ち去る気にはなれなかっただろう。
初めてだった。知り合いともう会えないかもしれない現状。なんとも言えぬ突っかかりに少年はズボンごと服の端も握りしめる。何度唾を飲んでも気持ち悪かった。
ヒューダル、ドットマン。彼が死んだら靴屋はどうなるのだろう。靴が壊れたら誰が替えるための靴を売ってくれるのだろう。彼の目覚めを、彼の眠りを代行してくれる人はいない。ならば主を失った持ち物や家はどうなってしまうのか。それにヒューダルだけがドットマン家の墓に入れず獣の胃の中か森のどこかで朽ちてしまう。一体、彼はいつ死んだと言えるのだろう。
少年は郵便受けの中身を想う。彼宛ての手紙も彼を待ちわび、文字を枯らしてしまうのだろうか。
「誰も、お別れを言えないままなのかな」
「暗い顔してどーしたの!」
「っわ……!」
鼻が痛くなり、視界が滲みかけたところで少年は後ろからの衝撃にガクンと揺れ動く。なんとか倒れずにすんだが、後一歩分近くで看板を見ていたらぶつかってしまうところだった。
「あ、もう……あぶないよメリアル」
「あはは!ごめんね!だって俯いてて暗かったんだもん!吹き飛ばしてやろうと思って!」
そう言ってまた少年の背中を叩く彼女。腰まである金髪が肩にふれるとくすぐったくて、少年は優しく撫で落とした。
名前はメリアル。孤児なので姓名はない、だが唯一の友人だ。
「大丈夫だよ。……ヒューダルさんのこと聞いた?」
「ヒューダル?……ああ、靴屋の!うん。シスター様から聞いた。でもね、私たち子供が大人のこと心配する必要ないよ。どうして気にかかるの?起こしてもらってるくせに、私たちに新品の靴をくれたこともないじゃない」
「それは……だって、靴はヒューダルさんの商品だよ。お金になるものをタダでくれたりなんてしないよ」
「大人のくせに感謝の気持ちがなかったって言いたいのよあの人は。ま、もう起こす必要はないんだからその分私と遊びましょうよ」
メリアルは、ヒューダルのことをよく思っていないのは昔からだった。孤児院に提供している靴の出来が悪かったからだろう。よく踵が擦れたり擦り傷ができると恨めしく言っていたのを少年は知っている。今履いている靴もヒューダル氏のお手製なはずだが、メリアルは遠慮なく踵を潰して履いていた。
「ねえ、メリアル。もし院長さまがいなくなってしまったら、悲しい?」
「それは悲しいことよ。毎日何時間だって探すし、森の中に行ってしまったと聞いたら森にだって探しに行っちゃうかも」
「だよね。じゃあヒューダルさんを探そうとしないのは?」
「嫌いだからよ!それから毎日一緒に過ごしてないから!院長さまのこと、私は家族だって思ってるけどヒューダルなんかたまに会うだけ。靴は歩きづらいし、酒臭いじゃない」




